今回は、MECP2重複症候群のお子さんがいる河越直美さんにお話を伺いました。
MECP2重複症候群は、「MECP2遺伝子」が重複することで発症する遺伝性疾患。筋緊張低下などさまざまな症状が乳児期早期から現れ、感染症を繰り返すことも特徴の1つです。幼児期以降になると、難治性てんかんも症状として現れます。遺伝的な特徴により、患者さんのほとんどが男性。女性の場合は、症状が現れないことがほとんどです。
河越さんのお子さんがMECP2重複症候群と診断されたのは、2歳半の頃。その前から「何かおかしい」と医師に訴えていたものの、なかなか診断には至らず、確定診断まで約2年半かかったそうです。
その後、正しい情報をいち早く入手したいという思いから「MECP2重複症候群患者家族会」を立ち上げられました。現在、代表として、患者さんやご家族のサポートはもちろん、将来の遺伝子治療の確立へ向けて、支援活動なども行われています。
診断までの道のりはもちろん、お子さんに難治性てんかんの発作が現れるようになった今、ご家族としてどのような想いを持ち病気と向かい合っているのか、詳しくお話を伺いました。
違和感を訴え続け、診断へ。「息子の寿命を知り、覚悟ができた」
最初、どのような症状をきっかけに「様子がおかしい」と感じられていましたか?
ミルクを大量に吐く、母乳を吸うことができない、おもちゃに手を伸ばさない、ひどい便秘の症状、などが現れており、明らかに上の子と様子が違うと感じていました。そのため、健診のたびに小児科の医師に「何かおかしい」と伝えていましたが、医師からは「気にしすぎですよ」と言われるだけで、まともに取り合ってもらえなかったんです。
当時、私たち家族はマレーシアに住んでいたため、医師とは英語でコミュニケーションを取らないといけない状況でした。そのため、息子の症状や自分のもどかしい気持ちなど、英語で伝えなくてはいけないというストレスは大きかったです。
そして、生後6か月になった時に、やっと医師に伝わったのか、息子の身体を触ったり、足を床につけたりしても、ふにゃっとなり突っ張らないこと、本来は1歳前後で閉じるはずの大泉門(おでこの上の前頭部中央部分)が閉じていたことなどから、小児脳外科を紹介されました。
そこから、どのようにして確定診断に至ったのですか?
マレーシアの小児脳神経外科での検査の結果、「何か原因がありそうだが、その原因はわからない」と医師に言われました。そこで、やっと「何かおかしい」と感じていたことが、自分の思い違いではなかったと確信できました。
そこからは、日本に一時帰国し、小児神経科のある病院に検査入院をしました。その後、本格的に帰国。東京で生活する予定でしたが、息子のリハビリ環境を考慮し、大阪での生活を始めました。
そして、3回目の検査入院でMECP2重複症候群と確定診断を受けることとなりました。確定診断に至ったのも、医師から「もしかしたら、この病気かも?と思うものがあるので、遺伝子検査をしてみませんか?」と、ご提案いただいたおかげでした。息子が生まれてから違和感を訴え続けて、2年半の月日が経っていました。
確定診断までに「2年半」というのは、家族会の他の方々に比べて早いほうですか?
そうですね、早いほうだと思います。他のご家族のお話を伺っていると、自分の息子の場合は割と、とんとん拍子に確定診断まで至ったケースだと感じています。中には、確定診断まで、30年程度という長い時間を要した方もいらっしゃいます。小児慢性特定疾病になってから、少しずつ状況は変わってきていると感じていますが、まだまだ、早期診断のために疾患の認知度には課題があると感じています。
MECP2重複症候群は、診断につながるような明らかな症状がないことが特徴なんです。感染症に弱い、ミルクを大量に吐く、といった症状は、病気を持っていないお子さんでも見られる可能性があります。難治性てんかんが特徴的な症状としてありますが、これは幼児期以降に現れるものです。そのため、まだまだ早期診断へ向けた認知度向上は必要だと感じます。
確定診断を受けた時は、どのようなお気持ちでしたか?
