【北】の専門医・櫻井晃洋先生が語る「地域における医療の特色と課題」
- 2024.09.12 公開
- IRUD
- 遺伝性疾患プラス主催イベント
- 遠隔医療
日本の北に位置する北海道を拠点に、遺伝性疾患をご専門として長年携わっておられる、札幌医科大学 医学部 遺伝医学 教授の櫻井晃洋先生に、地域における医療の特色や課題について、ご講演頂きました。
札幌医科大学の櫻井です。おそらく日本全体で「北」というと、北海道と東北という括りになると思います。しかし、北海道と東北は医療の状況として、大きく違うところがあります。交通の連携もあまり密ではありませんし、何となく別の地方という印象があります。私は札幌に住んでいるので、今日は北海道について話をさせていただきます。北海道の特色は、「大都市と超へき地が混在かつ広い範囲に散在する」というところで、このことが医療の提供における大きな課題を生んでいます。
これは北海道の人口の偏在についての図です。Wikipediaのデータによると、札幌市が日本の都市の人口順で4番目に位置しています(右上の写真)。一方で日本の都市の人口が最も少ない方には5つほど北海道の都市があり、これらは全てかつて炭鉱で栄えたところです。例えば夕張市の現在の人口は約7,000人ですが、かつては10万人以上の人が住んでいました。さらには市ではない町村ではもっと人口が少なく、隣接市町村まで距離が離れた自治体がたくさんあります。このような地理的条件のため、北海道の医療をひとくくりで語ることはなかなか難しいです。北海道の田舎でも、観光地として人々が訪れる美しい場所はたくさんありますが、そうでない地域に行くと胸が痛むような光景も見られます(右下の写真)。
次に、医療全体を見てみます。当然のことながら北海道は面積が最も広く、日本の22%を占めています。そこに住んでいる人は日本の人口の約4%程度で、人口あたりの医師数を見ると全国平均とあまり変わりません。しかし、北海道の人口の約半分は札幌医療圏に集中しており、残りの人々がその他の地域に分散しています。例えば、二次医療圏の医師の数を見ると、札幌市や旭川市がある地域の医師数は全国平均よりもかなり高くなっています。一方で、人口10万人当たりの医師数が100人に満たない地域もあります。元々人口が少ない地域ではさらに医師が少なく、また隣の村まで数十キロ離れているような場所では、難病に限らず医療の提供体制が厳しいというのが現状です。
では、遺伝性疾患の診療体制、臨床遺伝専門医はどういう状況なのかということを、ここでお示しします。先ほどお話ししたように北海道の人口は全国の約4.1%で、臨床遺伝専門医の割合も同様ですが、78人の専門医のうち61人が札幌に集中し、残りの一部が旭川や函館にいます。その他の地域にも3人ほどいますが、これらは人口の少ない地域で、専門医の資格は持っているものの、遺伝に関する専門的な診療を行う機会が限られている可能性があります。
難病の医療としては、既に他の先生方のお話にも出てきたIRUD(未診断疾患イニシアチブ)があります。私達北海道では右上のようにHokkaIRUD(ホッカイラッド)というロゴを作ったり、IRUDパークというイベントを開催して、一般市民の方々にIRUDを知ってもらう取り組みをしたりしています。こうした取り組みの中で、以前、医師会に協力を依頼し、特に道南・道央地域を中心にIRUDの認知度や未診断患者の診療状況を調査したことがあります。
そうしてみると、やはり診ている患者さんで診断がついていない方がいるという状況の先生が、かなりの数に上っていました。これは、無床の診療所でも病院でも同様の状況で、大きな差はありません。どの医療機関でも診断がついていない患者さんがいらっしゃる状況が見られました。
当院もIRUDの拠点病院に指定をいただいているので、少しでも未診断の患者さんを診断に結びつけるために、特に道央から道南にかけて、できるだけ多くの連携病院を作ろうと、さまざまな病院に声をかけました。そしてこの図のように、札幌市内外の病院に、IRUDの連携病院として加わっていただくことができました。拠点病院として、こうした活動もしてきています。
