ジストロフィン欠損で現れる「自閉症スペクトラム様症状」
国立精神・神経医療研究センターと東京医科歯科大学の研究グループは、脳ジストロフィンの欠損を伴う場合に見られる、自閉症スペクトラムの症状と似た社会的コミュニケーションの異常などの症状(自閉症スペクトラム様症状)を、遺伝子治療により改善できる可能性があると報告しました。
難病のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、DMD遺伝子の変異によって、ジストロフィン(筋肉の細胞構造を維持するのに重要なタンパク質)が欠損することにより起こる病気で、筋力や心臓機能の低下に加え、自閉症スペクトラム等の脳機能に関わる症状が合併する場合があります。ジストロフィンには複数の種類があり、骨格筋や脳で働く長いタンパク質であるDp427、脳の扁桃体と呼ばれる場所などで働く短いタンパク質であるDp140などが存在します。
これまでの研究で、DMD遺伝子変異の起こる場所によって欠損するジストロフィンが異なり、DMD遺伝子のエクソン45と呼ばれる箇所よりも前(上流)に遺伝子変異がある場合にはDp427が、エクソン45よりも後ろ(下流)に遺伝子変異がある場合には、Dp427に加えて、Dp140も欠損することがわかっています。
また、Dp427だけが欠損する場合と比較して、Dp427とDp140の両方が欠損した場合には、自閉症スペクトラム様症状(社会的コミュニケーションの困難さなど)が起こりやすいこともわかっていました。しかし、Dp140の欠損によって自閉症スペクトラム様症状が引き起こされるメカニズムについてはわかっていませんでした。
今回、研究グループは、Dp427を欠損したマウス、Dp427とDp140の2種類を欠損したマウス、これらの異常を持たない通常のマウスの脳機能を詳細に解析しました。また、2020年にDMD患者さんの筋力低下や筋萎縮の改善を目的として開発され実用化されているエクソン53スキップ薬(ビルトラルセン)による治療で、自閉症スペクトラム様症状についても改善が見られるのかを検証しました。
モデルマウスをビルトラルセンで治療したところ、脳機能が正常化
その結果、Dp427とDp140の両方を欠損したマウスは初対面のマウスに対して自閉症スペクトラム様症状を示すほか、扁桃体での脳機能低下が認められました。
研究グループは、このDp427とDp140の両方を欠損したマウスに対し、エクソン53スキップ薬と同じ仕組みで作用する核酸医薬(またはmRNA医薬)の投与を行いました。その結果、治療薬の効果により、脳でDp140が作り出されるようになったことで脳機能が正常化し、マウスの社会コミュニケーション異常が見られなくなりました。
これらの発見はDp140の欠損と自閉症スペクトラム様症状の関係というメカニズムを考える上でも重要だと考えられます。研究グループは、核酸医薬やmRNA医薬により、脳ジストロフィン欠損による脳症状を治療できる効果を世界で初めて示すことができたと説明しています。これは幅広い難病の治療薬の開発につながると指摘しています。(遺伝性疾患プラス編集部、協力:ステラ・メディックス)