医学の発展により、さまざまな病気と遺伝との関連性が次々と解明されてきている中で、比較的規模の大きな総合病院などでは、「遺伝外来」「遺伝相談外来」といった、遺伝に特化した診療科の設置が増えてきています。こうした診療科をはじめ、遺伝性疾患の患者さんやご家族を支える医療スタッフの一員として、「遺伝看護専門看護師」や「認定遺伝カウンセラー」が存在します。今回は、そうした方々のお仕事を具体的に知るために、日本で行われている遺伝看護/遺伝カウンセリングの現状や課題、欧米との共通点や相違点などについて、国際遺伝看護学会理事、日本遺伝看護学会国際交流委員長、日本遺伝カウンセリング学会の役員であり、認定遺伝カウンセラーの養成に尽力しておられる、国際医療福祉大学大学院保健医療学専攻遺伝カウンセリング分野教授の西垣昌和先生に詳しくお話を伺いました。
日本と世界における遺伝看護・遺伝カウンセリング
まず、「遺伝看護専門看護師」と「認定遺伝カウンセラー」について教えてください
日本には、専門看護師という資格があります。これは、看護師として5年以上の実践経験を持ち、日本看護協会が指定した看護系の大学院で修士課程を修了(必要な単位を取得)した後に、専門看護師認定審査に合格することで取得できる資格です。専門看護分野として、「がん看護」「感染症看護」など、計13分野が特定されており、そのうちの1つとして2017年に「遺伝看護」が加わりました。つまり、遺伝看護分野において、水準の高い看護を効率よく行うための技術と知識を深め、卓越した看護を実践できると日本看護協会に認められた看護師が、遺伝看護専門看護師となります。遺伝看護専門看護師の資格が取れる教育課程がある大学はまだ少なく、今のところ東海大学、新潟大学、聖路加国際大学、慶應義塾大学の4か所です。出来立ての分野なので、資格を取った看護師もまだ6人です。
認定遺伝カウンセラーは、2005年に開始した制度で、日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会が共同で認定する資格です。認定遺伝カウンセラーについては、聖路加国際大学の青木美紀子先生のインタビュー記事※にとても詳しく書かれているので、そちらを読んでみてください。(※この記事の最後の「関連リンク」をご参照ください。)
どちらも始まってまだそれほど経っていないのですね。遺伝看護専門看護師では、どのようなことが重視されるのでしょうか?
専門看護師では、Pharmacology(薬理学:薬の作用)、Pathophysiology(病態生理学:病気がどのように成り立っているか)、Physical assessment(フィジカルアセスメント:診察により体の状態を観察・評価すること)の知識・技術が重視され、これらはまとめて「3P」と呼ばれます。3Pは、「キュア(治療)」を意識したもので、専門看護師は、「キュア」と「ケア(広義での看護)」の融合が、大きな役割の1つとなっています。例えば、がん看護専門看護師は、がん治療に携わる一専門家として、遺伝看護専門看護師は、遺伝性疾患治療に携わる一専門家として、お仕事をしていきます。
遺伝というと、多くの人が、「親から子へ受け継がれる」という部分を思い浮かべると思うのですが、もう一つ、「生物学的な多様性」も、とても重要な部分です。例えば、「個人差」と言われるようなものは、遺伝学的な背景があるものがほとんどです。また、遺伝性疾患の特徴として,遺伝子が原因で起こる疾患であるために、多様かつ複雑な症状を引き起こすことが挙げられます。そうしたことをしっかり学び、理解したうえで、遺伝性疾患のみならず、あらゆる疾患をお持ちの患者さんのキュアやケアに参画していくのが、遺伝看護専門看護師の大きな役割で、基本となる部分です。
遺伝看護専門看護師は、実際にどのような診療科でどのようなお仕事をされているのでしょうか?
遺伝看護専門看護師は、まだ人数が少ないので、どの診療科に多くいますというようなことは言えませんが、例えば、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の診療があります。HBOCは、遺伝性腫瘍の1つで、主に乳がんや卵巣がんを高いリスクで発症します。HBOCは、BRCA1またはBRCA2という遺伝子に病的な変化があることが原因になるとわかっています。ここ数年の間に、これらの遺伝子に変異がある乳がんや卵巣がんの人向けの治療薬が出たり、発症する前に予防的に手術をする、といったことができるようになったりと、近年遺伝医療が充実してきている領域の一つです。薬が自分のがんに使えるのか?乳房を手術で切除したけれど、卵巣にもこの先がんができるのか?その発症を予防するために何かできることはあるのか?この変異は子どもにも受け継がれるのか?など、患者さんはさまざまな疑問を持ちます。遺伝看護専門看護師は、その患者さんのおかれている状況を踏まえ、疑問の解消に結び付くように説明・教育をしたり、症状のケアや心理的ケアをしたりしながら、治療・予防を提供する医療の一翼を担います。
遺伝看護専門看護師と認定遺伝カウンセラーとの役割の違いは、何でしょうか?
