全身にさまざまな症状が現れる、「ミトコンドリア病」という遺伝性疾患をご存知でしょうか?病名にあるミトコンドリアとは体を構成する細胞内にある小器官のことで、ヒトが生きるために必要なエネルギーを取り出す重要なはたらきを持っています。このミトコンドリアのはたらきが低下して起こる病気を、総称して「ミトコンドリア病」と言います。
今回お話を伺ったのは、ミトコンドリア病の当事者・ご家族を支援するミトコンドリアみどりの会の伊藤千恵子さんです。伊藤さんのお子さんは、17歳の頃にミトコンドリア病と診断を受けました。診断を受けた直後、病気に関わる情報を思うように見つけられなかったり、徐々にお子さんの症状が悪化していったりする中で、毎日のように泣いていたと言う伊藤さん。自分と同じように悩む当事者・ご家族の居場所をつくりたいという思いで、ミトコンドリアみどりの会を立ち上げました。今回は、ミトコンドリアみどりの会の活動や、これまでのご経験について、詳しくお話を伺いました。
団体名 | ミトコンドリアみどりの会 |
対象疾患 | ミトコンドリア病 |
対象地域 | 全国 |
会員数 | (※会員制ではない) |
設立年 | 2016年 |
連絡先 | 公式ウェブサイトの「お問い合わせフォーム」から 「メール」admin@mito-green.club 「電話」090-7196-2751 |
サイトURL | http://mito-green.club/blog/ |
SNS | なし |
主な活動内容 | ミトコンドリア病の当事者・ご家族を支援する患者会。イベントなどを通じて交流の機会を設けることや、ミトコンドリア病に関わる情報発信などの活動を行う。 |
17歳のお子さんがミトコンドリア病と診断、なかなか受け止められない日々
お子さんが診断に至った経緯について、教えてください。
2014年7月、息子が17歳(高校3年生)の時でした。夜中に倒れ、嘔吐しているのを発見し、声をかけても返事がない状態で、救急搬送されたんです。搬送された病院では原因がわからず、自宅に帰りました。しかし、そこから、徐々に目が見えにくくなったり、まっすぐ歩けなくなったりするなど、息子の症状はどんどん悪くなっていったんです。不安を感じ、再度同じ病院へ行ったのですが、その時も原因はわかりませんでした。
その後、別の先生がてんかんの可能性を指摘したことから、集中治療室へ入ることになりました。最初の症状が現れてから、1週間ほど経過していたと思います。息子を診ていた先生の中に、ミトコンドリア病の患者さんを診たことがある先生がいたことから、ミトコンドリア病の可能性も検討されていたそうです。その後、筋生検を経て、9月にミトコンドリア病のMELAS(メラス)という病型だと診断されました。
診断を受けた後、ミトコンドリア病に関する情報はどのように探されましたか?
インターネット検索で情報を探しましたが、どの情報も理解するのが難しい印象でした。その時に知りたいと思っていた治療の情報を得ることはできませんでした。また、学会のウェブサイトなどの情報から、息子の予後に不安を覚えたことを思い出します。その他、当時「ミトコンドリア病患者・家族の会」(MCM家族の会)の会長だった方にも電話をかけるなどして、必死に情報を集めました。
ただ、欲しいと思う情報は集めることが難しく、「親として何をすべきかわからない」と思い、途方に暮れていました。
お子さんの症状はどのように変化していきましたか?
診断を受けた頃は、大学受験に向けた勉強をしたり、ゲームをしたりできていました。まだ、体が言うことを聞くときでもあったからです。しかし、そこから、症状はどんどん悪くなっていき、何度も発作を起こすようになりました。
この発作は、画像上で脳梗塞に似た病変が生じる「脳卒中様発作」のことで、ミトコンドリア病メラスでは特徴的な発作とのことで、先生からは「脳で、病変がたくさんできています」と説明を受けました。
そこから、息子は全身まひになり、できることが減っていくことになります。私は、息子がミトコンドリア病であることを理解しようと思っても、なかなか受け止められない日々を送りました。
「当事者・家族の居場所をつくりたい」交流会などを定期開催
さまざまな葛藤があった中で、なぜ活動を始められたのですか?
