診断がつかずに悩む患者さんを救うための国家プロジェクト「IRUD」とは?

遺伝性疾患プラス編集部

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症状があるのに原因が見つからず、何年もかけていくつもの病院を渡り歩く――。世の中には、診断がつかずに悩む患者さんが大勢います。こうした状況を打開するため、国は2015年に、「未診断疾患イニシアチブ(IRUD、アイラッド)」というプロジェクトを立ち上げました。これはどのようなプロジェクトで、対象となるのは具体的にどのような人なのでしょうか?また、これまでにどういった成果が得られ、将来的にはどのようなことが新たにわかってくるのでしょうか?IRUDの開始当時からずっとプロジェクトに携わっておられる、国立成育医療研究センターゲノム医療研究部部長の要匡(かなめ ただし)先生に、詳しくお話をうかがいました。

国立成育医療研究センター ゲノム医療研究部 部長 要 匡 先生

未診断疾患とは?

IRUDの対象となる「未診断疾患」とは、具体的にどのような疾患をいうのですか?

症状があるけれど、はっきりとした原因がわからないような病気を、未診断疾患としています。例えば、発達が遅れているとその状態に対して、「発達遅滞」という名前がつきます。この発達遅滞が、21番染色体が3本あることで起きているならば、「ダウン症候群」というはっきりとした病名がつきます。しかし、何が原因で発達遅滞が起きているのかわからないような場合には、「未診断疾患」となります。未診断疾患は、「発達遅滞」のように、ある程度の症状で病名がつけられているものもあれば、そうした名前すらついていないものもあります。IRUDは、遺伝子を調べて病気の原因を探るプロジェクトなので、対象となるのは、未診断疾患の中でも、遺伝子の異常が原因で起きていると考えられるものです。

未診断疾患は、ほとんどがいわゆる「希少疾患」と呼ばれているものです。希少疾患は、患者さんの数が少ないので、診断名を付けられないものが、まだたくさんあるのです。希少疾患の患者さんがいる割合は、全世界的にだいたい同じくらいなのですが、米国では希少疾患全体をあわせると、人口の約6~8%いると推定されています。ここから計算すると、世界的には希少疾患の患者さんは少なくとも3億5000万人くらいおり、また、疾患の種類は少なくとも9,000種類以上あると推定されます。このうちの約8割は、遺伝子が関連する疾患、つまり、遺伝子解析をすることで、原因が突き止められると考えられています。

未診断疾患に多くみられる症状はありますか?

未診断疾患には、神経の症状が多い、皮膚の症状が多い、などといった、未診断に共通した大きな特徴というものはありません。どの領域であっても、未診断疾患は必ず存在し、それらは非常に多彩なのです。ただ、傾向として、先天性の奇形や精神遅滞、心臓や神経に関する症状がある人は、IRUDに参加している比率が高めです。その理由は、これらの症状がとらえやすいということもあると思います。

未診断疾患となる人に、男女差はありますか?

男女差はありません。特定の疾患や症状に限れば、男性が多いものなどはあります。特に、遺伝子が原因となる病気で、性染色体に変異がある場合は男女差が出ます。例えば、X染色体に存在する、劣性遺伝型の遺伝子変異が原因ですと、患者さんがほとんど男性になる場合があります。しかし、未診断疾患全体で見ると、男女の差はありません。

未診断疾患のお子さんは、年間どのくらいいるのでしょうか?

日本では、年間5,000~1万人くらい生まれていると推定されています。2015~2016年に、日本医療研究開発機構(AMED)が、日本全国の大学附属病院など大きな病院のいろいろな診療科の医師を対象に、未診断疾患の患者さんがどれくらいいるかを調べるアンケートを行ったんです。その結果、大人から子どもまで含め「IRUDで遺伝子解析をお願いしたい」と医師が回答した患者さんが3万7,000人くらいいるとわかりました。これは、日本の全ての病院を調べたわけではなかったのですが、2015年から今まで、IRUDへの問い合わせ件数が変わっていないところから考えると、現在も同じような人数がいると予測されます。また、毎年多くの問い合わせを受けている中で、今、実際にIRUDで遺伝子解析が実施できている患者さんは、年間1,000人くらいです。解析はご両親も含めるので、年間3,000人くらい解析を行っています。

成人してから発症する未診断疾患もありますか?