専門看護師だけでなく、看護師は「身体を見る」ことが最も重要な職域です。先ほど挙げた3Pからもわかるように、遺伝専門看護師は特に「身体を見る」ことが重要になります。遺伝看護専門看護師が特徴を発揮する場合の例として、今は保たれている身体の機能が今後落ちてくることが予想できるような遺伝性疾患患者さんへのケアが挙げられます。例えば、遺伝性の筋肉の病気で物をつかむ力や歩く力が将来的に弱くなってきたり、遺伝性の目や耳の病気で視力や聴力が徐々に落ちてきたりするといったことです。そのときに備え、患者さんは、まだそれらが出来ているうちから準備をしていくのですが、その対応を、遺伝看護専門看護師が、患者さんの身体を見ながら、未来を予測して行っていきます。
では、こうしたケースにおける認定遺伝カウンセラーの役割はなんでしょうか?「カウンセラー」というと心のケアが真っ先に思いつく方が多いと思います。しかし、それが認定遺伝カウンセラーの特徴的な領域なのかというと、必ずしもそういうわけではありません。そもそも心の問題というのは、心に直接起こる場合もありますが、体になんらかの症状や痛みが出た影響で起こってくることもありますよね。それに対しては、体のケアが結果的に心のケアにつながるわけで、そのような心のケアは、「身体を見る」看護師の役割ということになります。認定遺伝カウンセラーは、そもそもそのような症状が「なぜ」自分に生じているのか、あるいはこれから起こる可能性があるのか、という「なぜ」を解消することによって、病気や症状のことを受け止めていくことを支援します。それに加えて、主にクライエント(来談者、患者さんとそのご家族)が、遺伝性疾患やそれに関する遺伝子、遺伝のことなどについて悩みや不安を抱えている場合に、それに一緒に向き合い、対応していきます。
しかし、どんな職種もそうだと思いますが、看護師とカウンセラーのやるべきことというのは、くっきりと分けられているものではありません。クライエントや患者さんの存在を抜きに互いの専門性を主張しあうことに意味はありません。クライエントや患者さんの利益を最大化する、というところが最も重要で、そこに向かって連携します。
日本では、遺伝性疾患の患者さんやご家族が抱える不安や悩みは、具体的にどのようなものが多いですか?
遺伝性疾患は、治療可能なものからまだ治療法の見つかっていないものまでいろいろありますし、その人の置かれている状況によってもさまざまですが、ある程度共通しているのは、「自分だけのことではない」というところに対する不安や悩みです。「あなたは遺伝性の病気です」と主治医から聞いたときに、皆さんが真っ先に気にするのは、「わたしの子どもも同じ病気になるのかしら?」「お父さんやお母さんも同じ病気だったのかしら?」といった、継承性の部分です。しかし、親から子へ遺伝したわけではないケースの遺伝性疾患もたくさんあります。そうすると、多くの方が「?」となるので、そこに対してしっかりと説明をし、知識を付けて理解して頂くのが私たちの役割です。私たちというのは、遺伝看護専門看護師でも、認定遺伝カウンセラーでも、医師でも、その専門の知識を持っている者であれば誰でも当てはまります。とにかく大切なのは、患者さんに正しく知って頂くことです。
それから、「自分の努力では避けられないし、治せない病気になってしまった」といった悩みも聞きます。これは、心理学的、保健学的用語で「コントロール感を失う」というのですが、こうした感情は、自己尊重感の低下につながります。他には、見た目に症状が表れる遺伝性疾患に対する偏見も、悩みの種となります。日本人は、皆同じように髪の毛や目の色が黒く、同じような体型・肌の色で、同じ日本語を喋っています。米国などと比べて、歴史的に多様性が少ない国であるため、偏見が外国より強い傾向があると感じています。
偏見の他にも、日本と外国とで違いが見られるような不安や悩みはありますか?
一部の遺伝性疾患に関して言えば、海外では宗教的な背景が強く関わるような不安や悩みが生じる場合があるというところが日本との違いと言えます。例えば、出生前診断や、着床前診断、人工妊娠中絶といったことに対して、海外と日本、というよりはそれぞれのクライエントの宗教的な背景を考える必要が出てきます。
日本と外国とでは、医療制度が異なると思いますが、この違いは遺伝看護や遺伝カウンセリングの実施方法に違いをもたらしていますか?