当事者やご家族など、自分と同じように悩む方々と思いを共有したいと考えたからです。治療薬に関する活動に力を入れていきたいという思いも、立ち上げのきっかけとなりました。また、一般の方々にミトコンドリア病を知ってほしい、という思いもありました。ミトコンドリア病などの希少疾患について、正しく理解されないことで生まれる誤った偏見を無くしていくことも大切だと思ったからです。
私自身、息子が診断を受けた直後は、毎日のように泣いていました。ミトコンドリア病のことを調べる時間とは別に、冷静になって仕事をしたり、母の介護をしたりなど、日常にはやらなければならないことが多くあり、大変な日々だったんです。だから、同じように大変な思いをしている当事者・家族の居場所をつくりたい一心でした。ミトコンドリア病と言っても、一人ひとり病型や発症の経緯などが異なります。それでも、わかり合えることってたくさんあると思うんですね。ですから、皆さんとのつながりを大切にしたいという思いで、今も活動を続けています。
会員制を導入していないのは、なぜですか?
悩んでいる人がいたら、どなたにもすぐに対応したいと考えたからです。また、ミトコンドリア病を当事者・ご家族だけでなく一般の方々へも周知するためには、外へ開いた会であることが必要ではないかと考えました。ですから、ミトコンドリア病の当事者・ご家族はもちろん、まだ診断に至っていない方や、難病の方など、幅広く活動に参加頂けるようにと考え、会員制はとっていません。
ミトコンドリア病に限らず、難病の広い視野で必要な情報は共有してきたいですし、課題について話し合える会でありたいと考えています。
現在、主にどのような活動を行っていますか?
Zoomを用いたオンラインでの当事者やご家族の交流会を定期的に開催し、専門医をお呼びした交流会も開催しています。
4月には、神奈川県秦野市の自宅近くの八重桜の下で『さくらばたけまつり』を開催します。私が行ってきたさまざまな表現活動に、ミトコンドリア病の方もお誘いできたらという思いで開催しています。ミトコンドリア病の応援ソングを歌うなど、音楽活動を通じミトコンドリア病支援を行う、子育て応援バンド『音ごはん』も参加予定です。
また、今後は、ミトコンドリア病に関わる動画の英語版を作成し、海外の当事者やご家族との交流活動も視野に入れています。
当事者やご家族からは、どういったお悩みが寄せられますか?
さまざまな悩みが寄せられますが、一番多いと感じるのは、生活介護の悩みです。また、ミトコンドリア病では、診断に至るまではもちろん、診断を受けた後もさまざまな苦労をされるご家族が多くいらっしゃいます。例えば、専門医と地域の病院の連携で苦労されている方々のお話など伺いますね。ですので、全国にお住まいの方々とつながることで、そういった地域ごとの病院に関わる情報なども共有しています。
その他、病院内での診療科連携に関わるお悩みも伺います。ミトコンドリア病の症状は全身に現れますので、さまざまな診療科の連携が大切になります。しかし、病院によってはスムーズに診療科連携できない場合もあり、そこで苦労されている方は多いように感じます。
ミトコンドリアみどりの会のオリジナルグッズがあるのですか?
はい。息子が在宅療養中に描いたイラストで作ったTシャツなどがあります。その他、ミトコンドリア病でお子さんの亡くしたご家族の本などもあります。
なお、グッズに関わる売り上げは、会の活動資金にあてています。息子は、在宅療養中に毎日絵を描いていました。目が見えにくくなっている状態なので、一生懸命思い出しながら描いていたのだと思います。彼なりに、命の大切さを伝えようとしているのだと感じ、感動しました。
これからも、息子やその他の当事者のつくり出す世界を大切にしていきたいです。今後は、ミトコンドリア病の当事者・ご家族の作品集を世に出すことにも、挑戦していきたいです。
孤立する当事者・ご家族を一人でも減らしたい
伊藤さんが活動を続けるうえで大切にされていることは、どういったことですか?
