網膜芽細胞腫と生きるご家族~「新幹線の運転士になりたい!」を叶えました~

遺伝性疾患プラス編集部

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遺伝性疾患プラスはサイトオープン2周年を記念し、グループ会社であるエムスリー株式会社が展開する『CaNoW(カナウ)』と共に、3名の患者さん・ご家族の願いを無償で叶えるイベントを開催しています。2022年のテーマは、「願いを叶え、疾患啓発につなげる」。今回ご紹介するのは、網膜芽細胞腫と木瀬真紀さんご家族です。

※CaNoW(カナウ)は『病や障がいと共にある方』の願いを叶えるプロジェクトです。

網膜芽細胞腫(もうまくがさいぼうしゅ)は、目に発生するまれながんです。遺伝性のものとそうでないものがあり、遺伝性の網膜芽細胞腫は全体の約40%を占めるとされています。また、腫瘍が片目のみにできる「片側性」と両目にできる「両側性」、眼球に1つの腫瘍ができる「単巣性」と多数の腫瘍ができる「多巣性」があります。遺伝性の網膜芽細胞腫では「両側性」かつ「多巣性」が多く、1歳までの発症が多いとされています。木瀬さんご家族は、真紀さんと息子さんのりょうとくんが網膜芽細胞腫と診断を受けています。真紀さんは幼少期に左目を摘出しており、右目は放射線治療の後遺症で白内障手術を受けました。りょうとくんも、治療の後遺症で両目に見えづらさなどの症状が現れています。

新幹線が大好きなりょうとくんは、卒園式の時に「将来なりたいものは、新幹線のぞみの運転士」と発表しました。しかし、視力の問題などからその夢は叶えることが難しいと真紀さんは考えています。今回のイベントへ応募されたのは、「少しでも、運転士に近い体験をしてもらいたい」と考えたからでした。そこで、木瀬さんご家族をJR東海が運営する「リニア・鉄道館」へお連れし、りょうとくんに運転士の体験をしていただきました。

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木瀬さんご家族

特別ゲストと一緒に、ご家族で楽しく体験

前日から名古屋へ移動し、ホテルに泊まった木瀬さんご家族。窓から電車が見えるお部屋に宿泊していただきました。「初めて見る特急もあった!」と、りょうとくん。これまで、図鑑の中でしか見たことがなかった電車も、初めて本物を見ることができたそうです。たくさん電車の写真を撮って、大満足の夜でした。

翌日、いよいよリニア・鉄道館へ。イベント当日は、IY Railroad Consulting代表・鉄道アナリストの西上いつきさんを特別ゲストとしてお迎えし、一緒に館内を見学していただきました。新幹線や電車に詳しいりょうとくんは、「どれも知っていたよ!」と教えてくれました。また、「大人の体力が持たなくなるほど、ずっと走り回っていました!」と、真紀さん。皆さん、楽しく見学されました。

西上さんと一緒に新幹線クイズにもチャレンジしたりょうとくん。なんと、見事、全問正解でした。

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西上さんとりょうとくん

新幹線運転士の制服に着替えていただいた、りょうとくん。いよいよ新幹線シミュレーターに入り、新幹線の運転士体験をしました。

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新幹線シミュレーター前で

運転士の席からは、ビルやマンションの他、東京タワーや浜名湖も見えたそうです。りょうとくんは、「本物の運転士になったみたいだった!」と話してくれました。

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「本物の運転士になったみたいだった!」と、りょうとくん

今回のイベントが開催されたのは、ちょうど夏休みの終わりが近づいてきた頃でした。最後に、「運転士の体験は、夏休みの自由研究の宿題でまとめるよ!」と教えてくれた、りょうとくん。「夏休み、あと少ししかないけど本当に大丈夫?(笑)」と、少し心配そうな真紀さんでした。

