【編集長に聞く!②】研究者時代のエピソードと遺伝性疾患プラスのこれから

遺伝性疾患プラス編集部

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2020年にサイトオープンし、2023年に3年目を迎える遺伝性疾患プラス。今回は、その企画から立ち上げを行い、現在、編集長も務めている二瓶さんにお話を伺いました。後編では、「編集長の研究者時代エピソード」「遺伝性疾患プラスの目標」などを、ご紹介します!

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研究者時代に培った知識と経験、今度は編集者として患者さんへ 

研究者時代は、どのような研究をしていましたか?

私が専門としていた分野は、主に、ゲノム医科学と分子免疫学だったのですが、なんじゃそりゃ??と思う方も多いと思います。ものすごくざっくり言うと、どちらも、病気に関わる遺伝子の研究です。研究していた遺伝子は、私たちの体の遺伝子であったり、それを模したモデル動物の遺伝子であったり、病原体の遺伝子であったり、さまざまです。

私たちの体の全ての細胞に必要な特定の遺伝子(eEF1A-1遺伝子)の働きに欠かせない部分(プロモーター)について、細かく調べた結果が、博士論文のテーマでした。しかし、その後にわたって結構長く続けていたのは、DNAワクチンの研究でした。がん、マラリア、ダニアレルギーなど、いろいろな疾患に関するDNAワクチンの開発を目指して、研究を進めていました。

研究者→編集者へキャリアチェンジした理由について、教えてください。

正直に言うと、双子の男の子の子育てに追われていたというのは、大きな理由の一つです。研究者は、朝から晩まで、お休みの日も、ずっと研究のことを考えてしまいますし、日曜や祝日でも研究室へ行って進めなくてはいけない実験などもいっぱいあるんですよね。当時の私は、こういったママさん研究者を支援する国の制度「日本学術振興会特別研究員-RPD」に採用され、何とか研究を続けていました。ですが、それも期限付きであったため、次のポストを探し始めた、ちょうどこのときに、初めて研究者以外のキャリアに目を向けることになりました。

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研究者の仕事と並行して、双子の男の子の子育てに追われていた。

自分のこれまでのキャリアを生かして、何か民間企業でできることがないだろうか?と考え、最初に働くことに決めた民間企業では、DTC(消費者向け)遺伝子検査サービスの立ち上げに関して、やはり研究者のような仕事をしていました。一方、同じ会社で、医療情報メディアが運営されており、自分の知識をいかし、直接、一般の方や患者さんに正しい情報をお届けできる仕事だと思い、「やりたい!」と強く感じました。当時の編集長に、「私は、編集経験はないけれどやらせてください」と言ってみたところ、OKとなり、先ほどの研究者のような仕事と兼任で、編集業務にも携わることになりました。

そこから編集スキルを積み、次の会社では新たな医療情報メディアの立ち上げにも携わり、その後もいろいろな種類の医療情報メディアに関わっていきました。その中で、前編記事でもお話ししたような遺伝性疾患に関する社会的な状況に対して、「何か自分ができることをしたい!」という思いが強くなったんです。「遺伝性疾患のサイトを立ち上げたい」という私の思いに共感して、「ぜひ、やってみて」と言ってくれたのが、今のQLifeという会社でした。

現在はQLifeで、ワークライフバランスを保ちながら、研究者時代にはできなかった、「病気と向き合っている方々に向けて、直接正しい情報をお届けできる仕事」に携わることができています。研究者時代を含め、これまでの自分のキャリアを全て生かせている実感もあり、充実した毎日を過ごしています。

ちなみに双子はもう高校生になり、ほとんど手がかからなくなりました。

研究者時代の恩師、現在はアドバイザーとしても

遺伝性疾患プラス・アドバイザーの菅野純夫先生は、どのような先生ですか?