あります。当センターは、未診断疾患をもつ小児に多く携わりますが、IRUD全体でみると、成人以降で未診断疾患を発症したという人も対象となっています。例えば、60歳くらいから足が痛くなってきたため、検査をしてみたら、大きな血管に強い動脈硬化が起こっていたという患者さんがいます。この方は、血管に強い石灰化が起こり、血流が悪くなってしまっていたため、残念ながら足を切断したのですが、話を聞いてみると、家族や親せきにも同じようなパターンの方が何人かおられるとのことでした。そこで、原因は遺伝子だろうということで、調べることになったんです。神経系の症状も、小さいころは問題なく生活していたのが、あるときからだんだん症状が出てきたという方もいます。このように、必ずしも小児だけというわけではありません。

診断がつかずに複数の医療施設を受診するという話を聞くこともありますが…?

そうですね、多い人ですと、15施設くらいで検査を受けたという患者さんもいました。それでも、診断がはっきりつかなかったということで、ある時点でかかった施設を介してIRUDに相談がきました。

原因を突き止められないと、施設数だけでなく、期間も長くかかります。例えば、子どもの頃から主治医の先生がいろいろな検査をしてくれたけれども、原因不明のままという40歳代の方が、その主治医の先生からの相談で当センターに紹介され、IRUDの対象となりました。この方は、約40年かかったわけですが、IRUDの遺伝子解析で、ついに原因がわかりました。

診断までの期間が長くなるほど、患者さんの心の負担も大きくなります。わからないというのは、すごく不安なことです。何をどうしていいのかさえ、わからないわけです。実際、「暗闇の中にいるようだ」とよく聞きます。

ある患者さんは、生まれて4か月くらいにいろいろな症状が現れ、ご両親が「何かおかしい」と気付いてたくさんの大学病院を受診し、頭のMRI検査や生化学的検査など、いろいろな検査を受けたけれども、一向に診断がつかず、16年くらいこのような状況が続いていたそうです。そんな中で、IRUDに参加され、調べたところ、ある1つの遺伝子の異常が見つかりました。その後、同じ遺伝子の異常をもつ患者さんが、海外にもいることがわかり、お子さんの病気は、両親からの遺伝ではなく、突然変異として偶発的に起きた遺伝子の異常だ、というところまでわかったんです。そこにたどり着くまで何年も悩まれてきたご両親、特に、「妊娠中に何か自分がいけないことをしたので、この子が病気になったのではないか」と自分を責め続けて来られたお母さんが、涙を流して「暗闇から抜け出せた」と話したことは、印象に残っています。「原因を知ることが患者さんの光になる」と、はっきりわかった瞬間です。

「病気の原因を知ることは患者さんの光になります」(要先生)
自分や家族が未診断疾患かも知れないと思ったら、まず何をしたらよいのでしょうか?

まず、かかりつけ医、あるいは主治医や地域の中核となる病院に相談するのが良いと思います。かかりつけ医の先生がいれば、「原因がわからない病気を調べるプロジェクトに参加したい」と相談すると、近くの拠点病院を紹介していただけると思います。今、日本で一番大きなプロジェクトはIRUDで、この場合、近くの拠点病院とは、IRUDを受けられる病院ということになります。

理想は、日本の全ての医療施設が、IRUDを知っていることですが、まだそこまでの体制にはなっていません。実は、IRUD開始当初の目的の1つは、全国のいろいろな施設に未診断疾患を知ってもらい、そのうえで診断をつける体制を作る、というものでした。全国の医療施設で、IRUDとの連携が当たり前になると、将来的には、今よりもスムーズにいろいろなことを調べて診断できるようになり、困って病院をいくつも回ったり、長いこと悩んだりする人が大幅に減るんじゃないかなと、私は考えています。

未診断疾患イニシアチブ IRUDの「これまで」と「これから」

先生が携わっておられる「未診断疾患イニシアチブ IRUD」とは、どのようなプロジェクトですか?

IRUDの目的は、大きく2つあります。1つ目は、未診断疾患を全国的な体制で診断できるようなシステムをつくることです。希少疾患は、いろいろ共通する症状があることによって診断がつくようになります。ですので、全国からできるだけ患者さんの情報を集めて、診断に結び付けていきます。そして、今まだ診断名がない病気の原因を明らかにして、疾患として確立していきます。2つ目の目的は、原因がわかった病気について、治療法を見つけることです。そのために、詳しい病気の仕組みなどについて研究を進めていきます。

世界でも同様なプロジェクトは行われているのでしょうか?  

