小澤敬也先生によるご講演:日本における遺伝子治療2023

遺伝性疾患プラス編集部

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遺伝子治療をご専門として長年携わっておられる、自治医科大学名誉教授・客員教授の小澤敬也先生に、日本における遺伝子治療の現状や課題など、最新情報をスライド動画でご講演頂きました。

※収録日(2023年6月20日)時点での最新情報です。


自治医科大学の小澤と申します。今日のテーマである「日本における遺伝子治療2023」のスタートとして、遺伝子治療の概説と臨床開発の現状について、簡単にお話をしたいと思います。以前、「遺伝子治療のきほん」のお話をしましたが、基本的なところはそれほど変わっていないため、若干繰り返しになりますが、終わりの方で、臨床開発の現状に関して、世界と日本の状況をまとめた表を紹介したいと思います。

(スライド2)まず、「遺伝子治療とは」ということですが、分子生物学の発展によって、傷のある遺伝子を治そうという発想が生まれました。それは究極的な治療法ですが、当時の技術では非常に難しく、夢の治療法であったわけで、とりあえず傷のある遺伝子はそのままにして、正常な遺伝子をつけ加えるというような形での遺伝子補充療法が行われました。このような方法であれば、対象疾患は遺伝性疾患に限定されず、がんなどの後天性疾患まで拡大したわけですが、最近は、「ゲノム編集技術」が非常に発展してきまして、当初、究極的・根本的な治療と考えられていた、傷のある遺伝子そのもの(傷の部分)を直すということも現実的な目標に入ってきました。

(スライド3)遺伝子治療は、体細胞遺伝子治療と生殖細胞系列遺伝子治療に大きく分けられます。遺伝性疾患をこの世の中から無くそうと考えるのであれば、生殖細胞系列遺伝子治療が望ましいわけですが、この場合、人類の遺伝子プールに手をつけることになるため、技術的に完璧ではない現状では臨床応用は禁止されており、実際に行われているのは体細胞遺伝子治療になります。体細胞遺伝子治療であれば、患者さんへ遺伝子操作の影響はありますが、他の人には影響が及ばないので、倫理的な面からも、それほど大きな問題がありません。こうしたことから、実際行われる遺伝子治療は全て体細胞遺伝子治療です。

(スライド4)遺伝子治療のコンセプトは、治療用の遺伝子をベクター(遺伝子の運搬体)に乗せて、標的細胞の中に遺伝子導入するわけですが、大きく2つの方向性があります。1つは、「標的細胞の中で治療遺伝子を働かせる場合」(治療用タンパク質による細胞改変)です。これは、標的細胞の遺伝子に何か問題があった場合に、正常の遺伝子を入れて、細胞機能全体の正常化を図る、あるいは、特に異常がない場合であっても、新たに遺伝子を入れることによって細胞機能の強化を図る、そういった方向性です。もう1つの方向性は、細胞の中に導入した遺伝子の産物(治療用タンパク質)が、標的細胞から分泌されて、体にまわっていくことで治療する「タンパク質補充遺伝子療法」です。血友病の遺伝子治療などが、代表的なものです。

(スライド5)遺伝子導入法については、体外法(ex vivo法)と、体内法(in vivo法)という方法に大きく分けられます。体外法は、標的となる細胞(造血幹細胞やリンパ球など)を体の外に取り出して、遺伝子を導入して、ある程度品質のチェックをして、増やし、患者さんに戻すという方法です。安全性という点では、こちらのほうが望ましいわけですが、非常に煩雑なので、大勢の患者さんにこのような治療を行うのはかなり大変です。その一方で、体内法は、治療遺伝子を搭載したベクター自体を体の中に投与して、体の中で遺伝子導入を起こさせるという方法です。多くの患者さんを対象にできるというメリットがありますが、安全性の面で若干気になるというところです。