実は、菅野先生は、私の大学院時代の指導教官だったんです。大学4年生の、卒業研究のときからお世話になっているので、私に研究を一から教えてくださった恩師です。当時、菅野先生は、がんの研究を主にされていて、ちょうどヒトゲノム計画に日本の代表メンバーの一員として参加され始めた頃でした。

当時ひよっこで、今考えるとあり得ないような、ダメなこともいっぱいやっていた私ですが、菅野先生は根気強く、いろいろなことを教え、育ててくださいました。今の自分があるのは、菅野先生のおかげですので、本当にものすごく感謝をしています。とっても博識な先生で、ちょっとした雑談もとても面白く、また、勉強になるなと常々思っていました。

菅野先生からはあんまり「ダメ」と言われた覚えがなく、それが、私だけでなく、周りの多くの人たちに良い影響を与えてくれていたのではないかと感じています。当時、ちょうど遺伝子治療やDNAワクチンについての研究がホットになり始めた頃に、「やりたいならやってみる?」と言ってくださったのも菅野先生でした。それは、私が研究の世界にのめり込んでいく大きな出来事の一つだったと思っています。最初はいろいろテーマを与えてくださり、遺伝子治療の学会で発表の機会を頂いたりもしました。

恩師の菅野先生に、現在は遺伝性疾患プラスのサイトアドバイザーとしてもお世話になっているということなんですね。

そうなんです。菅野先生には、遺伝性疾患プラスのサイトアドバイザーとして、月に1回、面談の機会を頂いています。もっと患者さんに届く内容は?表現は?など、毎回、いろいろアドバイスを頂きつつ、「私たちの研究はDNAワクチンだったけど、RNAワクチンが新型コロナウイルスに対して使われるようになったね!」など、ちょっと研究時代を思い出すような、懐かしい話題を交えたりして、楽しくお話を伺っています。

ちなみに、専門家インタビューや座談会でお世話になっている、遺伝子治療の第一人者、小澤敬也先生も、取材をきっかけに20年くらいぶりにお会いすることができました。「菅野先生のところの学生さんだったのを覚えていますよ!」とおっしゃって頂き、とってもうれしかったです(笑)。

※「ゲノム医療」について、菅野純夫先生がわかりやすく解説する動画も公開中です!詳細は、コチラの記事から

必要な人に必要な情報を、正しく伝え続けたい

遺伝性疾患プラスの今後の目標を教えてください。

まだまだ疾患解説記事を掲載できていない遺伝性疾患が、たくさんあります。そうした疾患も着実に掲載していき、また、すんなりと理解しやすいコンテンツを引き続き目指していきます。さらに工夫を重ねていき、患者さん・ご家族から医療者まで、幅広く皆さんに「遺伝性疾患のことは、遺伝性疾患プラスを見ればわかる」と思ってもらえるサイトにできればと思っています。

そして、ゲノム医療・遺伝子治療が当たり前になる世の中を、このサイトとともに迎えられれば良いなと思っています。

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「『遺伝性疾患のことは、遺伝性疾患プラスを見ればわかる』と思ってもらえるサイトに」と、編集長
遺伝性疾患プラスの読者の皆さんへメッセージをお願いします。

遺伝性疾患プラスのチームは、編集メンバー、デザイナー、エンジニアなど、全員が「正しく・わかりやすく伝えたい」という強い想いを持って、一丸となって(もちろん仲良く)サイトを運営・改善していっています。まだまだこの先、多くの情報を更新していきますので、ぜひ今後も遺伝性疾患プラスからの情報発信を楽しみにして頂ければと思います。また、ご意見・ご感想、ご要望などあれば、お気軽にお寄せください。

最後に、「この病気には治療法がありません」ではなく、「この病気は、今のところまだ治療法ができていません(もうすぐできます)」という遺伝性疾患は、確実に増えています。そうした研究段階の治療法を含め、必要な人に必要な情報を正しくしっかりと伝え続けていきたい、それが、私の願いです。


研究者時代の二瓶さんは、DNAワクチンの開発を目指して研究を進めていました。そして、子育てをきっかけに、編集者としてのキャリアを歩むことに。現在は編集長として、研究者時代に培った知識と経験をいかし、患者さんへ正しい情報をお届けするためにコンテンツづくりをしています。

ゲノム医療・遺伝子治療が当たり前になる世の中に向けて、これからも遺伝性疾患プラスでは、必要な人に必要な情報を正しくお届けできるように活動していきます。(遺伝性疾患プラス編集部)

 

▶コチラの動画もあわせてご覧ください!「遺伝性疾患プラスの今後の目標」について

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