専門医に聞いた!拡大新生児スクリーニングの重要性と将来展望

遺伝性疾患プラス編集部

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日本で生まれた赤ちゃんは基本的に全員、生まれて程なくかかとから少量の血液を採取され、20種類の病気の有無について検査を受けます。これを「新生児マススクリーニング検査」と言い、生まれてすぐから治療を始めることで症状が現れるのを防ぐことができる病気を、いち早く見つけるための検査です。しかし、早期治療で発症を防ぐことができる病気は、ここで調べる20種類の他にも複数あります。そうした病気を、同じく生まれてすぐのタイミングで調べる検査が、「拡大新生児スクリーニング」です。この、拡大新生児スクリーニングの現状や課題について、先天性代謝異常疾患の第一人者でおられる奥山虎之先生(一般社団法人希少疾患の医療と研究を推進する会(CReARID、クレアリッド)代表理事、埼玉医科大学ゲノム医療科/希少疾患ゲノム医療推進講座特任教授)に、いろいろとお話を伺いました。

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一般社団法人希少疾患の医療と研究を推進する会(CReARID)代表理事、埼玉医科大学ゲノム医療科/希少疾患ゲノム医療推進講座特任教授 奥山虎之先生
拡大新生児スクリーニングとは何ですか?

近年、医学の急速な進歩に伴い、希少疾患の治療法が次々と開発されてきています。しかし、希少疾患は、患者さんの人数が少ないために、その病気を専門とする医師が少なく、なかなか診断がつかずに長期にわたり苦しむ患者さんは、少なくありません。そんな希少疾患のうちの20疾患は、新生児マススクリーニング検査により、生まれて数日のうちに病気の有無についての一次検査が行われます。これは、日本で生まれ全ての新生児を対象に、地方自治体の事業として行われているもので、検査は無償で提供されています。

しかし、この20疾患以外にも、治療法の開発は日進月歩で、次々と早期発見が早期治療に結びつく疾患は増えてきています。それらの疾患について、新生児マススクリーニング検査に次々と加えていくという体制は、今の日本にはありません。そこで、そうした疾患を調べる「拡大新生児スクリーニング」が行われ始めました。拡大新生児スクリーニングは、基本的に任意で、希望した人だけが受ける検査であるため、検査費用がかかります。また、公共事業ではないため、検査対象疾患も、病院や地域によって異なります。

私は以前からずっと、拡大新生児スクリーニングの重要性・必要性と、改善すべき点を感じていました。しかし、待っているだけでは改善はされません。そこで、2017年に、同じ課題感を持つ希少疾患の専門医たちとともに、一般社団法人希少疾患の医療と研究を推進する会(CReARID)を立ち上げ、より世の中にとって有意義な拡大新生児スクリーニングの提供を目指し、活動を開始しました。CReARIDという略称には、創り出すという意味の「crea(クレア)」と、取り除くという意味の「rid(リッド)」が入っているのですが、ここに、最新の診断や治療技術と患者さんをつなぐシステムにより患者さんの幸せを創り出し、病気や不安、偏見を取り除くという意味を込めました。

CReARIDでは、どのような疾患のスクリーニング検査を行っていますか?

拡大新生児スクリーニングとして行う検査を、オプショナルスクリーニング検査(OPS)といいます。CReARIDでは、2018年2月当初「ムコ多糖症I型」「ポンぺ病」「ファブリー病(男児のみ対象)」の3疾患のOPS提供を開始しました。その後、2019年4月には「ムコ多糖症II型」「ムコ多糖症IVA型」「ムコ多糖症VI型」「重症複合性免疫不全症(SCID)」の4疾患を追加し、さらに2021年4月に「副腎白質ジストロフィー(男児のみ対象)」「脊髄性筋萎縮症(SMA)」の2疾患を追加して、現在計9疾患のOPSを提供しています。9疾患というのは、現在、国内で提供されているOPSの中でも最多です。副腎白質ジストロフィーについては、米国の新生児スクリーニングを推奨する対象疾患リスト「RUSP」(ラスプ、Recommended Uniform Screening Panel)では、かなり前から新生児スクリーニングを行うべき疾患とされてきたにも関わらず、日本では行われる動きがなかったため、CReARIDで対象疾患に含めました。

この9疾患以外にも、現時点で早期診断が早期治療に結び付く疾患はありますか?それらも今後、検査に加わっていく予定ですか?