日本と根本的に医療制度が違う米国と比較してみましょう。米国は、もちろん入っている保険にもよりますが、遺伝子検査など、保険でカバーされるものが多いんです。ところが日本では、10年ほど前から遺伝子検査がいくつか保険適用になってきているものの、まだ保険が適用されていない遺伝子検査がたくさんあり、それらは基本的に自費で受けることになります。そうすると、検査費用が高額になることも多く、遺伝子検査を受けることに関する経済的な悩みが出てきます。一方で、診断された後の治療については、日本は国民皆保険制度のもとで質の高い医療が受けられ、これは日本の医療の素晴らしい点です。遺伝性疾患では、遺伝子の検査によって「症状は何もないが疾患を有する」という、これまでの医療の枠組みでサポートしきれないクライエントがいらっしゃいます。そのような方にとって、予防的治療や検診を受けることは極めて重要なことなのですが、現時点では残念ながら日本の保険制度の対応が追いついていません。未発症の方も予防医療を保険で受けられるよう、制度改正に向けた運動をすることも、遺伝医療に関わる者の大事な仕事だと考えています。
日本と外国とで、遺伝看護や遺伝カウンセリングに関して意見などを取り交わす場などはあるのでしょうか?
そういった機会はあります。私は国際遺伝看護学会の理事なのですが、先日も学会が開催され、日本からの発表もありました。遺伝カウンセリングについても、欧米で開催されている学会に日本の認定遺伝カウンセラーが参加しており、個人のレベルでそのような機会に飛び込んでいる方々はいます。一方で、組織立ってそのような活動がなされているか、国際社会における日本の遺伝看護、遺伝カウンセリングがその存在感や価値を発揮しているかというと、そうは言えないというのが正直なところです。数年前に、世界における遺伝カウンセリングの現状についての論文が出されたのですが、アジア諸国を含めたさまざまな国からの著者が名を連ねる中、日本の著者は入っておらず、とても残念に思いました。世界に学ぶことはたくさんありますし、逆に日本が世界に教えられることもたくさんあります。しかし、英語力が国際交流をする上での大きな課題になっていることは否めません。日本人は、読み書きが得意ですが聞き喋りが苦手という人が圧倒的に多いんですよね。これを克服できれば、もっと国際交流もスムーズになるでしょう。
いま課題となっていること~今後の展望
遺伝看護専門看護師や認定遺伝カウンセラーの制度について、いま課題になっていることを教えてください
両者に共通して、人数が圧倒的に足りないというところが課題です。とはいっても、ただ足りない、足りないと言っているだけでは何も始まりませんので、まずは、実際にそれぞれどれくらいのニーズがあって、そのニーズにこたえるために何人必要なのかを具体的に明示しようとしているところです。それから、人数を増やすためには、看護師などに対して遺伝の認知を上げていくことも重要です。認知が上がれば、重要性もおのずと広まっていきます。そのためには、コアカリキュラムに遺伝を組み込むのが効果的だと考えており、こちらにも働きかけています。
また、指導者が足りないところも両者に共通の課題です。どんなプロフェッショナル業界でも共通して言えると思うんですが、遺伝看護専門看護師は遺伝看護専門看護師が、認定遺伝カウンセラーは認定遺伝カウンセラーが育てていかないといけないと思うんです。しかしまだ、これはほとんどかなっていません。それには、専門看護師も認定遺伝カウンセラーも、大学院の修士課程を修了したうえで得る資格であることが関係しています。これらの職種を目指す学生を教えるということは、大学院の教員になるということです。そのため、当然博士号や研究業績を有することが条件となってきます。つまり、どんなに現場の経験が豊富な人、クリニカルスペシャリストと言える人も、そうした要件を満たしていなければ指導者となることはできません。ここは、制度を改革する余地のある部分だと思っています。一方で、修士課程で要請する資格である以上、資格を有する人たちの研究・教育に関する資質を高めていくことも重要です。そのために、まずは遺伝看護専門看護師や認定遺伝カウンセラーがしっかり、研究・教育の場に出ていくようにならないといけませんね。
遺伝看護・遺伝カウンセリングは患者さんに寄り添ってくれるというイメージがありますが、患者さんとコミュニケーションを取るうえで、常に心掛けていることなどがあれば教えてください
「基本、患者さん(クライエント)中心」、これに尽きます。学生はよく、「患者さんに寄り添った看護をしたい」と言います。そこで私はいつも、「寄り添うって具体的にどういうこと?」と質問するようにしています。看護師が、プロフェッショナルとして患者さんに寄り添うとは、「患者さんがなぜ今困っているのかを、患者さんの立場に立って考える。例えばこの患者さんのこの状況で、腕が動かなくなったら、どういう影響が出てきて、患者さんはどういうつらい思いをするのか。どういう風にしたら腕が動かなくなったことから適応していけるのか。そこを考える」ことです。遺伝カウンセラーにも同じことが言えるでしょう。そのような具体的なビジョンなしに、安易に「寄り添う」という言葉を発することは、プロフェッショナルとしての責任放棄だと学生には常々言っています。厳しすぎますかね?(笑)
遺伝看護・遺伝カウンセリングそれぞれで、患者さんに頼って欲しいのはどのようなときですか?
