出生前遺伝学的検査/出生前診断とは?日本の現状を詳しく、そして正しく知ろう

遺伝性疾患プラス編集部

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おなかの赤ちゃんの病気について、生まれる前に調べる出生前診断。今ではお母さんの血液で調べる検査もあるといいますが、そうした検査にはどのような種類があるのでしょうか?また、調べられる病気は?検査の精度は?検査を受けられる時期は?高齢出産の場合受けた方が良いの?…などなど、出生前診断についてのさまざまな疑問について、国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター産科医長の佐々木愛子先生に、リアルな現場の話をまじえつつ、お話を伺いました。

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国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター産科医長 佐々木愛子先生

出生前遺伝学的検査/出生前診断の基礎知識

まず「出生前」の正しい読み方を教えてください

日本産婦人科学会は、出生前の用語的な正しい読み方を「しゅっしょうぜん」としています。一方、NHKでは「しゅっしょうまえ」と放送しています。これは、目の見えない方が、耳だけで「しゅっしょうぜん」と聞くと、違う漢字を思い浮かべる場合もあるため、よりピンとくるように敢えて「まえ」と読んでいるのだそうです。では実際の臨床現場ではどうかというと、実は出生を「しゅっせい」と言うことが多く、「しゅっしょう」とはあまり言いません。私は、正しく読むかどうか、よりも、何のことを言っているのかをお互いに理解できれば良いのかな、という認識でいます。

出生前診断は、おなかの赤ちゃんに遺伝的な異常がないかを調べる検査という理解で合っていますか?

「出生前診断」と言うと、遺伝子や染色体などに関係ない、例えばエコー診断などで心臓などの形の疾患を見つけたりする、画像的な検査も全て含めた、おなかの赤ちゃんの検査という意味になります。そうした検査を含めず、生まれる前に遺伝子や染色体を調べるための検査は、「出生前遺伝学的検査」と言います。しかし、一般的には出生前遺伝学的検査が、出生前検査/診断と言われていることも多いですよね。今、国ではまさに、これらの用語をきちんと区別しようという動きが進んでいます。着床前診断も、着床前遺伝学的検査とする方向で進んでいます。

では、改めまして、出生前遺伝学的検査は、そもそも何を知るために行われるのでしょうか?

検査の対象となっている遺伝的な病気をおなかの赤ちゃんが持っているかどうかを、「知りたければ」調べるために行われる検査です。必須の検査ではありません。また、どんな遺伝性疾患でも調べられるというものではありません。出生前遺伝学的検査は基本的に、妊婦さんやそのご夫婦が「調べておきたい」と考えた場合に受けるかどうかを検討する検査です。

日本でいま行われている出生前遺伝学的検査の種類と、それぞれで調べている内容を教えてください

大きく分けると、コンバインド検査クアトロ検査(母体血清マーカー検査)、NIPT、羊水検査、絨毛検査があります。コンバインド検査は、妊婦さんの血液を用いた検査とエコー検査を組み合わせた検査です。クアトロ検査とNIPTは、妊婦さんの血液を用いた検査です。羊水検査と絨毛検査は、針を刺して羊水や絨毛を採取して調べる検査です。コンバインド検査、クアトロ検査、NIPTでは、病気である確率がわかります。羊水検査、絨毛検査は、確定診断のために行われます。

コンバインド検査の対象疾患は18トリソミーと21トリソミー(ダウン症候群)の2疾患、クアトロ検査は、この2疾患に、神経管の病気(開放性神経管障害)が加わった3疾患です。この2つの検査は妊娠週数(赤ちゃんの大きさ)によって選択され、コンバインド検査は11~13週、クアトロ検査は15~16週くらいで行われます。NIPTの対象疾患は13トリソミー、18トリソミー、21トリソミーの3疾患で、検査の実施時期は10週以降とする施設が多いです。羊水検査と絨毛検査では、全ての染色体を調べることができるため、13トリソミー、18トリソミー、21トリソミー以外にも、性染色体の数が異なる疾患(ターナー症候群、クラインフェルター症候群など)や、その他の染色体疾患も見つかります。絨毛検査が行われる時期は11~13週くらい、羊水検査は15~18週くらいです。絨毛検査は胎盤の細胞を採取し、羊水検査は赤ちゃん本人から出ている細胞を採取して調べるため、それぞれ調べている細胞の由来が異なります。家系に遺伝性疾患の人がいて、たくさんの細胞(DNA)が検査に必要となる場合には、主に絨毛検査が行われます。

