「YouTuberとりちゃん」として生きる。筋ジストロフィー当事者や家族のための情報発信の真髄とは?

遺伝性疾患プラス編集部

鳥越 勝さん(男性/32歳/ベッカー型筋ジストロフィー患者さん)

鳥越 勝さん(男性/32歳/ベッカー型筋ジストロフィー患者さん)

12歳のときに、ベッカー型筋ジストロフィーの診断を受ける。障害や難病をもつ当事者やご家族向けの情報をお届けするYouTubeチャンネル「とりすま(とりちゃんスマイル)」を運営。とりすま座談会として、非公開での患者さん交流の場も提供している。

 

YouTube「とりすま」:https://www.youtube.com/channel/UCRfUoTiKEyCEkZPIyvMifaw

LINE公式アカウント「とりすま座談会」:https://lin.ee/2G9ZPzl

Twitter:https://mobile.twitter.com/goerito

今回お話を伺ったのは、ベッカー型筋ジストロフィーをもつ鳥越勝さん。現在、YouTuber「とりちゃん」として、患者さんやご家族向けに情報を発信されています。YouTubeチャンネル「とりすま」では、難病・障害のある当事者のインタビュー動画、当事者やご家族向けの情報を公開。また、非公開でのオンライン座談会も開催しています。その他、SNSを通じて、ご自身の経験などを積極的に発信しています。

今では、病気のことをオープンにして情報発信している鳥越さんですが、実は、30歳頃までは頑なに病気を隠して生きてきました。「病気を認めたら、負けだ」とまで思うようになった裏には、幼少期のさまざまな体験があったそうです。しかし、あるきっかけから「病気など、他人と違うことを言えない雰囲気の社会を変えたい」と思うようになりました。

鳥越さんは、どのようなきっかけで病気をオープンにしようと考えるようになったのでしょうか…?これまでのご経験から、YouTuberとしての活動、そして次の目標のお話まで、詳しく伺いました。

「サボっている」という陰口に悔しさ…隠れて努力した幼少期

筋ジストロフィーの診断を受ける前、病気を疑うような症状は現れていましたか?

走るなどの激しい運動をしたとき、ふくらはぎなどに痛みを感じていました。はっきりと自覚したのは、小学校低学年頃だったと記憶しています。

今でも少しトラウマにもなっているような、印象的なエピソードがあります。ぼくは、小学生の頃にサッカークラブに入っていたんですね。その頃は、すでに症状が現れていたため、サッカー中によく「足が痛い」と言っていたんです。あるとき、コーチがぼくのその様子を見て「そんなわがままばかり言うなら、もう帰れ!」と、怒ってしまって…。ぼくは、そのまま帰って、サッカーを辞めてしまいました。

コーチを含め、誰も悪くないんです。当時はまだ診断を受けておらず、ぼくや家族でさえ、病気のことはわからなかったわけですし。だけど、今でも強烈に覚えているほど、ショックな出来事でした。

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小学生の頃のサッカークラブでの出来事が、印象的だった。(写真はイメージ)

どのような経緯で診断を受けられましたか?

最初は、筋ジストロフィーの症状に関連してではなく、ウイルスによる食中毒がきっかけで12歳の頃に近所のクリニックへ行きました。そこで血液検査を受けた際に、筋ジストロフィーなどで上昇が見られるCPK(クレアチンキナーゼ)値に異常が出ていることが判明し、念のために、大きな病院で詳しく検査を受けることになったんです。その病院で、専門医に診て頂いたところ、症状からベッカー型筋ジストロフィーと診断されました。

診断を受けた時、どのようなお気持ちでしたか?

「やっぱり、ぼくは普通じゃなかったんだ」とわかり、ホッとしました。それまで、皆と同じように速く走ることができないことや、サッカーをすると足が痛くなってしまうことなどに対して、「ぼくは、皆よりも我慢強さが足りない」「ぼくのわがままなのではないのか…」と、ずっと自分を責めてきたからです。皆と同じようにできなかったさまざまなことの理由が病気なのだとわかり、安心しました。

一方で、「中学校での運動部への入部は難しいでしょう」という医師の言葉にショックを受け、とても泣きました。将来の生活に対する不安より、目の前のことへのつらい気持ちが大きかったのです。幼い頃から運動が大好きだったぼくにとって、中学生でも運動部に入ることは当然のことだと考えていたんです。それが、病気によって難しいという事実は、当時のぼくにはとても受け止めきれない出来事でした。

中学校では、運動部に入ることを諦められたのですか?

