どのような病気?
遺伝性びまん性胃がん(HDGC)は、生涯のうちに胃がんを発症する可能性が高い遺伝性のがんです。HDGCにおける胃がんは「低分化腺がん」に分類され、明確な腫瘤は形成されず、がん細胞が胃壁に浸潤し、粘膜下で増殖することで、胃壁肥厚を引き起こすという特徴があります。
びまん性胃がんは、スキルス胃がんの別名で呼ばれることもあり、早期に発見すれば高い生存率が期待できますが、胃粘膜の下に隠れているため見つかりづらく、進行してから診断されることがほとんどです。散発性(非遺伝性)のびまん性胃がんが、胃壁への浸潤前など早期に見つかった場合、5年生存率は90%以上とされています。しかし診断が遅れた場合、5年生存率は20%以下となります。HDGCにおけるびまん性胃がんの生存率は、散発性びまん性胃がんと同様と考えられています。
がんが進行すると現れるHDGCの症状は、胃痛、吐き気、嘔吐、嚥下障害、食欲不振、体重減少などです。また、がんの転移により、肝臓の肥大、黄疸(目や皮膚の黄変)、腹水、皮下の硬いしこり、骨折などが見られることがあります。
HDGCでは、乳がん(乳腺小葉がん)、前立腺がん、大腸がんなど、胃がん以外のがんを発症するリスクが高い人もいます。HDGCと診断された患者さんは、多くの場合、これらのHDGC関連のがんを発症した人が家族にいます。家系によっては、全員がびまん性胃がんだったり、びまん性胃がんと乳腺小葉がんの人がいたりします。HDGC関連のがんは、50歳より前に発症することが多いとされています。
胃がんは世界で4番目に多いがん種で、年間90万人が罹患していますが、HDGCは、このうちの1%未満であると推定されています。
HDGCの胃がんは、通常、成人以降に発症し、好発年齢は30代後半~40代前半です。国立国際医療研究センターの臨床ゲノム科が運営する疾患情報「MGenReviews」によると、HDGCの平均発症年齢は38歳(14~69歳の範囲)であり、CDH1遺伝子(後述)に病的バリアントを有する人の大部分は40歳以前に発症、80歳までの胃がんの累積リスクは男女ともに80%と推定されるとのことです。
何の遺伝子が原因となるの?
HDGCの原因遺伝子として、16番染色体の16q22.1という位置に存在するCDH1遺伝子が見つかっています。
CDH1遺伝子は、E-カドヘリンと呼ばれるタンパク質の設計図となる遺伝子です。E-カドヘリンは、カドヘリンと呼ばれるタンパク質の仲間(ファミリー)に属し、上皮細胞と呼ばれる、体の表面や空洞(口の内側など)を覆う細胞の細胞膜に存在しています。そして、隣接する細胞が互いにくっついて(細胞接着)、組織を形成するのを助けています。
E-カドヘリンには、細胞接着の他にもいろいろな役割があり、腫瘍抑制タンパク質としての機能もあります。つまり、E-カドヘリンは、細胞が急速に成長したり、無秩序に分裂したりするのを防ぐ働きもしています。ヒトが2本セットで持つCDH1遺伝子のうちの1本に病的バリアントを持って生まれると、やがて胃粘膜の細胞で、生まれたときには正常だったもう1本のCDH1遺伝子にも変異が生じます(体細胞突然変異と言います)。CDH1遺伝子の2本ともに変化がある状態で正常なE-カドヘリンが作られなくなると、腫瘍抑制タンパク質としての機能が失われ、やがてがんが生じます。また、正常なE-カドヘリンが作られなくなると、細胞接着の機能も損なわれるため、がん細胞は集まって腫瘍を形成するのでなく、胃壁に浸潤し、「びまん性」胃がんとなります。さらに、細胞が接着しにくい状態であることから、転移もしやすい状態になっています。米国国立医学図書館が運営する疾患情報サイト「MedlinePlus」によると、CDH1遺伝子の1本に病的バリアントを持って生まれた人が、生涯のうちにもう1本にも変異を生じて胃がんを発症する確率は、女性で56%、男性で70%と推定されています。
また、CDH1遺伝子に病的バリアントがある場合、女性では39~52%の確率で乳腺小葉がんができ、男性では前立腺がんのリスクがやや上がり、性別によらず大腸がんのリスクがやや上がるとされています。しかし、CDH1遺伝子の2本ともにがんにつながる変化をもつ細胞が、なぜ胃粘膜やこれらの特定の組織で主に起こるのかは、まだわかっていません。
MedlinePlusによると、HDGCと診断された人の20~40%が、CDH1遺伝子に病的バリアントを有すると考えられています。また、MGenReviewsでは、欧米人対象の研究で、HDGCの患者さんに対しCDH1遺伝学的検査を行ったところ、病的バリアントが確認される頻度は30~50%であったという報告を紹介しています。日本人については、日本人の家族性胃がん35家系80人に対してCDH1遺伝子の病的バリアントを調べたところ、1人も有していなかったという2007年の報告があります。一方で、2019年には、日本人におけるCDH1遺伝子の病的バリアントの症例報告が発表されています。
HDGCを発症した人の約60~70%では、CDH1遺伝子に病的バリアントが見つかりません。CDH1遺伝子以外の、がんの発症に関連する遺伝子に病的バリアントが見つかる人もいますが、原因不明の人たちもいます。
日本と中国は胃がんの罹患率が高い国ですが(日本では10万人あたり80例)、CDH1遺伝子に病的バリアントがあるHDGC患者さんのほとんどは、欧米人で見つかっています。ただし、HDGCの罹患率は、欧米人よりもニュージーランドのマオリ族で、より高い可能性があります。
CDH1遺伝子の病的バリアントによるHDGCは、常染色体優性(顕性)遺伝形式で遺伝します。両親のどちらかがCDH1遺伝子に病的バリアントを有しているHDGCの場合、子どもがHDGCとなる確率は50%です。
どのように診断されるの?