このほか、一部の出生前診断の専門クリニックでは、エコー検査だけで病気のリスクを計算するシステムを海外から導入して行っているところもあります。

検査で調べることのできる病気の種類は、案外少ないのですね

そうなんです。出生前遺伝学的検査で調べているのは主に染色体疾患ですが、染色体疾患は先天性疾患全体の25%くらいなんです。検査の主な対象となっている、21トリソミー、18トリソミー、13トリソミーの3つは、合わせて染色体疾患全体の7割くらいなので、先天性疾患全体の2割弱ということになります。つまり、この3疾患を調べているNIPTを受けて陰性とわかっても、残り8割の先天性疾患の可能性は消えるわけではないわけです。このことについては、検査前のカウンセリングでしっかりと伝えさせて頂いています。ここを理解して検査を受けて頂くことが大切です。SNSなどで、「高額な費用をかけて出生前検査を受けて陰性だったのに、病気の子どもが生まれた」といった発信を見かけたことがありますが、それとこれとは全く別の話なのです。

いくつかの検査を併用する場合はありますか?

あります。病気の確率を調べる検査をまず行い、確率が高いという結果となれば、確定診断のための検査を行うというパターンがあります。

血液で調べる検査と、羊水や絨毛を採取して調べる検査、それぞれのメリット・デメリットを教えてください

妊婦さんの血液で調べる検査のメリットは、おなかに針を刺さないで調べられるところです。一方デメリットは、偽陽性・偽陰性があり、確定診断とならないところです。これを、どこまで受け入れられるかです。

羊水検査や絨毛検査のメリットは、確定診断ができるところです。デメリットは、針を刺すことにより流産のリスクがあるところです。一時的に破水や出血をしても、針穴が塞がって元に戻ることも多いのですが、そのまま陣痛が起こり流産につながることもあります。これは、検査が上手か下手かのだけの問題ではありません。自然では穴の開いていないところに針を刺すということにより起こるリスクです。流産のリスクは、以前は300件に1件程度と言われていましたが、今は1,000件に1件くらいという報告も出ています。頻度が低いので、検査件数の少ない施設だと0件になる場合もありますが、検査数が多い施設では、これくらいの頻度で起こり得ます。

高齢出産になると遺伝性の病気の子どもが生まれる確率が上がると聞きますが、本当ですか?また、何歳以上を高齢出産と言うのですか?

21トリソミー(ダウン症候群)など、一部の病気は高齢になるとリスクが上がります。しかし、母親の年齢が若くても21トリソミーの子どもが生まれることはあります。医学的用語で「高齢妊娠」は、出産時に35歳以上の妊婦さんとされています。しかし、35歳の誕生日を迎えた途端に病気のリスクが突然大きくなるわけではなく、若い時から徐々にリスクは上がっていきます。

NIPTが始まった当初、出産時に35歳以上の人が対象という目安があったのですが、34歳と364日で出産の人が高齢妊娠ではないから検査できないというのは、医学的にはナンセンスでした。今は、高齢妊娠ではなく高年妊娠と呼んでおり、ご自身の年齢が気になる人は受けられる流れになってきています。ちなみに、高年妊娠と呼ぶようになった背景として、後期高齢者などの「人生の高齢」と、「妊婦さんの高齢」との区別が紛らわしいという意見もありました。

高齢出産の場合には、出生前遺伝学的検査を受けた方が良いのでしょうか?

高齢だから検査を受けた方が良い、あるいは受けなくてはいけないということはありません。基本的には、妊婦さんとそのご夫婦の考えで、検査を受けたいとなった場合に受けて頂きます。

医学的には、「早く病気を見つけて中絶しなくてはいけない」というような、命の選別をすることは、あり得ません。ですので、検査を受けた方が良いかどうかについて、医学的な正解はないのです。