どこか、「やっと、救われた」という想いがありました。もちろん、疾患の説明を聞き、ショックな気持ちがあったのは事実ですが、スッキリした気持ちの方が強かったです。それまでは周りから「お母さん、心配しすぎですよ」と言われ、なかなか相手にしてもらえなかった時期もあり、どこか精神的に追い詰められていたんです。今思えば、「産後うつ」に近い状態だったのかもしれません。
生まれた息子の状態が「おかしい」と思って、インターネットで調べてもわからないし、心配な気持ちだけがどんどん膨らんでいきました。朝起きて、主人が会社へ出かけて、上の子も保育園に出かけて…日中は、私と息子とずっと2人きりですからね。息子への違和感について考えない時間はありませんでしたし、常に、不安に押し潰されてしまいそうな心境でした。
確定診断の時には、進行性の病気であること、楽観できない病気であること、寿命が短いことも説明を受けました。ただ、そこで覚悟ができたと言いますか、「寿命が短いのであれば、それまでに出来る限りのことをしよう」と強く思えたんです。家族とも、息子が自由に動けるうちに、みんなで旅行へ行くなど、出来ることをたくさんやろうと話しました。
「MECP2重複症候群患者家族会」立ち上げ、遺伝子治療の確立を目指す
その後、MECP2重複症候群患者家族会を立ち上げたきっかけについて、教えてください。
日本の患者家族がMECP2重複症候群の正しい情報をいち早く得られる体制が必要だ、と感じたためです。
2015年の年末頃に、マウスの実験レベルでMECP2重複症候群の遺伝子治療に成功したという研究結果が、国際的な科学誌の「Nature」で発表されました。当時から、私は海外の患者家族とSNSでつながっていたためにこの情報を知ることができ、また、海外の患者家族たちが遺伝子治療の研究を支援しようと前向きに取り組んでいたのも知っていました。
ただ、残念ながら日本では、この研究情報の詳細について、日本語の情報として見つけることが難しい状況でした。私は、毎日のように、日本語の記事を探していたのですが、なかなかたどり着くことができませんでした。
海外の患者家族と、日本の患者家族。「同じ疾患と向き合っているはずなのに、住んでいる場所が異なるだけで得られる情報が違う」と感じた私は、愕然としました。MECP2重複症候群の最新情報を得るためにも、世界とつながり、何より、日本国内の患者家族でつながる重要性を痛感し、同じ想いを持ったお母さんたち6人で2016年に家族会を立ち上げたのです。2021年4月現在、17家族19人の患者さんとともに活動しています。
MECP2重複症候群患者家族会の活動の目標は、何ですか?
大きく、以下の3つの目標を掲げて活動しています。
- 疾患の認知度を上げる
- 国の難病指定を受ける
- 難治性てんかん発作の治療法を確立する
そして、最終的な目標は、遺伝子治療が確立され、日本でMECP2重複症候群患者さんが遺伝子治療を受けられるようにすることです。
また、これまでの活動により、MECP2重複症候群が小児慢性特定疾病に認定されたのは、とても大きな出来事でした。
ついに難治性てんかん発作が現れ、絶望も…それでも歩みを止めない
現在、お子さんはどのような症状に対する治療を受けられていますか?
今は、てんかん発作を全くコントロール出来ていない状態なので、隔週で病院へ行き、薬の調整をしてもらっています。便秘に対しては薬を処方してもらい、その他、リハビリも受けています。
てんかん発作は、いつ頃から現れるようになったのですか?
息子が年長だった年の冬頃からです。診断を受けた頃から、「てんかん発作が現れてからは、できることが少なくなります」と、説明を聞いていました。そのため、息子が初めて発作を起こした時、「ああ、ここからは落ちていく一方なんだな」と思い、気持ちはどん底に落ちていきました。
また、てんかん発作については、基本的に発作が起きても私たち家族がしてあげられることはほとんどありません。目の前で息子がつらそうにしていても、自分には何もできないんです。無力感だけを、毎回味わいます。「どうしていいか、わからない」というのが、正直な感想でした。
どん底の気持ちになっても家族会の活動などを続けることができたのは、なぜですか?
遺伝子治療の確立へ向けて「活動を止められない」という想いが大きいからです。もし、自分たちの活動をここで止めてしまえば、それは同時に、治療法確立の可能性を止めてしまうことになります。今の息子たちの代に間に合わなかったとしても、次の世代の患者さんたちに届けられるように、私たちのように苦しい思いをするご家族を少しでも減らす手がかりとなるように、この活動は決して止めてはいけないと思うのです。
また、心が折れそうなとき、先輩のご家族の存在に何度も助けて頂きました。先輩のご家族たちは、今の自分と同じ過程をすでに経験されてきています。だから、理解してもらえるんです。出来ていたことが出来なくなっていく、例えば、前は笑えていたのに笑顔がなくなり常につらそうな顔をしていたり、動くことも起き上がることすらも出来なくなったりするなど、本当につらいことです。でも、そういった子どもの過程を見てきているご家族の存在は、私にとって救いです。本当に感謝しています。
お子さんの通う小学校側とは、てんかん発作などの症状に関連してどのように連携を取られていますか?
