フェニルケトン尿症(PKU)は、血液中の「フェニルアラニン」と呼ばれる物質(アミノ酸)の量が増加する遺伝性疾患で、先天代謝異常症と呼ばれる疾患の1つです。PKUは新生児マススクリーニング検査の対象疾患で、生まれてすぐに診断がつき早期から治療を開始・継続することで、発症や症状の進行を防ぐことができます。新薬も登場している一方で、今のところ小さなお子さんを含む多くの人は厳しい食事療法を続ける必要があります。PKUが指定難病になったのは2015年ですが、それ以前に成人されたPKU当事者の方の中には、医療費助成が途切れたことをきっかけに、積極的な治療をしなくなった方もおられます。またPKUは、治療を中断したことですぐに劇的に症状が出る疾患ではないため、個人の考えで中断している方もおられます。しかしPKUの治療を継続することは、とっても重要なのです。それはなぜでしょうか?治療継続が重要な理由や、治療を再開したい場合の疑問などについて、先天代謝異常症の診療に長年携わっておられる、順天堂大学大学院医学研究科難治性疾患診断・治療学講座教授の村山圭先生にいろいろお答えいただきました。

PKUの治療中断について
PKUの治療を自分の判断で中断してしまうと、どのようなことが起こるのでしょうか?
まず、PKUの治療が行われない場合の影響について触れておきましょう。日本ではほとんどありませんが、新生児マススクリーニング検査で発見されなかったり、治療が行われなかったりした場合、赤ちゃんの成長に深刻な影響が出る可能性があります。具体的には、脳の発達が遅れたり、てんかんのような症状が現れたりすることがあります。また、尿が特徴的なにおいになったり、肌が白くなったり、髪の毛の色が抜けたり、湿疹ができたりすることもあります。
PKUの治療中断について、親元にいるお子さんの場合は、親御さんの見守りのもとで治療が行われているため、自分で判断して中断することは考えにくいと思います。ですので、ここでは主に成人の方が治療を中断した場合についてお話ししますね。
PKUでは、治療を中断したらすぐに何か劇的な変化が起こるというわけではありません。一方で、血中のフェニルアラニン(以下、Phe)値が高いまま放置すると、成人であっても徐々に神経系に影響が出始める可能性があります。例えば、注意散漫になったり、細かい作業がうまくできなくなったり、時にはうつ症状が現れたりすることがあります。これらの症状は一気に現れるのではなく、じわじわと少しずつ進行していきます。つまり、治療を中断してもすぐには目に見える変化がないかもしれませんが、長い目で見ると脳の機能に影響を与える可能性があるわけです。だからこそ、大人になってからも継続的に治療を受け、適切に管理し続けることが、脳への影響を最小限に抑え、長く健康でいるために大切というわけなのです。
治療を再開すると、中断により出ていた症状はまた治まるのでしょうか?
治療を再開することで、少なくとも「症状の悪化は止まる」と言われています。治療を再開してすぐに劇的な変化が起こるわけではありませんが、徐々に、集中力が向上したり、前よりいろいろ気が付くようになったり、不安感が軽減したりする可能性があります。これらはゆっくりとした変化なので、気づくのは難しいかもしれませんが、治療の効果は確実にあります。そのため、治療で血中Phe値を抑えることは常に重要だと言えます。
また、PKUの症状や治療再開への反応は個人差が大きいということも、知っておいていただきたいと思います。PKUの治療を中断している患者さんで、精神疾患を発症した症例が国内外で散見されます。このような場合、治療を再開してもすぐに症状が改善するわけではありませんが、時間をかけて状態が良くなっていく可能性があります。また、精神疾患に対する治療薬の量を減らせる可能性もあると考えています。
しばらく治療を中断しているが特に症状がないという場合でも、治療を再開すべきでしょうか?