妊娠をして、赤ちゃんの病気の有無に関わらず、子どもを産み育てることが状況的に難しい人は、中断していますよね。それと同じで、おなかの赤ちゃんに病気があるとわかった場合、両親が「育てていかれない」と思い諦めるかどうか、ということです。医療側が決めることではありませんので、病院が中絶を勧めたり、産んだ方が良いと言ったりするようなことはありません。当院は、産むか産まないか、どちらを選択しても継続して受診して頂けますが、病院によっては、医療体制の問題で、病気のお子さんを産んで何かあったときにすぐ治療をすること、もしくは中絶をすることが難しく、「産むのであれば他の病院へ行ってください」「中絶するのであれば他の病院へ行ってください」となる場合もあります。これが、中絶を薦めたり拒んだりしているように聞こえる場合もあるかもしれませんが、そうした意図ではありません。

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「出生前遺伝学的検査を受けた方が良いかについて、医学的な正解はありません」(佐々木先生)
出生前遺伝学的検査を受ける妊婦さんは、何歳代の方が多いですか?

これに関して公表されているデータはありません。NIPTについては、2013年から2018年までに国内で行われた研究の中で年齢を調査したデータがあります。これによると、30代が多く、一番多いのは39歳でした。他の検査については全く調査が行われていないので、不明です。体感的には、37~39歳辺りが多いような気はします。ただし、人数が多い年齢だから受けた方が良いということは全くありません。

障害の有無にかかわらず産むつもりでも、受ける意味はありますか?

「ご夫婦がどう思うか」です。妊娠中に、ずっと「赤ちゃんが病気かも知れない」と不安なまま過ごすよりは、病気であればそれがハッキリわかって準備をして産みたい、という人もいます。例えば、NIPTでダウン症候群が陽性となった場合に羊水検査を受けて診断が確定することで、事前に情報を収集したり、家族に前もって知らせておいたりなど準備をして、万全の体制で産みます、という人もいます。

ダウン症候群は、95%以上が、身内に誰もいないところに突然起こる病気です。「上の子がダウン症候群ではない」とか「うちの家系にダウン症候群はいない」とか、全く関係なく、何人目の子どもであろうが起こり得るのです。ダウン症候群は、半数近くは妊婦健診では見つかりません。「元気ですよ」「順調ですよ」と言われ続けて生まれたときに、ダウン症候群だとわかったときのギャップに気持ちがついていかれず、その頃の記憶がないとか、赤ちゃんがかわいいと思えなかったとか、後からそういうお話をされる方もいます。突然言われるのではなく、自分から知りに行き、前もってわかっていることで、このギャップによるショックを少し緩和したいということで、検査を受ける人もいますね。

実際には、いろいろな方がいて、いろいろな選択をされます。心配性で「不安なまま過ごすのが耐えられない」と言う人もいれば、「順調ですと言われているなら、楽しい妊婦生活を送って、生まれた子に何かあったらその時点で考えます」という人もいます。つまり性格にもよるので、結局は個人の考え方次第というわけですね。

病気が見つかった場合、中絶を選択する人は多いのでしょうか?

やはり、「自ら敢えて病気の有無を調べにくる検査」なので、中絶を選択する人は少なくはありません。検査で診断が確定となった人がどれくらい中絶をしたかについて、日本で調べた研究があります。それによると、21トリソミー(ダウン症候群)が確定となった人の8割以上が中絶を選択していました。18トリソミーは6割程度、13トリソミーは7割弱、全体では8割弱が中絶を選択していました。

一方で、妊娠の継続を選択する方もいます。先ほどお話ししたように、「前もって心の準備をする」ために検査を受ける方もいますし、13トリソミー、18トリソミーなど、生まれて数日~数年で命を終える重症な病気とわかっても、妊娠を継続する方はいます。亡くなるのがわかっていて産むのは辛すぎるので早く諦めたいですと言う人もいますし、おなかの中で生きている命を敢えて自分から諦めるのではなく、ちょっとでも生きている我が子に会って、天命を全うするのを看取ってお空にかえしてあげます、と言う人もいます。

これは、正解がある問題ではありません。重症だから早く諦めるべき、とか、軽症だから産むべき、というようなことはないのです。例えば比較的軽症で寿命にほとんど影響しない病気だと、「最後まで面倒を見切れないのが不安だ」「自分たちが死んだあと、その子のきょうだいに負担をかけるわけにはいかない」と、考えるご両親もいます。こうしたことは、医療側だけでどうにかできる問題ではありませんが、医療側は、家族が選んだ結果をサポートしつつ、病気を何とか軽くするために手を尽くしていきます。

出生前遺伝学的検査を受ける際のギモン

出生前遺伝学的検査は、どこの産婦人科でも受けられるのですか?