対象にできる疾患は他にもありますし、日進月歩で治療法が出てきているので、今後ますます増えて来ると思います。私たちが直近で追加を考えているのは、酵素補充療法製剤が承認されたニーマンピック病A/B型です。また、ムコ多糖症VII型も酵素製剤が承認されたので、加えたいと考えています。

CReARIDにおけるオプショナルスクリーニング検査の大まかな流れを教えてください

まず、CReARIDは、医療施設と直接OPSの契約をしており、2023年7月現在、検査を受けられる医療施設は全国計76施設あります(最新の検査実施施設数はコチラ)。これらの医療施設(産科のある病院やクリニック等)で赤ちゃんを産んだ親御さんは、CReARIDによるOPSについて説明を受けます。そこで受けたいと希望した人のみに、有償でOPSが実施されます。費用は病院によって若干異なりますが1件(9疾患)あたりおよそ1万数千円です。

OPS用の採血は、検査を受ける赤ちゃんのかかとから新生児マススクリーニング検査用の採血をするときに、同時に行われます。ただし、新生児マススクリーニング検査用のものとは別のろ紙に採血をし、それをCReARIDに送ってもらいます。CReARIDに送られてきた検体(ろ紙血)にはバーコードが付与され、個人情報保護のための匿名化が行われます。その後、検体は衛生検査所へ送られ、臨床検査としてOPSが行われます。現在、CReARIDのOPSを行っている衛生検査所は、AnGes(アンジェス)クリニカルリサーチラボラトリーと、かずさDNA研究所の2か所にあります。これらの検査所は厳密に標準化されており、同じ検体であればどちらで検査しても全く同じ結果が出るようになっています。

検査結果のデータは、CReARIDに再び送られてきます。ここで、各疾患の専門医で構成された判定委員会が開かれ、検査結果の判定が行われます。判定結果は結果報告書としてまとめられ、親御さんのいる医療施設に送られます。これが一連の流れで、採血から結果が送られるまで2~3週間くらいで、赤ちゃんの1か月健診に間に合うようにしています。

CReARIDのオプショナルスクリーニング検査は、どのような手法で行われていますか?

まず、SCIDとSMAの2疾患の検査に関しては、リアルタイムPCRという方法で、直接遺伝子を調べています。その他の7疾患は、「LC-MS/MS」(液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析計)という装置を用いて検査を行っています。

公費負担で行われている新生児マススクリーニング検査は、20疾患のうち17疾患がタンデムマス法で、3疾患(ガラクトース血症、先天性甲状腺機能低下症、先天性副腎過形成症)が従来法(蛍光法)で検査されています。タンデムマス法は、酵素の不具合などで血液中に溜まった物質を測定するための検査法で、質量分析という方法の一つです。CReARIDで検査に用いられているLC-MS/MSは、通常のタンデムマス法で用いられている機器(MS/MS)より高精度に質量分析を行うことができる装置です。

新生児スクリーニング検査の難しいところは、臨床症状がなく、発症前診断になるところです。例えばライソゾーム病のスクリーニング検査では、酵素の活性が十分にある場合には、まず病気ではないだろうと考えられるのですが、酵素の活性が低い場合に、すごく低いのか、それともちょっとだけ低いのかをきちんと見分けるのはなかなか難しいんです。LC-MS/MSは、調べたい酵素の活性が低い領域の解像度に優れている検査です。そのため、偽陽性(実際は陽性でないのに陽性の値が出ること)のみならず、偽陰性(実際は陰性でないのに陰性の値が出ること)も少ないという特徴があります。病気を早期発見するための検査では、偽陰性は出来るだけ出ないようにしなくてはなりません。また、偽陽性が多いとリコール率(陽性かも知れないのでもう一度病院へ来て検査を受けてください、となる人の割合)が高くなります。こうした問題を少しでも減らすため、精度の高い解析装置を用いて、偽陽性と偽陰性をできるだけ抑えているのが、CReARIDのOPSというわけです。しかし検査の精度は100%ではなく、偽陽性は生じるため、スクリーニングで陽性だった場合、その先の検査を受ける必要が生じます。

スクリーニング陽性だった場合、精密検査を受ける病院は紹介してもらえるのですか?

新生児スクリーニングの対象疾患については、お住まいの地域ごとに各疾患の専門医と連携している中核病院があり、陽性となった場合、それらの病院にアクセスできる流れになっています。ライソゾーム病に関しては、CReARIDに限らず、国内でスクリーニング陽性の方が出た場合、ほぼ全員私に相談が来ます。