どうしても運動部を諦めきれなかったぼくは、サッカー部ではなくテニス部へ入部をしました。そして、顧問の先生以外には病気のことを隠して、活動することを決めたんです。

病気を隠し通すために、朝から練習量を確保するなどして、毎日必死に練習していました。病気を、運動ができない理由にはしたくなかったんだと思います。でも、長い距離を走る練習で足が痛くなり、よく休んでいたぼくのことを「鳥越は、サボっている」と、裏で陰口をたたいている人がいることも知っていました。ときには、嫌がらせを受けたこともあります。だからこそ、余計に、病気の自分を認めたくなかったですし、病気に負けたくなかったんだと思います。最終的に、テニスの実力は部内では真ん中くらいだったので、病気のことを考慮すると、恐らく運動神経は良いほうなのではないかなと(笑)。とにかく、苦しみながらも、やり切った中学3年間でした。

そして、このときの経験なども影響して、ぼくはそれから30歳頃まで、頑なに病気のことを隠して生きることになります。

苦しみながらも、やり切った中学3年間だったのですね。この経験を通じて、どのようなことを感じられましたか?

当時は、中学生という思春期真っただ中の時期だったこともあり、病気を含め「人とは違うこと」について、言えませんでした。やはり、社会全体として、まだまだ「人と違うこと」を言いづらい雰囲気があると感じています。でも、人とは違うことがあっても、ぼくらは皆と同じ人間です。例えば、人よりも足が遅いことで、人間としての価値が下がることはないですよね。人とは違う、苦手なことを克服しないと生きていけない雰囲気ではなく、自分の得意なことをいかしていける雰囲気が社会には必要なのだと、今では感じています。中学生の頃の自分は、毎日を生きることに必死で、そのことには気付けなかったのですが…。

今は、「人と違ってもいい」と、堂々と言える社会にしたいと思っています。難病とか、遺伝性疾患とか、そういった「他人と違うこと」を言えない空気を変えたい、と考えるようになりました。例えば、今の自分の症状は見た目ではわかりにくい状態ですが、ヘルプマークをつけるなどして、周りの人に伝わるよう工夫しています。

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「中学生の頃の自分は、毎日を生きることに必死だった」と、鳥越さん。
現在は、どのような治療を受けていますか?

ベッカー型筋ジストロフィーには、今のところ根治療法がありません。そのため、対症療法を中心に受けています。現在、心臓に症状が現れ始めているので、心臓の負担を軽減する(働きを弱める)薬を飲んでいます。また、ステロイドも服用していますが、現在あまり効果を得られていないので、徐々に量を減らしています。

「とりすま座談会」も開催!病気をオープンにしていない方も安心して参加してみて

「とりすま」を通じて、患者さんやご家族にどのような情報を伝えたいと考えていますか?

病気をもちながらも前向きに活躍している、多くの患者さんたちを知ってほしいです。そして、こうした患者さんたちの姿を見た人が、新しい行動を起こすきっかけとなれたら最高ですね。

YouTubeチャンネル「とりすま」

ぼくも、病気をオープンにし始めた頃、さまざまな難病や障害のある当事者の方々にお会いし、勇気をもらった経験があります。大企業で働きながら歌手などの夢を叶えている筋ジストロフィー患者さんや、車いすで世界一周している方、難病により腕があまりあがらない状態にもかかわらずパラグライダーのソロ飛行に成功した方など、難病や障害をもちながらも活躍し、輝いている方々と出会い、「ぼくも何か行動を起こしたい」と思うようになりました。だから、今度はぼくのYouTubeが、誰かの新しい行動のきっかけになってくれたら嬉しいです。

あわせて、直接、病気に関わりのない一般の方にも見てもらえたらと思います。患者さんやそのご家族が暮らしやすい社会をつくっていくためには、一般の方々にも難病や障害への理解を深めていただくことが大切だと考えているからです。

「とりすま」を実際に見た患者さん・ご家族からは、どのような声が届いていますか?