産婦人科であればどこの施設でも行っているというわけではありません。一方で、NIPTに関しては、妊婦さんや赤ちゃんを診ていないような診療科のクリニックなどでも行っているところがあります。医師であれば血液検査は可能なため、これは違法ではありません。しかし、こうした施設で検査を受けた結果、赤ちゃんに異常の疑いがあるとわかったときに、医師がその後をフォローすることができず、別の産婦人科を探さなくてはならない、といったことが起こり、社会問題になっています。

NIPTが日本で開始した2013年から5年間は、日本医学会がNIPTの施設認定をしていました。そのときの認可施設は今も認可施設となっていますが、その後認可施設は新しく増えておらず、NIPTを行う無認可の施設も共存しているのが現状です。そのため、いま、厚生労働省の管轄下で、NIPTを含めた出生前遺伝学的検査の施設認定をするシステムが、立ち上がろうとしているところです。

出生前遺伝学的検査を受ける医療施設を探すときの注意点などがあれば教えてください

インターネット検索で、どうやって信頼できる施設を見つけたらよいか、なかなか難しいですよね。かといって、全員が大学病院へ行った方が良いというわけでもありません。

「待ち時間が少ない」「土日でも実施している」「一人で行っても受けられる」「費用が安い」といった、利便性を前面に出したような宣伝が目立つ施設があります。しかし、出生前遺伝学的検査は、基本的にはご夫婦でしっかりと考えて頂きたい問題です。ですので、遺伝カウンセリングと検査がセットで行われているか、というところが、施設を選ぶ際の一つの目安かなと思います。「何か質問ありますか?」と聞かれて、「特にありません」と答えたらすぐ検査、という流れは、遺伝カウンセリングとして意味をなしていないと考えます。これから検査をして結果がわかる/わからないことにより、その後どうなるのかといったことや、今の社会の状況についての説明がきちんと行われ、それを知ったうえで自分たちがどうするのかを考えていく、こうした流れのカウンセリングが行われるということが大切です。遺伝カウンセリングとセットで検査を行っていない施設もありますが、予想外の結果が出たときに、ご自身が途方に暮れてしまわないためにも、セットで受けた方が良いでしょう。

妊婦健診の片手間ではなく、きちんと遺伝カウンセリング外来を行っている施設は、臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーがいる施設が目安となるわけですが、今のところそうした施設がわかりにくく、探しにくいので、厚生労働省が認定施設を作ろうとしているわけですね。

日本人類遺伝学会が認定している臨床遺伝専門医は、地域によっては県に数人、さらに産婦人科の臨床遺伝専門医となると1人というような場合もあり、どうしても限られてしまいます。日本産科婦人科学会は、そこにアクセスできない妊婦さんが多くいることを考慮し、普段は臨床遺伝学を専門としていない産婦人科医も、かかりつけの妊婦さんの出生前検査に関する悩みに対応可能な知識を習得するための、医師への教育システム立ち上げを、厚生労働研究のプロジェクトとして開始しています。さらに、保健師や助産師も、出生前検査についてある程度話が出来るようにしていこうという流れになっており、来年度から我々もその教育のための講義を担当することになっています。

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「検査を受ける施設を選ぶ際の一つの目安は、遺伝カウンセリングを実施しているかどうかです」(佐々木先生)
出生前遺伝学的検査は、妊娠何週目から何週目まで受けられるのですか?

検査を行う時期は、検査の種類によって異なります。一般的に、コンバインド検査は11~13週、クアトロ検査は15週以降、NIPTは10週以降、絨毛検査は11~14週、羊水検査は16週以降くらいです。

「~週以降」となっている検査について、検査可能な期限は設けられていません。ただ、出産することが前提で検査を受ける場合には遅い時期に受けても問題ないのですが、日本で中絶が可能な週数は21週と6日までです。中絶の処置が22週を過ぎると、堕胎罪という犯罪になります。22週という時期は、世界の国々の中で一番早いのですが、これは医学的な限界というよりは、法律で定められた時期です。

妊娠して、検査をしたら陽性となり、次に精密検査を受けて、確定診断がついて、産むか産まないか22週に間に合うように決めるというのは、ものすごく短期間であるため、じっくり考えている余裕がありません。そのため、検査を受けるかどうかも含め、こうしたことは、できれば妊娠前から考えておいて頂きたいことです。

受ける際の費用はどれくらいかかるのでしょうか?また、保険適用となるケースはありますか?また、費用の補助制度はありますか?