スクリーニング検査を行う側は、陽性者が出た場合のことまで考えて行っているのが当たり前だと私は思っていますが、国内でスクリーニング陽性だった人が全員速やかにその後の検査にアクセスできているかどうかは、全てを把握しているわけではないので確実なことは言えません。ただ、少なくともCReARIDでは、スクリーニング陽性の通知が来た方に対し、「あなたのお子さんは陽性だったので、ご自身で小児科にかかってください」で終わりにすることはありません。必ず次の検査にアクセスできるような体制を整えています。これまでにCReARIDでライソゾーム病の検査が陽性になったお子さんたちは、確定診断のところから、その後の治療まで、私が治療方針などのアドバイスをさせていただいています。また、実際に、患者さんを拝見させていただくこともあります。ムコ多糖症II型治療薬「ヒュンタラーゼ」(一般名:イデュルスルファーゼ ベータ(遺伝子組換え))は、私が開発に関わった酵素製剤ですが、ヒュンタラーゼの治療を受けている患者さんももちろん全員、私たちが治療方針などのアドバイスをしています。北海道にいま3人いますが、その方たちのところにも、年に3~4回、東京から外来診療をしに行っています。

CReARIDのOPSは、このように、スクリーング検査後の精密検査や診断・治療支援のほか、遺伝カウンセリングの提供など、専門医やチーム医療によるフォローアップ体制が充実していることも大きな特徴の一つです。

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「CReARIDでは、スクリーニング陽性の通知が来た場合、必ず次の検査にアクセスできる体制を整えています」(奥山先生)
CReARIDにおける検査実績を教えてください

2018年2月から2023年6月までに、計76の医療機関で、合計7万4,810件のOPSが実施されました。最新の実施状況や、各疾患における実施数、要精密検査数、診断確定数などは、こちらのページから確認できます。

拡大新生児スクリーニングにおける現在の課題を教えてください

特にライソゾーム病の新生児スクリーニングにおける課題として、検査の精度を今よりもっと上げる必要があることが挙げられます。先ほどもお話ししたように、ライソゾーム病の新生児スクリーニングは、乾燥ろ紙血に含まれるライソゾーム酵素の活性を調べることで行います。具体的には、酵素によって分解されず蓄積している物質(バイオマーカー)を測定することで酵素の活性を調べるのですが、酵素活性が低かった場合、ライソゾーム病を発症するほど低いのかどうかを判定するのは、現状ではまだ難しさが残っており、このことは高いリコール率につながっています。

実際、ライソゾーム酵素の活性が低くても、ライソゾーム病を発症しない遺伝子多型(遺伝的な個人差)があることが知られており、これは偽欠損症(Pseudodeficiency)と言われます。現状、スクリーニングで酵素活性が低かった場合、また病院へ来てもらって遺伝子検査が行われますが、その結果、大多数が偽欠損症、つまりライソゾーム病ではなかったと判明します。これでは、スクリーニングとして大変非効率であるうえに、ご両親に不要な心配をかけることにもなります。疾患を否定するためだけに用いられる遺伝子検査は、避けられるなら避けたほうが良いと思います。また、このようにリコール率が高い状況のまま、検査対象のライソゾーム病が今後追加されてくると、検査が回らなくなり破たんしてしまう可能性があるため、改善が必要です。そのようなことにならないため、CReARIDでは今、スクリーニング検査の精度をもっと上げることを含め、診断プロセスの効率化に取り組んでいます。

あとは、拡大新生児スクリーニングが全国どこでも受けられる体制を整える必要があります。実際、日本で治療できるライソゾーム病をスクリーニング検査していない地域は多くあります。検査をして治療につながる疾患は地域によらず受けられるように、まずは認知度を上げなくてはと考えています。親御さんたちに、後から「こんな検査があったの?」と知られるのではなく、ぜひ産む前に知ってもらえるようにしたいと思っています。実際に、ライソゾーム病関連の患者会の方々からも、同じ意見を聞いています。

拡大スクリーニングが行われている疾患が、20の新生児マススクリーニング検査に今後加わっていく可能性はあるでしょうか?

現在行われている拡大新生児スクリーニングの有用性が、しっかりとした形で実証されれば、20の新生児マススクリーニング検査に今後加わっていく可能性はあると思います。SCIDやSMAの方が、ライソゾーム病より先に加わることになるのではないかと思います。理由は、検査結果が明確に出ることと、できるだけ早く調べてすぐに対応しなくてはいけない病気だからです。自治体によっては、半額や全額公費負担するということを考えているところや、実際に始めているところもあるようです。

一方で、新生児スクリーニングは、既存の新生児マススクリーニングにとらわれすぎない方が良いのではないかと私は思っています。拡大スクリーニングも公費負担にしなければならない、という意見もありますが、私は有料か無料かよりも、先ほどの課題についてのところでお話しした通り、検査の精度を上げることや、検査を受けたい方がちゃんと受けられる体制を整える方が重要だと考えています。

オプショナルスクリーニングを受けたいけれど自分がかかっている病院では行われていない場合、どうしたら良いですか?