「共感できた!」「応援しています!」という声が、届いています。素直に、とても嬉しいですね。

また、一般の方から「病気について知らなかったので、教えてくれてありがとう」という声をいただくときは、感慨深いです。やはり、病気に直接関わりのない一般の方が興味を持ってくれる、というのは嬉しいですからね。今後も、患者さんやご家族へはもちろん、一般の方々へも情報を届けられるようにしていきたいです。

「とりすま」をやっていて、くじけそうになったことはありますか?

YouTubeの動画編集は、すごく、すごく大変です…(笑)。今はすべての作業を自分で行なっていることもあり、動画を完成させるために多くの作業時間を必要としています。例えば、全て字幕ありの動画としているので、文字を起こす作業だけでも、多くの時間が必要なんです。ぼくは、難病・障害のある方のためのコンテンツを取り扱っているので、耳でなく、目で見ても情報がわかるようにしたいという意図があり、大変ですが、ここは譲れない部分なんですよね。

自分の仕事や他の活動と並行して、YouTubeの動画編集をやらなければならないので、つらいと思うことは確かにあります。一方、YouTubeで発信していきたい情報は無限にあるんです…(笑)。そのため、今後は誰かの力も借りながら、継続して活動していきたいと考えています。

今後、「とりすま」を通じて、どのような活動をしていきたいですか?

引き続き、病気と向き合いながらも前向きに活動されている方々の姿を、お届けしていきたいですね。

あわせて、「とりすま座談会」という活動もしているので、そちらの活動もどんどん活発化させていきたいです。この座談会は、YouTubeとは違い非公開なので、病気をオープンにしていない方も安心してご参加いただけます。同じ病気の方々とつながっていただける場となっていますので、安心して気持ちの共有をしていただければ嬉しいですね。

現在、ベッカー型筋ジストロフィー患者さん向け座談会の他にも、脊髄性筋萎縮症(SMA)患者さん、また、患者さんのご家族向けの座談会なども企画しています。詳細情報は、LINE公式アカウントYouTube、また、時々ぼく個人のTwitterでも発信しています。ぜひ、アカウントフォローやお友だち登録していただけたらと思います。

「病気を認めたら負け」と思っていた過去の自分。病気をオープンにしたことで見えた新しい世界

SNSで病気のことを公表して情報発信するきっかけとなったのは、どのような出来事からですか?

あるコミュニティの代表の方との会話がきっかけで、まず、そのコミュニティ内で自分の病気のことをオープンにできるようになりました。それまでは、今働いている会社にも、病気のことをしっかり伝えていなかったくらい、頑なに隠していたんです。病気をオープンにすることが、本当に怖かったんですね。

きっかけをくれたコミュニティは、筋ジストロフィーとは全く関係のない、各業界の最前線で活躍されている方々が所属するコミュニティです。自分の生き方について悩んでいた頃、親友が「ちょうど良い方がいる。試しに参加してみたら?」と、紹介してくれたことがきっかけで参加しました。そのコミュニティの代表の方とのお話の中で、「鳥越さんは、どう生きたいですか?」と聞かれて、最初、うまく答えられなかったんですね。そこから色々と考えるうちに、ふと「ぼくがこの病気を持って生まれたのは、何か意味があるのかもしれない」と、思ったんです。うまく言えないのですが、急に頭の中に降りてきた感覚でした。

それまでは、「病気を認めたら、負けだ」とまで思っていたので、可能な限り、病気のことは隠し通すつもりでした。30歳まで、病気のことは一切オープンにしておらず、障害者手帳を取得したのも、実は1年半前くらいなんですよ。何十年も生きてきて全然気付かなかったのに、急に、こんな風に思うようになったなんて、本当に不思議ですよね。

そこから、そのコミュニティ内で、大勢の前で発表する機会をいただきました。もちろん、知らない人ばかりで、病気への理解がある方ばかりではなかったと思います。病気のことを話すのは、ものすごく怖かったです。でも、そこで勇気を出して病気をオープンにし、さらに、皆さんが真剣に発表を聞きながら共感してくれたことが自信につながり、大きな成功体験となりました。そして、その後の自分の生き方が大きく変わっていったのです。

勇気を出して病気をオープンにしたことで、鳥越さんの生き方が変わったんですね。そこから「とりちゃん」としての活動が始まったんですか?