木瀬真紀さんと網膜芽細胞腫

ここからは、網膜芽細胞腫と共に生きて来た真紀さんに、これまでのご経験や今回のイベント参加への思いについて、お話を伺いました。

真紀さんが網膜芽細胞腫の診断に至った経緯について、教えてください。

診断を受けたのは、生後3か月の頃だったと聞いています。家族の中で、他に網膜芽細胞腫と診断を受けている人はおらず、孤発性だと聞きました。診断のきっかけは、私の白色瞳孔(黒目の部分が白く見える状態)に親が気付いたことだったそうです。

網膜芽細胞腫の確定診断を受け、生まれた年に左目を摘出する手術を受けました。右目は、放射線照射の治療を受けて経過観察となり、その後、放射線治療の後遺症で白内障手術を受け、眼内レンズを入れました。23歳くらいの時です。

真紀さんは、網膜芽細胞腫についてご両親から聞かれたのですか?

実は、親から具体的な病気の話を聞いた記憶がありません。「網膜芽細胞腫」という名前を知ったのは、自分が学校へ提出する健康診断の資料を見た時だったと思います。資料には「両眼性網膜芽細胞腫」と書いてあり、「これが、自分の病気なんだ」と認識しました。ですので、当時は、網膜芽細胞腫が小児がんの一種だということも知らなかったです。その後、高校生くらいの頃にインターネットで病気の名前を検索するようになり、さまざまな情報を得ていきました。「場合によっては遺伝する」ということも、徐々に知っていきましたね。

今は、どなたでもインターネットで情報を調べられる時代になりました。ですので、自分よりも年齢の若い当事者の方では、病気に関わる情報をご自身で調べて知っている方が多い印象を受けます。一方で、40代以降の世代の当事者の方だと、「疾患名も知らなかった」「自分が両眼性かどうかわからない」など、思うように情報を得られずに生活してこられたという話も伺います。私は、ちょうどその間の世代で、ギリギリ自分でも病気に関わる情報を得られました。

りょうとくんは、どのように診断を受けられたのですか?

私は妊娠前に、自分の網膜芽細胞腫について遺伝子検査を受けていました。妊娠がわかった後、りょうとは、私のおなかの中にいる時に出生前遺伝学的検査の1つである羊水検査の手法で網膜芽細胞腫の遺伝子を調べ、私と同じ変異を持っていることがわかりました。そして、出産直後、りょうとの両目に腫瘍が見つかり、すぐに治療を受けました。りょうとは、臍帯血の遺伝子検査でも確定診断がついています。

現在、りょうとくんへ病気のことは伝えていますか?

まだ病名は伝えていません。ただ、治療の後遺症で弱視となっているので「どうして、自分は目が悪いの?」と、何度か聞かれたことはあります。また、「りょうとは目の病気になって、治療をしたことがあるんだよ」という情報は伝えています。

いつ、どのように網膜芽細胞腫のことを伝えるべきか、今も悩んでいます。網膜芽細胞腫はどのような病気で、これまでどのような治療を受けてきたのか?ということや、私が同じ網膜芽細胞腫を持っているということも、いずれ伝えないといけません。私から直接伝えたほうがいいのか、それとも主治医から伝えてもらったほうがいいのかなども考えている途中です。この辺りは、ご家族ごとによってベストな内容が異なってくると思います。

当事者側から発信して、さまざまな立場の方々へ情報共有を

願いを実現する「前」と実現した「今」で、お気持ちの変化はありましたか?

