遺伝性がんのゲノム解析結果をバイオバンクの参加者に返却、意識や行動の変化を調査

遺伝性疾患プラス編集部

POINT

  1. 東北メディカル・メガバンクが、遺伝性がんリスク保有者97人にゲノム解析結果を返却
  2. 医療機関受診78人・リスク低減手術実施6人・早期のがん発見3人
  3. 受診非希望者は医療費・通院負担が理由、リスク開示による不安増加はわずか

バイオバンクへの参加者、病的バリアントを持つかどうかは知らされない

東北大学の研究グループは、東北メディカル・メガバンク(TMM)計画で解析した約5万人の全ゲノム解析情報をもとに、遺伝性のがん「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」と「リンチ症候群」のリスクを保有する97人にゲノム解析結果を個別に返却し、ゲノム情報を知った人の意識や行動に関する調査を実施したと発表しました。

遺伝性がんは、がん全体の約5〜10%を占め、特定の遺伝子の病的バリアントにより発症します。病的バリアントの保有者は若年から高確率でがんを発症する傾向があるため、定期的なサーベイランス検査や予防的手術などの対策がとられることがあります。また、血縁者も遺伝カウンセリングや検査を受けることができます。このように医療上の対策が可能なものについては、医療機関でのゲノム検査で偶発的に発見された場合でも、結果を返却することが推奨されるようになってきました。

バイオバンクは、研究目的で多くの人から提供された生体試料と健康情報を系統的に収集・保管する仕組みで、さまざまな医学研究の基盤となっており、個人ごとの遺伝子の特徴と病気の発症との関連を明らかにする研究においても非常に重要です。日本ではTMM計画の約15万人のバイオバンクが構築されており、公開情報は研究や医療に広く活用されています。一方、バイオバンク参加者への結果返却はさまざまな倫理的配慮が必要であることから、世界的にもほとんど実施されていませんでした。

研究グループは今回、TMM計画に参加した一般住民約5万人の全ゲノム解析情報から、2つの遺伝性がん(HBOCとリンチ症候群)の病的バリアント保有者を抽出し、ゲノム解析結果の返却を行う取り組みを実施しました。HBOCは乳がん・卵巣がんなどの、リンチ症候群は大腸がん・子宮体がんなどのリスクが高まる遺伝性がん症候群です。

病的バリアント保有者の半数以上が結果返却を希望

TMM計画では、コホート調査参加時に、将来健康にとって重要なゲノム情報を返却する予定があることを対面で説明しています。そのため今回は、具体的な病名を明示せずに、病的バリアント保有者238人とランダムに抽出した非保有者の一部にゲノム情報の解析結果返却の希望調査を実施しました。

その結果、病的バリアント保有者129人が返却を希望し、対面での研究説明を受けた112人が研究に参加、そのうち12人は確認検査で病的バリアントを保有していないことがわかりました。病的バリアント保有が確認された97人のうち、78人が医療機関の受診を希望、71人が東北大学病院を受診し、サーベイランス検査を開始しました。このうち6人がリスク低減手術を受け、3人にはサーベイランス検査でがんが見つかりました。

一方、受診しなかった19人は医療機関を受診する時間や労力、医療費の負担などを理由に、受診を希望しませんでした。

HBOCの病的バリアント結果、女性・子の血縁者に伝える傾向

一般住民がゲノム解析結果返却を受けた後に生じる心理的ストレスや結果返却後の行動について明らかにするため、結果返却前後で99人に対し調査を実施しました。

その結果、がんに対する不安の尺度(CWS-J)は、がんに罹ったことがある人のほうが、未発症者に比べて高スコアであることがわかりました。しかし、がんに罹ったことがあっても、一般的な心理ストレス指標であるKessler6(K6)スコアが低い人のCWS-Jスコアは、がんの既往のない人と同程度であることがわかりました。

また、研究説明後と結果返却1年後の2回の調査のスコアを比べたところ、CWS-J、K6ともに統計学的に有意な変化は見られませんでした。このことは、ゲノム解析結果の返却が不安やストレスの原因になる人は限られていることを示しています。

今回わかったゲノム解析の結果を血縁者に伝えているかどうかを、東北大学病院を受診したHBOCの病的バリアント保有者を対象に調査した結果、男性よりも女性、親より子の血縁者に対して、高い割合で伝えていることがわかりました。

研究グループは研究成果について、研究目的で取得したゲノム情報から、個別化予防・医療につなげた先駆的取り組みであるとし、今後も対象疾患の拡大や適切な返却方法の検討を継続する、と述べています。(遺伝性疾患プラス編集部)

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