(スライド6)遺伝子治療臨床試験の数の推移ですが、1990年に始まり、そして、90年代はすごい勢いで臨床試験の数が増え(過熱期)、なかなかうまくいかない時期(反省期)を経て、2000年にようやくX-SCID(X連鎖重症複合免疫不全症)という疾患で、造血幹細胞遺伝子治療「単独」での治療効果が示され、非常に注目されました。ところが、そういった疾患で治療から2、3年すると、次々に白血病が発生し、遺伝子治療全体が停滞してしまいました(停滞期)。その後、2008年~2010年あたりから、ようやくまた、遺伝子治療臨床研究の成果(治療効果)が出始め、特にAAVベクター遺伝子治療の有効性が次々に報告されるようになり、「復活へ」という時代になりました。さらに最近では、承認される遺伝子治療薬も次々と出てきて、「商業化」の時代に入っています。このグラフは2018年までしか示されていませんが、今もこんな感じでどんどん臨床試験の数が増えているという状況だと思います。

(スライド7)これは2022年における全世界の対象疾患別の遺伝子治療臨床試験の数です。全3,685件ありますが、対象疾患はがんが多く、約70%ですね。これはやはりがんで苦しんでいる患者さんが多いということがあると思います。今日の話の対象は「遺伝性疾患」ということで、元々の遺伝子治療の対象でもあった単一遺伝子病を見ると、12.6%で、がんに比べるとまだまだ少ないですね。遺伝性疾患は次々と明らかになってきており、今では7,000~8,000疾患と非常に多くの遺伝性疾患が知られていますが、実際に遺伝子治療の対象になるような疾患は、ごくまだ一部です。単一遺伝子病の臨床試験数は463件と書いてありますが、同じ対象疾患に対する臨床試験も入っており、疾患の数としては非常に限られています。そのほか、感染症(HIV/エイズウイルス感染症)、心血管系疾患、神経系疾患、眼科疾患など、いろいろな疾患が遺伝子治療の対象になっています。

(スライド8)これは、国別の遺伝子治療の臨床試験の数ですが、日本はやはりまだまだ少なく、米国がやはり圧倒的に多いんですね。最近は中国がすごい勢いで追いかけているような状況です。その次に、英国、ドイツと続き、フランスあたりは日本と大差ありませんね。遺伝子治療の開発では、イタリアが大きな貢献をしてきていますが、数からすると意外と少ないという感じです。

(スライド9)代表的な遺伝子治療は、ここに挙げてあるように、造血幹細胞遺伝子治療、AAVベクター遺伝子治療、がんの場合にはCAR-T細胞療法が中心となっています。いずれの場合も、最近ではゲノム編集治療の開発が活発になってきています。

(スライド10)造血幹細胞遺伝子治療は、患児の体から造血幹細胞を含んだフラクション(細胞分画)を取り出して、遺伝子導入して増やし、そして前処置を行った患児に、輸注によって戻すという方法です。

(スライド11)この造血幹細胞遺伝子治療は、当初「ガンマレトロウイルスべクター」を使った方法から始まりました。ガンマレトロウイルスというのはマウスの白血病ウイルスで、それに由来するベクターは、若干がん化リスクがありました。実際に、X-SCIDの治療において、白血病が次々に発生しました。しかしその後、安全性を高めたベクターが開発されて、こうした白血病はほぼ起こらなくなってきています。ADA欠損症の場合には、白血病の発生はほとんどなく、Strimvelis(ストリムベリス)という遺伝子治療薬が2016年に欧州で承認されています。ただし、2020年にADA欠損症でもX-SCIDと同じように、T細胞性急性リンパ芽球性白血病が発生しました。

こうした白血病の発生を、X-SCIDとADA欠損症に分けて考えてみましょう。X-SCIDの場合、正常の遺伝子が入り機能が正常化した細胞は、どんどん普通に増殖できるようになります(増殖優位性を獲得)。標的細胞の一部にしか遺伝子が入らなくても、入った細胞がどんどん増えてドミナント(優位)になり治療効果が出やすいのです。しかし細胞がどんどん増えるということは、(ベクターによる)挿入変異に加えて、セカンダリイベント(二次的イベント)で白血病が起こりやすかったわけです。一方でADA欠損症の場合には、白血病はあまり起こらなかったのですが、こちらは細胞に正常遺伝子が入ると生存優位性を獲得、要するに細胞が死にづらくなって効果が出ました。そのためこの場合には、二次的イベントが起こりにくく、白血病が起こりにくかったというわけでした。