検査の費用は、施設によってさまざまです。遺伝カウンセリングを行っていない施設では、その分少ない費用となるでしょう。当院のような国立病院では、一定以上の質が担保された検査会社が入札をし、その中から選定が行われます。選ばれた検査会社の定めた費用に、遺伝カウンセリングなどの費用や、施設の利益分が加算された費用が、検査にかかる費用ということになります。

検査の費用は全額自費です。おなかの赤ちゃんに、健康保険証はありませんから。また、妊婦健診のような補助制度もありません。

検査当日はどれくらいの時間がかかりますか?

これも、遺伝カウンセリングを行わずに採血だけで終わりという施設では、30分以内に全て済む場合もあるわけですが、当院のように受診して、カルテを作って、説明動画を見てもらったり対面でカウンセリングをしたりして、エコーや採血を行って、となると、2~3時間はかかります。カウンセリングを受け、一回持ち帰って検討してきます、と、検査を保留する方もいます。施設や人によって、かかる時間はさまざまといえますね。

検査を受けてから、診断結果がわかるまでの期間はどれくらいですか?

コンバインド検査、クアトロ検査は1週間くらい、NIPT、絨毛検査、羊水検査は2~3週間くらいです。

検査の精度はどれくらいなのでしょうか?時期を置いてからもう一度調べて結果が変わる可能性はあるのでしょうか?

確定診断のための検査である、絨毛検査と羊水検査の検出率はほぼ100%、陽性的中率も100%です。それ以外の検査で21トリソミーの検出率を比較すると、コンバインド検査の検出率は83%、クアトロ検査は81%、NIPTは99%というデータがあります。一見、どの検査も高い数字です。しかし、検出率は、「検査を受けた人のうち実際にその病気だった人数当たりの、検査で陽性だった人数」です。「検査で陽性だった人のうち、実際にその病気だった人数」は、検出率ではなく、陽性的中率で示されます。

絨毛検査と羊水検査は、染色体疾患の陽性的中率が100%の確定的検査なので、陽性であればその病気と確定します。その他の検査の陽性的中率について、例えば21トリソミーでは、コンバインド検査が4%、クアトロ検査が2%、精度が高いとされているNIPTでも96.3%というデータがあり、いずれも100%ではありません。なお、同データによると、NIPTの陽性的中率は、18トリソミーでは86.9%、13トリソミーで53.2%と21トリソミーよりも低く、NIPT全体では89.4%でした。

これをもう少し具体的に考えてみましょう。陽性的中率が2%のクアトロ検査で21トリソミー(ダウン症候群)が陽性と出た場合、98%が偽陽性です。つまり、陽性と出た100人のうち、98人は実際に21トリソミーではないわけです。しかし、このことをしっかり理解して検査を受けて頂かないと、陽性と出たらほぼ間違いなく病気、と思い込み、本当は病気ではなかった赤ちゃんも諦めてしまうことになりかねません。こうしたことからも、遺伝カウンセリングとセットで検査を受けることが、いかに重要かわかると思います。

もう一度調べたら結果が変わるか、についてですが、同じ精度の検査を2回受けて、結果が異なることはあり得ます。しかし、1回目で陽性、2回目で陰性と出た場合、医学的には1回目の結果が無かったことにはなりません。ですので、同じ精度の検査を、根拠なく2回受けるのは、医学的に意味がないのでお勧めしません。同じ精度の検査でも、例えば1回目の結果が判定保留となり、もう一度受けるといった場合には、意味があります。また、精度の低い検査を受けて微妙に陽性となったので、次により精度の高いNIPTを受け、最終的に羊水検査を受けて確定診断に至る、という流れは、意味があると言えます。同じ疾患の確率を確認する目的で、コンバインド検査を受けて、クアトロ検査も受けてみる、などは、あまり意味がないのでお勧めしません。

検査の結果、赤ちゃんが何らかの遺伝性疾患である可能性が高いとわかった方に、先生はどのようにお伝えしていますか?