小学校の先生はとても協力的に対応してくださっており、てんかんについて学ぶために自主的に講座を受ける、家族会主催の勉強会に参加するなどしてくださっています。本当に、感謝しています。
ただ、主治医の話や息子の情報については、基本的に、私から小学校の先生へお伝えしています。個人情報やさまざまな壁があり、小学校の先生と主治医が直接やり取りするのは難しい状況です。理想を言えば、私を介さなくても、教育現場と医療現場が連携できるような仕組みがあったら良いのですが…。現状、そういった仕組みづくりは難しそうです。結果、全ての情報を把握しているのが私しかいない状況なので、「万が一、私が潰れてしまったら…」という不安は常にあります。
その他、緊急時の対応として、息子に病院への搬送が必要な発作が出た場合は、私に連絡すると同時にかかりつけの病院へ直接搬送してもらえるよう、毎年度初めに書面を学校へ提出し対応してもらっています。
前向きになれない日があっても、大丈夫
家族やパートナーなど、大切な人との遺伝性疾患に関するコミュニケーションのポイントは何でしょうか?
正解はないと思いますが、私は「隠さずに話すこと」だと思います。
ご家族や、将来を考えているようなパートナーであれば、いずれは遺伝性疾患のことを伝えないといけない時が必ずやってきます。隠していた場合であっても、何かのきっかけで、外から情報が入ってくることがあるかもしれません。今の時代、スマートフォンやPCを持っていれば、インターネットである程度のことは検索して調べることができますから。正しい情報も、正しくない情報も、いくらでも目に入る可能性があります。
ですが、普段から隠さずに「この病気は、こういう特徴があってね…」と正しい情報を伝えていたら、ご家族やパートナーがインターネットで検索して、不安に駆られる心配は少し減るのではないかと、私は思うんです。
あとは、遺伝性疾患について「ネガティブなことばかりじゃないんだよ」ということは、お伝えしたいですね。例えば、私の息子の場合は、てんかん発作などでどうしても大変だという印象を受け取られがちです。だけど、息子がいるから、全国にかけがえのない家族会の方々とのつながりができました。その他にも、息子がMECP2重複症候群を持っていなければ、得られなかったことは多くあると感じているので、そういったことも積極的にお伝えできればいいですね。
遺伝性疾患患者さんやそのご家族へのメッセージをお願いします。
医療技術の進歩により、遺伝性疾患によっては遺伝子治療の実現も夢物語ではなくなってきました。実際に遺伝子治療が受けられる状況になった時に正しい判断ができるよう、私たちは疾患について正しく学び、正しく理解していくことが大切だと思います。
とはいえ、中には「どうしても、前向きになれない」という日もあると思います。そんな日は、一度立ち止まってみて欲しいです。私の場合、気持ちが落ち込んでいる時は、物事に対して考えすぎている時なんですね。そんな時は、一度立ち止まって、ぼーっとする時間をつくるように意識しています。ただ、患児を抱えた家族、特にお母さんにとっては、ぼーっとすることが一番難しいことかもしれません。本当に少しずつで、良いと思います。一歩ずつ、前に進んでいけたらいいですね。これは、私自身へのメッセージでもあります。
そして、「決して一人ではない」ということを知って頂きたいです。私自身、家族会の方々とのつながりに救われた部分が多くありました。共感してもらえたり、ただ話を聞いてもらえたりするだけで、気持ちが楽になったこともあります。また、MECP2重複症候群に関連して、医師や医療従事者、製薬企業の方々など、多くの方とのつながりに助けられてきました。こういったつながりができたことについては、本当に息子に感謝をしないといけませんね。息子がいなかったら、MECP2重複症候群を持っていなければ、さまざまな方々とのつながりは無かったと思いますので。
MECP2重複症候群のことは、大嫌いです。だけど、ある意味で“闘うための武器”でもあると思っています。息子がMECP2重複症候群を持っていることで、さまざまな立場の方々と協力し合えている部分があるのは事実ですから。大嫌いだけど、治療法を確立していくための大きな武器でもあると感じています。
だから私は、これからもMECP2重複症候群の遺伝子治療の確立を目指して、活動していきます。
毎日、お子さんの発作と向き合い、家族会の活動を行い、さらに、小学校や病院の対応も…。目まぐるしい日々を過ごされている、河越さん。そんな河越さんだからこそ、今回、患者ご家族としての想いを赤裸々にお話ししてくださったのだと感じています。
河越さんは、「MECP2重複症候群のことは、大嫌い。だけど、“闘うための武器”でもある」と、お話ししてくださいました。その言葉からは、将来のMECP2重複症候群の遺伝子治療確立へ向けて、これからも活動を続けていく覚悟のようなものを感じました。
遺伝性疾患プラスではこれからも、当事者の声はもちろん、ご家族の声もお届けしていきます。(遺伝性疾患プラス編集部)