国際胃がんリンケージコンソーシアム(The International Gastric Cancer Linkage Consortium:IGCLC)によると、HDGCは次の1、2のいずれかの場合と定義されています。
- 一度近親者(両親、兄弟姉妹、子ども)または二度近親者(祖父母、叔父・叔母、おい・めい、孫)において、50歳以前にびまん性胃がんと診断された患者が2人以上いる
- 一度近親者または二度近親者において、3人以上のびまん性胃がん患者がいる。発症時の年齢は問わない
また、米国のワシントン大学を中心としたスタッフが運営している遺伝性疾患情報サイト「GeneReviews」の日本語版サイトGRJによると、以下の3項目のいずれかに該当する発端者(家系内でHDGCかもしれないと気づくきっかけになった、最初の発症者)は、HDGCと診断されると示されています。
- びまん性胃がんと診断されており、一度近親者または二度近親者に1人以上の胃がんの家族歴がある
- 40歳以前にびまん性胃がんと診断された、および/またはびまん性胃がんの家族歴がある
- びまん性胃がんと乳腺小葉がんの両疾患の既往歴およびまたは家族歴があり、いずれかの疾患が50歳以前に診断されている
臨床所見や家族歴で結論が出ない場合には、分子遺伝学的検査でCDH1遺伝子の病的バリアントを調べ、確定診断に至ります。HDGCと確定診断されると、血縁者診断が実施可能となります。
遺伝学的検査は、結果の解釈など、とても専門的な検査です。わからないことや心配なこと、検査を受けるタイミングなどを含め、検査を受ける前から、担当の医師や認定遺伝カウンセラー(R)などと、よく話し合いましょう。
どのような治療が行われるの?
びまん性胃がんと確定診断された場合、予防的胃全摘術が推奨されます。
MGenReviewsによると、これまでの研究から、CDH1に病的バリアントを有するHDGCの人は、内視鏡により定期的にサーベイランスを受けるよりも、予防的胃全摘術の方が、予防効果があると結論付けられています。
また、GRJによると、遺伝診療科、胃外科、消化器科、病理科、栄養科など、多方面の専門家からなる医療チームによる病気の管理が推奨されています。女性の場合は、ハイリスク乳がんクリニックへの紹介が推奨され、予防的乳房切除術が検討されることがあります。予防的胃全摘術を受けた妊娠中の女性には、状況を認識している医師と栄養士が妊娠管理のフォローしていく必要があるとされています。
びまん性胃がん(スキルス胃がん)、乳腺小葉がん、前立腺がん、大腸がんの治療については、遺伝性疾患プラスを運営するQLifeの、がん情報メディア「がんプラス」もご参照ください。
どこで検査や治療が受けられるの?
日本全国の「暫定遺伝性腫瘍指導医」とその所属医療機関は、一般社団法人日本遺伝性腫瘍学会ウェブサイトの「暫定遺伝性腫瘍指導医のリスト」からご確認頂けます。
患者会について
遺伝性びまん性胃がんの患者会・患者支援団体を、この欄でご紹介していきます。
掲載を希望される団体様は、こちらからご連絡をお願い致します。
参考サイト
- 一般社団法人 日本遺伝性腫瘍学会
- 国立国際医療研究センター(NCGM)臨床ゲノム科 MGenRevies 遺伝性びまん性胃がん
- GeneReviewsJapan(GRJ) 遺伝性びまん性胃癌
- MedlinePlus
- Online Mendelian Inheritance in Man(R) (OMIM(R))