病気を持つことやそれに伴うハンディキャップを公表することは、当事者にとってメリットだけでなくデメリットもあると感じています。きっと、遺伝性疾患の当事者の多くは、自ら公表することを選ばないのではないでしょうか。遺伝性疾患への誤った理解から、当事者が心ない言葉をかけられる場合もあるからです。

だけど、今回のイベントへの参加を通じて感じたのは「自ら公表することで、理解してくれる人は意外と多い」ということです。出来ないことを知ってもらい、その上で旅行を企画してもらったことで、家族全員が楽しむことができました。

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「自ら公表することで、理解してくれる人は意外と多い」と、真紀さん

これまで、遺伝性疾患の当事者とその家族を取り巻く環境は、「まるで、閉じられた世界のようだ」と感じてきました。というのは、どこか「家族や医療関係者だけで、何とかしよう」「それ以外の人に支援を求めてはいけない」といったような雰囲気があるように感じることがあったからです。でも、私たちが空気を読んで「言わない」と選択してきたことが、周りの方々にとっては「何をしていいかわからない」と感じる状況を生み出していたこともあったかもしれません。しかし、伝えることで周りは、自分が思っている以上に理解してくれるとわかりました。ですので、当事者が病気や障がいを理由にできないことを、もっと周りに伝えることで、家族や医療関係者以外の方々にも支援してもらえる機会が増えれば良いと願っています。

網膜芽細胞腫について、社会に「知って欲しい」ことはありますか?

網膜芽細胞腫のことを少しでも知っていただき、早期発見につなげてほしいです。例えば、網膜芽細胞腫の初発症状としては、黒目の部分が白く見える「白色瞳孔」や、左右の視線が異なる方向に向いている「斜視」などの症状が挙げられます(詳しい内容は「網膜芽細胞腫」の記事へ)。もし、お子さんにこういった異変が見られた場合に、病気の可能性があることを知ってほしいです。網膜芽細胞腫は、早期発見により適切な治療につながり、視力を温存できる可能性が高くなると言われています。ですので、知っていただくことが第一歩ですね。

一方で、網膜芽細胞腫によって亡くなるお子さんもいますし、全盲になるお子さんもいます。他の小児がんと比べると生存率は高い方ですが、視力の障がいや将来的な二次がんの可能性があるなど、病気を一生抱えていくことには変わりないということも、あわせて知っていただけたらと思います。

最後に、遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。

ぜひ、疾患の当事者とつながってほしいです。気軽にSNSでつながるのも良いと思いますし、患者会の活動に参加して実際にお会いしてみるのも良いでしょう。実は、私自身、大人になるまで同じ網膜芽細胞腫の当事者とお会いしたことがありませんでした。子どもを産んだ後、患者会の活動などを通じて当事者とお会いするようになりました。当事者の皆さんとつながることで、私自身多くの力をもらっています。

同じ網膜芽細胞腫でも、症状や重症度などは人によって異なります。症状の軽い方もいれば、全盲の方、腫瘍の転移により亡くなる方もいます。また、遺伝性の方もいれば、そうでない方もいます。こういった個人差はありますが、実際にお会いして話してみると、共感できる部分が多くあると感じます。きっと、同じ疾患と向き合い生きていることで、通じ合う部分があるのだろうと思います。

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「当事者の皆さんとつながることで、多くの力をもらっている」と、真紀さん

遺伝性疾患に関わる情報は、なかなか発信しづらい内容が多いと思います。でも、これからは、私たち当事者側から少しずつ発信して、さまざまな立場の方々へ情報を共有していくことが大切かもしれません。そうすることで、社会からの理解を得られるようになるのではないでしょうか。


病気に関わるハンディキャップについて、「自ら公表することで、理解してくれる人は意外と多い」と話してくださった真紀さん。今回はそれも踏まえて、ご家族で旅行を楽しめたそうで、遺伝性疾患プラス編集部とCaNoWチーム一同、本当にうれしく思っています。

一方で、遺伝性疾患の当事者にとっては、自ら公表することはメリットだけでなく、時にデメリットがあるというお話も印象に残りました。遺伝性疾患への正しくない解釈を少しずつ無くしていくお手伝いを、これからも遺伝性疾患プラスでは行っていきます。引き続き、「正しく」「わかりやすく」情報をお届けできるよう、私たちも活動していきます。(遺伝性疾患プラス編集部)

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