CReARIDのOPSは、関東地区を中心とする本事業に関心がある医療施設とCReARIDが個別に契約を交わしたのちに行っているため、現状では検査を受けられる医療施設が限られています。基本的に、お子さんを産んだ医療施設が連携医療施設の場合に検査を受けられるのですが、中には他の病院で生まれたお子さんのOPSを受け入れている医療施設もあります。ですので、まずはCReARIDの「検査を受けられる医療施設」に掲載されているお近くの医療施設へ直接お問い合わせ頂ければと思います。それで解決されなかった場合は、CReARID事務局までお問い合わせください。

実際、「私の出産する産婦人科ではOPSが行われていないけれど受けたい」と、CReARIDにインターネットからお問い合わせを頂き、1か月健診のタイミングでOPSを実施している医療施設にアクセスしてOPSを受けられた方もいます。また、医師から検査についてお問合せ頂くこともあります。先日、群馬県で、10か月の赤ちゃんがムコ多糖症II型であることがわかりました。たまたま小児科の先生が、ムコ多糖症の可能性があるのではないかと気付き、CReARIDの検査にアクセスしてくれて、その後の検査も行い、最終的に私が群馬県まで行ってその患者さんを診て、確定診断がつきました。そしてすぐに治療を開始することができました。

ライソゾーム病にはいろいろな病気が含まれ、中には治療開始までの猶予が比較的長いものもあります。とはいえ、1~2歳くらいまでには見つける必要があるので、「1歳難病スクリーニング」みたいな検査があっても良いかも知れませんね。

最後に先生から、遺伝性疾患プラスの読者に一言メッセージをお願い致します

希少疾患の治療法は、今、世界でどんどん進み、治せる病気が増えてきています。今後、遺伝子治療が普及すれば、治せる病気が急激に増えて来るでしょう。そうなったときに、日本でも世界で開発された薬を使えるようにするためには、日本で治験が行われる必要があります。ですので、先天代謝異常症の患者さん・ご家族は、ぜひ先天代謝異常学会で私が立ち上げた患者登録制度「JaSMIn」(ジャスミン)に登録してください。そして、治療薬を日本で誰でも使えるようにするために、一緒に研究を進めましょう。遺伝性疾患の場合、他人にどう思われるかわからないから誰にも言わない、と、殻に閉じこもりがちな人もまだまだ多いと思います。しかし、治療法の急速な進歩の流れの中に、ぜひ一人でも多くの患者さんたちに乗ってきて頂きたいと思っています。

治療法が出来た疾患は、次の世代のために新生児スクリーニング検査を充実させていきます。CReARIDによるOPSは、現行の9疾患で完成ではなく、治療法の進化と共に、常に動き、進化しています。我が子のため、自身のため、そして未来に生まれてくる子どもたちのために、みんなで一緒に進んで行きましょう。

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「治療法の急速な進歩の流れの中に、ぜひ患者さんたちも乗ってきてください」(奥山先生)

治療可能な9疾患という、国内最大疾患数のOPSを提供しているCReARID。不要な再検査をできるだけ減らすため、精度の高い検査法を取り入れていますが、今後検査対象疾患が増えることなどを見据え、より一層の精度向上や、診断プロセスの効率化が進められていると知りました。また、CReARIDでは、検査で陽性となった場合に、専門医に確実にアクセスでき、遺伝カウンセリングの体制も整っているというのはとても安心だと思いました。特に、奥山先生自ら、全国の患者さんのところに足を運び、診断をつけ、その後の診療にも携わっていると知り、患者さんに真に向き合うとはこういうことなのだなと、心打たれました。始終穏やかな笑顔で、時々ユーモアも交えながら気さくにお話ししてくださった奥山先生ですが、「早期治療で救えるお子さんを見つけるために」とおっしゃるときの力強い眼差しに、信頼感を覚えました。(遺伝性疾患プラス編集部)

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奥山 虎之 先生

奥山 虎之 先生

埼玉医科大学ゲノム医療科/希少疾患ゲノム医療推進講座特任教授、一般社団法人希少疾患の医療と研究を推進する会(CReARID)代表理事。医学博士。1983年に慶應義塾大学医学部を卒業後、慶應義塾大学医学部小児科助手、国立小児病院(現国立成育医療研究センター)小児科医長、同センター遺伝診療科医長、同センター臨床検査部長、同センターライソゾーム病センター長、同センターバイオバンク倫理室長、東京医科歯科大学医学部臨床教授等を経て、2017年より現職。日本先天代謝異常学会元理事長、日本人類遺伝学会評議員、日本遺伝子細胞治療学会評議員・理事長補佐、日本ライソゾーム病研究会幹事等、所属学会・役職多数。日本小児科学会小児科専門医、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医・臨床遺伝指導医、日本医師会認定産業医。