これはIRUDの班会議で資料として使われている累積検体数です。グラフの上の方に成育医療研究センター、大阪母子医療センター、神奈川県立こども医療センター、東京都立小児総合医療センターという大規模な小児病院、京都大学や大阪大学などの病院に次いで、当院(札幌医科大学)が上位に位置しています。連携病院を増やす努力をした甲斐もあり、北海道の未診断の方の多くは当院に受診して頂ける体制が、だいたい確立できているのではないかと考えています。
ただし、診断後のケアに関しては、さまざまな課題があります。特に冬季には地理的要因により交通網が寸断されることがあるため、このような地理的・季節的な障壁をいかに克服するかが大きな課題となっています。
今の話をまとめたものです。全国各地あるいは北海道各地に人々が生活しておられる、そこに同じ医療を私達も提供したいと考えています。ただ医療者の数は有限ですし、どの医療者もドラえもんのポケットのように何でもできるわけではありません。医療者の水準向上と言っても限界があり、すぐに達成できる話ではありません。一方で、情報に関しては、かなり地理的ハンディキャップを縮めることができるようになってきたと思います。北海道では、特に札幌医科大学では、遠隔医療において、デジタル技術を活用したさまざまな取り組みを行っています。
例えば、地方の病院で外科医が1人だけの状況で着任すると、その医師はスキルを磨いていく機会がなかなか得られないこともあります。当院の外科は、遠隔手術支援というシステムを作っています。
これは、遠くの病院と、札幌医大の研究室を通信で結んで、遠くの病院で行われる手術に対し、リアルタイムで「ここをもっと引っ張って」「ここは剥離して」など、ペンで書きながら指導していくものです。以前からこうしたものはありましたが、手術の場合、タイムラグがある通信は致命的で使い物になりません。いま、タイムラグは100分の1秒に縮まっています。こうなると人間の知覚ではわからず、リアルタイムと言っても良いと思います。知念先生がいらっしゃる琉球大学や、九州大学とも実証実験をして、日本の国内であれば全く問題なく遠隔手術支援が可能であるとわかりました。これを今度道東など遠隔の病院での手術の指導などに使っていく準備が進んでいます。こうした形で、地域に住んでいる患者さんの治療の質を落とさないようにする取り組みを行っています。
遺伝カウンセリングに関しては、現在、難病領域において遺伝カウンセリング加算の届出施設同士を結ぶ遠隔連携遺伝カウンセリングが加算として認められています。しかし、この制度の問題点として、加算届出施設同士でしか認められないことが挙げられます。地方では加算届出施設自体が存在しない場合があります。また、この加算は保険収載された検査にのみ紐づいているため、検査を伴わない医療相談に関しては適用できないという制約もあります。
これに関しても、自費での遠隔連携による遺伝カウンセリングを当院で準備しました。これは病院と病院を結ぶものですが、相手の病院には、病院料金規定に遠隔遺伝カウンセリングという項目を載せていただき、料金は自由に設定していただくようお願いしています。このような形でご紹介があると、当院から遺伝カウンセリングを提供し、相手の病院で料金を徴収していただきます。当院はそこから5,000円のみをいただきます。これは基本的に割安だと考えていますが、このような形で、北海道内の遺伝医療における地域差をなくすためのシステムを構築しました。
実はこのような取り組みをアピールして、最初に実施することになったのは北海道の病院ではなく那覇市内の病院で、北海道と沖縄という最も遠く離れた地域で行うという、なかなか興味深いこととなりました。以上、北海道の現状についてご紹介させていただきました。
【北】の専門医:櫻井晃洋先生
札幌医科大学 医学部 遺伝医学 教授。医学博士。新潟大学医学部医学科を卒業後、シカゴ大学医学部甲状腺研究部研究員、信州大学医学部附属病院助手、助教授/准教授等を経て、2013年より現職。日本遺伝カウンセリング学会理事長、日本人類遺伝学会前理事、日本遺伝子診療学会理事、日本内分泌学会理事、臨床遺伝専門医・指導医、内分泌代謝科専門医・指導医。