そうですね。まずはSNSで、筋ジストロフィーに関する情報を発信するようになり、病気をオープンにしました。

YouTubeで「とりちゃん」として情報を発信するようになったのは、株式会社イースマイリーの代表として難病支援コミュニティ事業をされている矢澤さんという方に声をかけてもらったことが、きっかけです。実は、矢澤さんは、先にお話ししたコミュニティのイベントで、ぼくの話を真剣に聞いてくれた方のお知り合いなんです。偶然、矢澤さんをご紹介頂く機会があり、その後しばらくしてから「一緒に、YouTubeやらない?」と、ありがたいことに声をかけていただきました。「Facebookでいつも熱い投稿をしているから、絶対に動画の発信をしたほうがいい」と言っていただき、やる気になったことを覚えています。そして始まったのが、「とりすま」なんです。

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株式会社イースマイリーの代表・矢澤さんと、鳥越さん

病気をオープンにしてからは、ビックリするほど、さまざまなチャンスがつながっていき、今のぼくがあります。こんな風に、チャンスをつなげてくれる方々がいるのも、とてもありがたいことですよね。いつも充実感があり、皆さんには感謝の気持ちでいっぱいです。


「ぼくがYouTubeで情報発信を始めたのは、運命だったのかもしれない」と、今では思っています。

見ている人は必ずいる。まずは、一緒に声をあげよう

今後、挑戦したいことはありますか?

今後、ベッカー型筋ジストロフィーの患者会を作っていきたいと考えています。何かを変えていくためには一人よりも大勢で声をあげていく必要があると感じているためです。誰かの力も借りつつ、少しずつやっていきたいですね。

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「何かを変えていくためには一人よりも大勢で声をあげていくこと」と、鳥越さん(写真はイメージ)

活動を見てくれる人は必ずいると思うので、まずは社会に声をあげていきたいです。同じような思いで、何かやりたいことがある方は、ぜひ声をかけてくださいね!

最後に、同じ遺伝性疾患患者さんにメッセージをお願いいたします。

ベッカー型筋ジストロフィー患者さんだからこそできることって、実はたくさんあると思うんです。例えば、生活に支障なく走れる状態から、場合によっては寝たきりの状態に近いところまで経験される方もいるでしょう。それは、軽めの下肢障害〜車いすが必要な方の気持ちまで、理解できるということでもあると思います。これから、日本でさらに増えていく高齢者の方々の気持ちもわかるかもしれない。こういったことは、他の疾患ではなかなか経験できないことだと感じています。

その他、見た目ではわかりにくい障害への理解もできますよね。不自由を感じている分、他の人よりも具体的な気付きが多いと思いますし、「変えたい」という気持ちのパワーも大きいと思います。だから、当事者としての発信力もあるはずです。

今は、SNSなどで誰でも簡単に情報発信できる時代ですし、“自分たちだから”誰かのためにできることが、きっとあると思うんです。可能性を秘めているぼくらですから、あとは「何かを変えたい」という気持ちさえあれば、自然と助けてくれる人が出てくると思いますよ。

大変なことも多いと思いますが、それも含めて楽しみながら、一緒に前向きに生きましょう!


幼少の頃から、さまざまな経験をされながらも、必死に逆境を乗り越えてきた鳥越さん。「病気を認めたら、負けだ」と考え、つい最近まで病気のことを隠して生きてこられたというそのご経験は、なかなか簡単にお話しできることではなかったと思います。それでも、「ぼくの経験が、誰かの新しい行動のきっかけになってくれたら…」と、包み隠さずに話してくださったその姿からは、強い覚悟のようなものが伝わってきました。

「人と違ってもいい。他人と違うことを言えない雰囲気の社会を変えたい」と言う、鳥越さん。YouTubeでの情報発信など、少しずつ、確かに変化をもたらすその活動は、今後もますます目が離せません。(遺伝性疾患プラス編集部)

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