ミトコンドリアみどりの会は、皆で励ましあえる場として、これからもつながりを大切にしていきたいです。それは、孤立している患者さん・ご家族を一人でも減らしたいと考えているからです。私自身が、診断を受けた直後に孤立した当事者の一人でした。
当時は、息子が「ミトコンドリア病」と診断を受けた事実を、なかなか人に言えませんでした。事情をよく知らない方から、お祓いを勧められたこともあります。自分と同じようなことがきっかけで、特定の宗教にお金を払うことになった当事者・ご家族のお話も伺ったことがあります。孤立することで、こういった誤った情報に影響を受けてしまう可能性が、どなたにでもあるのだと思うのです。
当事者やご家族は、わらにもすがる思いで病気に関わる情報を探し求めます。私自身も、そうでした。だからこそ、正しい情報を得ることが大切だと思うのです。ですから、診断を受けてどうしたら良いか困っている時は、ミトコンドリアみどりの会など、患者会も利用してみて頂ければと思っています。
診断を受けて心の整理がつかない当事者・ご家族も多くいらっしゃると伺います。そういった方々にとって、どのようなことが大切になるのでしょうか?
すぐに心の整理をつけられる方は、多くないと思いますし、難しい問題ですよね。大切なことは、ご自身が楽になる方法を上手に見つけることではないでしょうか。そうすることで、目の前の状況が少し変わるかもしれません。ですから、気持ちが落ち込んでどうしようもないと思う時であっても「希望を失わないでください」と、お伝えしたいです。
例えば、患者会に参加したり、専門医の先生のお話を聞いてみたり、できることから行動してみることが大切だと思います。話を聞くだけでなく、誰かに不安な気持ちを話すことで、ご自身が楽になれることもあるかもしれません。さまざまな行動をしていくうちに、きっとご自身にぴったり合うものが見つかるのではないでしょうか。「こうでないといけない」と思わなくて、大丈夫だと思います。迷ったら、患者会などを利用して、ぜひ仲間を見つけて欲しいですね。一人でも多くの当事者・ご家族が楽になれるように、私はこれからも活動を続けていきたいと考えています。
最後に、遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。
病気だとわかることは悲しいですし、つらいことも多いでしょう。一方で、大切なものを受け取るきっかけになる場合もあるのではないでしょうか。私自身、息子から多くのことを教えてもらいました。息子が好きな釣りに一緒に行ったり、一緒に絵を描いたりする時間はもちろん、息子の寝顔を見る時間さえも愛おしいと感じます。こんな風に感じられるようになるには、時間がかかると思います。それでも、こういった気持ちを大切にしていけたら良いですね。
そして、皆さんは決して一人ではありません。私も、皆さんとつながり、少しでも明るい光をともしていきたいと考えています。病気のことで悩んでいる時、落ち込んでいる時こそ、多くの方々とつながり、ともに希望の光を感じられるように、これからも活動を続けていきます。
お子さんの入院前というお忙しい時期にも関わらず、今回、取材のお時間をつくってくださった伊藤さん。ご自身も苦しまれたご経験があるからこそ、ミトコンドリアみどりの会は多くの当事者・ご家族の居場所となっているのだと感じました。
突然の発症・診断によって、なかなか気持ちの整理をつけられなかったり、気持ちが落ち込んでしまったりする方も多いと思います。そんな時こそ、患者会を利用するなどして誰かとつながることで、気持ちが楽になることがあるかもしれません。また、伊藤さんがおっしゃっていたように、ご自身にぴったり合うものを見つけてみてくださいね。(遺伝性疾患プラス編集部)