(スライド12)いずれにせよ、ガンマレトロウイスルベクターでは、やはりがん化の問題があるので、その後レンチウイルスベクターが開発されました。これはエイズウイルスに由来するベクターで、名前からすると気になりますが、安全性はずっとこちらのほうが高いです。レンチウイルスベクターは、副腎⽩質ジストロフィーなどで臨床研究が始まって、異染性⽩質ジストロフィーでは、2020年にLibmeldy(リブメルディ)が欧州諸国で承認されています。研究がより早く始まった副腎白質ジストロフィーも、Skysona(スカイソナ)が2021年に承認されていますが、1例、MDS(白血病の手前の状態)が発生しています。これはベクターの設計(プロモーター)に問題があるのではないかと考えられています。その他、日本では重症患者さんはまれであるβ-サラセミアに対し、Zynteglo(ジンテグロ)が欧州で2019年に承認されています。さらに最近は、β-サラセミアや鎌状赤血球症に対してゲノム編集治療も非常に良い結果が出て、承認申請がなされています。安全性・有効性に優れたレンチウイルスベクターを使った造血幹細胞遺伝子治療にシフトしてきているわけですが、レンチウイルスベクターも完璧というわけではないため、現在では、さらにゲノム編集治療の開発が非常に進んできている状況です。

(スライド13)AAVベクター(アデノ随伴ウイルスベクター)です。上が野生型のAAV、下がAAVベクターの構造を示していますが、AAVは非常に小さなDNAウイルスです。特徴は、この大元のAAVが非病原性であるということで、安全性が高いと考えられます。それから、神経細胞とか網膜細胞、筋細胞、肝細胞といった非分裂細胞に効率よく遺伝子導入でき、遺伝子発現が何年も続きます。1回の遺伝子導入で、細胞が残っている限り、おそらくは10年以上効果が続く、そういう特徴があります。

(スライド14)これはAAVベクターを使った遺伝子治療に、どのようなものがあるかをまとめたものです。ほとんどAAVベクターの場合は体内法なので、対象疾患とベクター投与経路を示しています。赤字で書いてある対象疾患が、臨床試験が行われたことのあるものです。眼底、脳内、筋肉などへの局所投与に加え、静注(静脈注射)があります。静注の場合には全身投与になりますが、こうした静注法も非常に広まってきています。

(スライド15)局所投与は、網膜疾患、パーキンソン病、AADC欠損症のような場合に行われます。静脈注射は全身をカバーする方法であるため、局所投与に比べて莫大な量のベクターが必要になります。ですから、実際にヒトに投与するベクターを製造するのも大変ですが、大量に投与すると、いろいろな理由で副作用が出やすい問題もあります。特に、肝臓の傷害をベースにした深刻な副作用により、死亡例も出ています。また、中和抗体陽性患者さんでは効果が出にくいという問題もあります。まだまだ全身投与が必要な場合にはいろいろな工夫が必要であるという状況です。

(スライド16)これは、標的臓器のサイズで投与が必要なAAVベクターの量が違うということを示しています。網膜疾患であればわずかな量ですが、脳の局所であれば若干増えて、肝臓を狙うには網膜の場合の1,000倍、筋肉の場合にはさらに大量となります。こんなに大量のベクターを投与するので、どうしても深刻な副作用が出やすいんですね。ですから、この辺の問題を解決しないといけません。

(スライド17)それで、基本的なところはざっとお話ししましたけれども、臨床開発がどうなっているかということを、資料としてご紹介します。個々のものは説明する時間がありませんので、ざっと紹介します。

(スライド18)出典は、国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部のホームページからです。これをご覧になっていただければと思いますが、既に承認された遺伝子治療製品で、体内法(in vivo法)の場合、こういうリストになっています。赤字が日本の状況。ごく一部ですね。