「遺伝」と言葉がつくもので、何か気になるものがあれば全部ですね。例えば、遺伝性疾患の患者さんに、「この病気は将来動きにくくなるって聞いたんですけど、今後どういう風にしていったらいいですか?」とカウンセリングの場で聞かれたとしたら、体のことなので「看護師さんを紹介するから、その人に聞いてみるといいですよ」と伝えます。また、「お金が足りないのですが、何か支援制度はありませんか?」と聞かれれば、「それなら、ソーシャルワーカーの〇〇さんが詳しいから、その人にヘルプをたのみましょう」と、伝えます。つまり、内容に関わらず、最初の相談先は遺伝看護専門看護師でも、認定遺伝カウンセラーでも、どちらでも良いんです。私たちは、チーム医療を行っており、それぞれの人が何のプロフェッショナリティを持っているのかを大前提として把握しています。ですので、話を聞いて、体のことで困っていたら看護師がフォローしますし、遺伝のことに関する何らかの意思決定、例えば検査を受けるかどうかなどで迷っているのであれば遺伝カウンセラーが対応します。大事なのは、相談をした人が、ちゃんと欲しい答えにつながるかどうかなんです。誰に頼ればいいのかを患者さんに委ねるのは、患者さん中心じゃないですよね。私たちがちゃんとそれをサポートしますので、身近にいる医療者をまずは頼ってください。
遺伝看護専門看護師や認定遺伝カウンセラーは、どんな人たちに目指して頂きたいですか?
やはり、遺伝性疾患や遺伝に関わることについて、困っている人や悩んでいる人たちの役に立ちたいと思っている人たちに、ぜひ目指してほしいですね。「遺伝の業界はニーズも高まっているし、活躍できそうだから目指します」という人は、一度足を止めて考え直してみてください。患者さんは、あなたの自己実現のためにいるのではありません。医療者になるための勉強は、自分のためではなく、患者さんのために行うものです。なので、遺伝に関して何か困っている人の役に立ちたい、あるいは、遺伝やゲノムを通じて人々の健康に寄与したいと思っている人がウェルカムです!
最後に、遺伝性疾患の患者さんやご家族に、一言メッセージをお願いします
つい数年前までは、遺伝に関することで困っていても、誰に相談したらいいかがわからなかったりとか、忙しい先生に日々の外来診療の中でそんな相談をしてはいけないと思ってしまったりとか、そういった雰囲気があったかも知れません。これまで何十年も、なかなかスムーズにご相談に乗ることができず、ごめんなさい。でも今は、まだ少ないとはいえ、遺伝に関することを専門に、相談していただける職種ができました。ですので、今まで誰かに相談したくても出来なかったようなことがあれば、あるいは、この記事を読んで、遺伝看護専門看護師や認定遺伝カウンセラーの存在を知ったということであれば、まずはぜひ、お気軽に声をかけて頂ければと思います。
遺伝に関することを専門に相談できる職種として誕生した、遺伝看護専門看護師と認定遺伝カウンセラー。どちらも誕生から間もないため、まだ人数が少なく、また、指導者不足も課題となっています。しかし、患者さんやご家族などにとって、こうした相談先ができたことは、間違いなく心強いことで、自身の不安や悩みの解決につながる入り口になっているはずです。「最初の相談先は、看護師でもカウンセラーでも、誰でも良いんです。相談を受けた者が、適切な人につなぎますから」と、西垣先生はおっしゃいました。この言葉に強い安心感が得られたとともに、「患者さん(クライエント)中心」という根本的な理念を貫かれている姿勢から、絶対的な信頼感を覚えました。
実は、西垣先生、7限の講義(!)を後に控える中で、何と時間ギリギリまで2時間も取材に付き合ってくださったのです!しかも、業界の裏話や、米国の政治の話まで、たくさんおもしろい話も交えていただき、お話しは全く飽きることなく、あっという間の2時間で、むしろ後ろ髪を引かれる思いでした。西垣先生は、たくさんの厳しい側面の中に、真の優しさをしっかりとした形で持っており、心から信頼させて頂ける、魅力的な先生だと感じました。(遺伝性疾患プラス編集部)