「残念ながら結果は…」「これなら安心ですね」といったように、結果に価値を乗せて話すことはしないように心がけています。例えば、「ダウン症候群を持つ確率が〇%という結果でした」というように、客観的な情報として伝えています。その結果をどう思うかは、ご夫婦が決めることですから。

それから、検査前のカウンセリング時に、その方がどういう意図で検査を受けに来られたのかを、よく聞いておきます。結果は同じように客観的に伝えるのですが、「産むつもりです」と言っていた方も、陽性の後に診断が確定するとと「家族で相談した結果、産まないことにしました」となる場合もあります。逆に、最初はどうするか決めていなかった方でも、同じ病気のお子さんを育てている方に実際に会いに行き、「育てていく決心がつきました」と言う方もいます。こうした気持ちの変化を知ることは、その後のフォローのために重要です。

最後に先生から、この記事を読んだ皆さんに一言お願い致します

出生前遺伝学的検査は、赤ちゃんの運命に関わる検査です。時間がないとか、簡単に済ませたいといった気持ちも、よくわかります。また、今はコロナの影響で、ご夫婦そろって来院して頂くことが難しい場合もあります。しかし、この先に築いていく家庭のために、基本的にはご夫婦そろって十分に考え、検査を受けることやその後について選択していって頂きたいと思っています。親や周りが何と言うか、友達がどうしているか、というのを気にする人もいます。しかし、自分がどういう人生を歩んでいこうと思っているか、というのを決めるのはご自身に他なりません。親に勧められたから検査を受ける、などではなく、自分の価値観、自分の生きざまをぜひ大切に考えて頂ければと思います。

私たち医療者は、皆さんの悩んでいる部分に対し、サポートをすることが出来ます。出生前遺伝学的検査は、今、ちょうどいろいろな課題がはっきりしてきて、それぞれに対して国としての改善施策が始まったところですが、こうした悩みの相談も遠慮なくしていただけるような体制を、今後作っていきたいと思っています。


私たちが普段、出生前診断と言っているものは、生まれる前の全ての検査を含めた検査・診断のことで、遺伝的な内容に限った場合「出生前遺伝学的検査」と言うのだとわかりました。出生前遺伝学的検査には、お母さんの血液を用いて病気の確率を調べる検査と、羊水や絨毛を採取して確定診断をつける検査があり、これらの検査を受けるか受けないかはご夫婦の考え方次第で、医療側が勧めるようなことは無いということもわかりました。また、こうした検査はそのご家族の将来やあり方に関わってくることであるため、検査の際に遺伝カウンセリングを受けることがとても重要であるということも知りました。

佐々木先生は、200枚近くあるスライド資料の中から、適切な資料をサッと探してパッと表示し、それぞれの質問に的確にお答えくださいました。そのおかげで、検出率と陽性的中率の違いなどの難しい内容も、すんなりと理解することができました。この資料は、実際に佐々木先生が患者さんへのご説明時に活用されているもので、患者さんによって異なるさまざまな「知りたいこと」を説明するために資料を足していくうちに、これほど膨大な量になったそうです。こうしたところからも、佐々木先生に対して大きな信頼感と安心感を覚えました。また、佐々木先生は、取材後に、「女性は生理が来たら妊娠の可能性があるので、そうした早い段階から、遺伝学の教育や、社会の中で障がいのある人たちと一緒にどう暮らしていくかなどについての教育を充実させるべきだ」と、指摘されました。今回の取材は、日本におけるこうした課題や、「産む・産まない」という、極めて倫理的な問題を、再認識する機会にもなりました。(遺伝性疾患プラス編集部)

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佐々木愛子先生

佐々木愛子先生

国立成育医療研究センター周産期・母性医療センター産科医長。医学博士。1999年に岡山大学医学部医学科卒業。専門は、産婦人科学一般、周産期医学、生殖内分泌学、臨床遺伝学。日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医、日本周産期・新生児医学会認定 周産期(母体・胎児)指導医・専門医、日本人類遺伝学会・日本遺伝カウンセリング学会認定 臨床遺伝指導医・専門医(生殖医療に関する遺伝カウンセリング受入れ可能な臨床遺伝専門医)、日本超音波医学会専門医、日本周産期・新生児医学会新生児蘇生法普及事業(NCPR)専門コースインストラクター、The Fetal Medicine Foundation認定 certificate(NT,NB,DV,TR)日本周産期・新生児医学会評議員、日本人類遺伝学会評議員、日本遺伝カウンセリング学会評議員。