IRUDよりも先に、海外で希少遺伝性疾患研究のプロジェクトが始まりました。最初、米国国立衛生研究所(NIH)が、「Undiagnosed Disease Program(未診断疾患プログラム)」を立ち上げ、全米を対象にプロジェクトを開始しました。カナダも、FORGE(Finding of Rare Disease Genes、希少疾患の遺伝子を発見する、の意)というコンソーシアムが、プロジェクトを進めています。英国では、「10万人ゲノム計画」という、文字通り、10万人のゲノム配列を決定するというプロジェクトが行われているのですが、この中に希少疾患を対象としたプロジェクトも含まれています。

国際連携も行われています。IRDiRC(国際希少疾患研究コンソーシアム)が2011年に設立され、日本の機関としてAMEDも2015年に加盟しました。2020年10月時点で世界のIRDiRC加盟メンバー数は59団体となっており、希少疾患の克服に向け、協議が進められています。

病気の原因遺伝子は、具体的にどのような方法で探されているのでしょうか?

英国は、全ゲノム解析といって、ヒトのDNA配列を全体的に調べる方法で調べています。そのほかの国は、日本のIRUDも含め、「全エクソーム解析」という方法で探すのが主流となっています。全エクソーム解析は、長いヒトゲノムのうち、タンパク質の設計図となっている遺伝子の部分だけを重点的に調べる方法です。費用など、いろいろな兼ね合いで、この手法が多く行われているのですが、だんだん解析コストが下がってきていることもあり、病気の手がかりが見つかる可能性がより広がる、全ゲノム解析に移行しつつあります。

遺伝子解析をしてもなお原因不明の疾患は、他にどのような方法での原因究明が考えられますか?

現在の遺伝子解析方法で、全員必ず原因が見つかるとは限らず、解析で診断がついた人は、今のところ4割くらいです。実は、全ゲノム解析といっても、ヒトの30億ある塩基配列が、全て完全に解読できるわけではなく、まだ、技術的に解読が難しい部分がたくさんあり、未知の領域がいくつか残されているんです。こうした部分に未診断疾患の原因があったり、また、エピジェネティクスと言って、DNA配列そのものに異常はなくても遺伝子に影響を与える化学変化が起き、それが原因となる場合には、現在行われている全ゲノム解析や、全エクソーム解析といった手法では、病気の原因を見つけることはできません。しかし、エピジェネティクスは、既に調べる方法がいくつか確立されています。また、塩基配列がまだ解読できていない領域については、新しい技術で解読できるようになりつつあります。いまも着々と研究が積み重ねられていっているわけですが、こうした積み重ねにより技術が進歩し、情報が蓄積していくことが、今後の原因究明につながっていくと考えています。

IRUDが2015年に開始してから5年経ち、どのようなことがわかってきていますか?

やはり、「未診断疾患でも、遺伝子を調べれば、ある程度原因がわかるのだ」ということが示されたのは、この5年の大きな成果です。これまで原因のわからなかった病気の原因がわかるようになり、これまで名前のついていなかった病気に新しい病名がついてきています。その中には、明確な治療法がある程度見込めるものもありました。実際に治療したものも一部にはあります。これは、この先の大きな希望につながります。一方で、今のところ、原因はわかっても、治療までの道のりが長いものが、まだ大半です。

今後、IRUDが進むにつれ、どのようなことがわかってくるのでしょうか?

先ほど説明したように、今後、技術の進歩により未知の領域を解読できるようになったり、難しいゲノムの変化を捉えたりできるようになれば、残された未診断疾患も、おそらく診断がつくようになってくると思われます。また、詳しい原因がわかることで治療薬、治療法開発への道筋が見えてくると思われます。

それから、今は、1つの遺伝子の異常が大きく影響しているような病気が主に見つかってきていますが、複数の遺伝子の異常が重なって発症している病気や、遺伝子の異常に加え環境も絡んでいる病気なども、新しい技術が開発され、それを用いることで発見が可能になってくるでしょう。

「解析技術の進歩が今後の原因究明につながっていきます」(要先生)
先生がIRUDの活動をしていくうえで気付いた課題や問題点があれば教えてください

理想的には医療の一部として、「病院で検査を受けて原因がわからない場合には遺伝子解析まで行われる」、という流れが全国的にできる体制が整えば良いと思っています。しかし、IRUDの遺伝子解析は、医療として行われておらず、研究に参加して頂くという形で行われています。研究として、診断がつかずに困ったままでいる患者さんが大勢いるという現状を解消するのは難しいわけで、やはり、「ある一定の遺伝子を調べて原因がわかる可能性のある疾患」については、遺伝子解析まで保険診療として医療に組み込まれる、といった体制を整えることが、社会的にも必要な課題だと感じています。