(スライド19)それから、これが体外法(ex vivo法)の場合。日本はやっぱりわずかですね。体外法(ex vivo法)の場合には遺伝性疾患というよりは、CAR-T療法のようながんの治療法がいくつも承認されています。

(スライド20)それから、承認申請中、第3相臨床試験の段階にあるものとして、体内法(in vivo法)の遺伝子治療もかなり多くのもので開発が進んでおります。

(スライド21)体外法(ex vivo法)に関しては、ここに書いてあるような対象疾患になります。

(スライド22)国内企業あるいは日本で臨床開発が行われている遺伝子治療製品として、これは体内法(in vivo法)の第3相臨床試験の表です。これも非常にいろんな疾患で始まっています。

(スライド23)第3相以外の、もう少し手前の段階にあるものも、非常にいろいろな疾患が対象になっています。

(スライド24)これは体外法(ex vivo法)の場合で、 CAR-T療法・TCR-T療法が中心となっています。

(スライド25)それ以外の体外法(ex vivo法)は、いくつか遺伝性疾患が入っています。

(スライド26)ゲノム編集治療製品も開発が非常に進んでいます。CAR-T療法とかTCR-T療法は1枚目2枚目なので省略します。3枚目のところは体外法(ex vivo法)のCAR-T療法・TCR-T療法以外で、こういった疾患が対象になって研究が進んでいます。

(スライド27)体内法(in vivo法)についても、こういった疾患があります。個々ものは後でじっくり見ていただければと思います。

(スライド28)こうした遺伝子治療の研究開発が困難な理由に関して、いろいろな理由がありますが、少し思いついたものをリストアップしました。日本では、iPS細胞の発見によって、再生医療に力が入っていたため、遺伝子治療の研究がどうしても遅れてしまいました。多くの研究者が再生医療の方向に走ったため、遺伝子治療の研究体制がまだ整っていない現状が挙げられます。また、どうしても効果の出やすい対象疾患から開発が進んでいくため、全体としては、まだまだなのです。今後に期待したいところです。それから、疾患によっては、生まれてからではもう間に合わないという疾患もいろいろあります。そういった場合には、胎児のレベルで遺伝子治療を行わないと臨床的な有効性は期待できません。そういう疾患も多いわけですが、胎児遺伝子治療に関しては、まだまだ基礎研究が必要な段階にあります。

また最近は、世界的にはゲノム編集治療の開発が非常に活発になっていますが、この場合には、ノーベル化学賞をもらった CRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)の技術の特許(パテント)料が非常に高いと言われており、日本で開発をしても最後の実用化のところで、このパテント問題がネックとなって、これが今、日本では大きな問題になっています。CRISPR-Cas9を使わずにどうやってゲノム編集治療の実用化を進めるか。まだまだいろいろな問題があると思いますが、こういった問題を解決しながら、遺伝子治療の開発を進めていく必要があるというところです。

(スライド29)細かい話はご紹介できませんでしたが、これは、2023年の日本医学会総会を記念して出版された岩波新書です。会頭の春日先生によってまとめられており、その中で、遺伝子治療の項目を私が担当しております。これを読んでいただければ、もう少し細かい内容が書いてあるので、ぜひご覧いただければと思います。以上です。

小澤 敬也 先生

自治医科大学名誉教授・客員教授、同 難治性疾患遺伝子細胞治療開発講座(責任者)、同 遺伝子治療研究センター(CGTR)シニアアドバイザー。医学博士。1977年に東京大学医学部を卒業後、東京大学医学部助手、米国国立衛生研究所(NIH)博士研究員、東京大学医科学研究所助教授、自治医科大学教授、東京大学医科学研究所附属病院長などを経て、2018年より現職。日本医療研究開発機構(AMED) 再生医療等実用化研究事業 プログラムスーパーバイザー、同機構 再生医療等実用化基盤整備促進事業 プログラムスーパーバイザー、同機構 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム(非臨床PoC取得研究課題) プログラムオフィサーなど、公職多数。