遺伝子が関係する希少疾患は全体として9,000くらいあり、原因の遺伝子がわかっているものが5,000くらいあります。米国は、民間の保険ですが、これらのほとんどの遺伝子検査は、医療として行う体制が整っています。ところが日本は、今、このうちの124項目しか保険適用になっておらず、さらに、これらの遺伝子検査を行っている検査会社がとても少ないというのが現状です。つまり、結局、医療としては、なかなか調べられない状況なんですね。厚生労働省は、ここを改善していくために、対象となる遺伝子を増やす取り組みを行っています。米国並みになるには時間がかかりそうですが、ここを少なくとも医療として解決していく必要性を感じています。

それから、先ほどからお話ししているように、技術的にまだ難しい部分を克服するために、技術を開発して、わからない部分をなくしていく、というのも課題ですね。そしてもうひとつ、IRUDの取り組みは、医療施設を含め、まだ世の中に広く浸透しているわけではないので、広く皆さんに知ってもらうことが、重要な課題と考えています。

IRUDに参加されている方々の交流や、患者会のようなものはあるのでしょうか?

IRUDに参加している方同士の交流は、あまり見られません。未診断疾患は、さまざまな種類の病気が含まれるので、困っている症状や生活のうえでの悩みなどは、人によって違います。患者会というものは、同じ病気の患者さんが集まって、情報共有などの目的のために作られるというイメージでしょうか。ですので、最初にIRUD全体で交流するというより、IRUDに参加したことによって、病名がついた人は、その患者会に入るというケースはありますね。まだ病気の原因がわからない人たちの集まりは、今のところはなさそうです。

最後に、要先生から未診断疾患に悩む方々へ、メッセージをお願いいたします

IRUDというプロジェクトが始まり、いろいろなことが少しずつわかってきている今、何か力になれる部分があるのではないか、少しでも光を届けられないかと思っています。診断がつかないで悩んでいる方は、まず主治医、かかりつけ医に「IRUDというプロジェクトがあるので参加できないか」と相談してみて頂ければと思います。

IRUDに携わったことで気づいたのですが、医師の中にも、未診断疾患について、まだはっきりと認識していない方もおられます。ですので、患者さん側からも、「原因があるなら知りたい」と、医師に積極的に話していただけると、IRUDに参加する道筋ができるかなと思います。もちろん、現時点では、IRUDに参加することで、全てが解決するわけではありません。しかし、何か光が見える可能性はあります。私は、IRUDを通して、未診断疾患に悩む方々に協力していきたいと思っています。ですので、まず、身近な医師に相談して頂ければな、と思っています。


希少であるがゆえに診断に至っていない「未診断疾患」。IRUDは、遺伝子解析を通じて、病気の原因を突き止め、将来的に治療に結び付けていくための国家プロジェクトであるとわかりました。現在の解析方法で原因がわかった人はまだ4割程度に留まっていますが、解析技術の進歩でその割合は今後着実に増えそうです。未診断疾患に悩む人は、まずは、かかりつけ医に、IRUDへの参加意思を伝えるのが重要だということもわかりました。

要先生は、たくさんの質問に対し、1つひとつ時間をかけて丁寧に答えてくださいました。さらに、資料を用意してくださったことで、難しい内容もすんなりと理解することができました。また、今回、専門家インタビューでは初のオンライン取材となりましたが、要先生はPCの画面越しにも、優しく穏やかな雰囲気にあふれており、コロナが落ち着いたらいつかまた、IRUDのその後の展開などについて、今度はぜひ直接お会いして取材できたら良いなと思いました。(遺伝性疾患プラス編集部)

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要 匡 先生

要 匡 先生

国立成育医療研究センターゲノム医療研究部部長。博士(医学)。1994年に鹿児島大学大学院医学研究科を修了後、熊本大学医学部助手、英国インペリアルカレッジロンドン研究員、琉球大学医学研究科准教授などを経て、2015年より現職。専門は、遺伝学、ゲノム医学、発生工学。小児科専門医、臨床遺伝専門医。