治療の中断によって、はっきりと気付けるような症状がない場合、治療を再開するモチベーションが低下しがちですよね。気付いたとしても注意散漫になったり些細なミスが増えたりする程度で、学校生活や日常生活で特に困ることがないように感じられるかもしれません。しかし、長期的には大きな影響につながる可能性があります。
ですので、たとえ明確な症状がないように見える場合でも、治療を再開し、血中Phe値を適切な範囲内に保つことはとても大事なのです。
実際に、PKUの治療を中断する人が増えるタイミングとその理由を教えてください
PKUの治療中断が増えるタイミングとその理由には、いくつかの典型的なパターンがあります。
まず、思春期に入ると親の言うことをそれまでのように何でも聞くのではなく、自分の意見を主張できるようになります。そのため、治療を続けたくないという気持ちが強くなることがあります。
次に、親元を離れて一人暮らしを始める時期も要注意です。自分で身の回りの全てのことをやらなければならなくなり、特に食事の管理が難しくなることがあります。
また、食の楽しみを知ってしまうと、治療を続ける気持ちが弱くなることもあります。例えば、ラーメンのおいしさを知ってしまうと、食事制限を守るのが辛くなります。高校生や大学生になり、友達と外食する機会が増えると、さらに食事制限を守りにくくなります。
これとは別に、国の「医療費助成制度」が治療中断に大きく影響していた時期もありました。2015年に難病法が施行され、PKUが指定難病の対象疾病となる以前は、小児慢性特定疾患制度により、子どものうちは治療用ミルクなどの自己負担がありませんでした。しかし、20歳になると自己負担となるため、治療を中断してしまうケースが見られました。現在では、指定難病制度により継続して医療費助成を受けられるため、20歳を機に治療を中断するケースは減っていると思います。ただ、難病法施行前から中断し続けている方は結構おられるようです。
こうした理由から、特に19歳から20歳になる頃に、治療を中断してしまう人が多い印象です。これらの理由は、1つだけでなくいくつも重なっていることが多いです。また、人それぞれの生活や気持ちによっても、中断のきっかけは変わってきます。だからこそ、こうした時期には、私たち医療者やご家族をはじめとする周りの人が特によく気をつけて見守り、サポートすることが大切だと考えています。
治療を中断しないために、治療継続のモチベーションになるようなことは何かありますか?
治療継続のモチベーションにつながることは、女性と男性とで異なる部分があります。女性の場合、マターナルPKU(母体PKU、PKUのお母さんの妊娠中の状態による赤ちゃんへの影響)の問題があります。生まれて来る赤ちゃんの健康のために、妊娠する前に血中Phe値を下げておく必要があるため、これが大きなモチベーションになります。私は、女性の患者さんが中学生になる頃から、マターナルPKUの話をしています。そのため、妊娠可能年齢になると自然とモチベーションが上がり、血中Phe値を下げようと努力する方が多くいらっしゃいます。一方、男性の場合はモチベーションの維持が難しい面があります。そんな中で、やはり神経系への影響について理解してもらうことが重要だと考えています。
また、性別に関係なく、長年の食事療法に疲れや嫌気を感じている人も多い中、最近出てきた新しい治療法がモチベーション向上につながる可能性があります。例えば、新しい治療により食事制限が緩くなったり、ラーメンなども食べられるようになったりする可能性があることを患者さんたちに伝えると、みなさん興味を持ってくださいます。もちろん個人差はありますが、実際に多くの方で食事療法の負担が軽減される可能性があります。さらに、現在の新しい治療法は注射薬ですが、新しい飲み薬の治験も行われており、こうした話をお伝えすることも、モチベーション向上につながると考えています。つまり、「治療が楽になる」「食べられるものが増える」「新しい治療法が誕生する」といった、明るい未来の話が、治療を続けるためのモチベーションになっているのだなと思える場面があり、私もこうした点を大切に考えて、患者さんたちにお伝えしています。
治療を再開したいのにどこの病院へ行けばよいかわからない、昔かかっていた小児科は遠くて通えないなどの場合、まずどこにどのような相談をすれば良いでしょうか?
まずは、お近くのかかりつけ医、いわゆるファミリードクターに相談するという方法があります。かかりつけ医の先生に専門医への紹介状を書いてもらえれば、その後の受診がとてもスムーズになります。多くの場合、専門医がいる病院への受診には紹介状が必要ですし、紹介状があると待ち時間が短くなったり、診療がスムーズに進んだりします。これは患者さんにとっても私たち医療者にとっても重要なことです。
ただ、かかりつけ医がいない場合や、すぐに専門医に相談したい場合もあると思います。その時は、日本先天代謝異常学会のホームページを活用していただくこともできます。このホームページには、先天代謝異常を専門とする医師とその所属機関が掲載されています。先天代謝異常の専門医であれば、PKUの診療が可能、もしくは診療可能な医師につないでもらえるはずですので、学会もしくは学会ページに掲載の医師にご連絡をしていただければと思います。
実は、専門医へのコンタクトは紹介状がなくても可能なんです。専門医療機関は大学病院やこども病院が多く、紹介状なしで受診すると追加料金がかかることもありますが、専門医に直接連絡を取って受診の流れを確認すれば、スムーズに受診できるはずです。東京近辺にお住まいの方であれば、順天堂大学病院の私のところに直接ご連絡いただいても構いません。まずは電話やメールでご相談ください。
大切なのは、「いかにスムーズに専門医の診察を受けられるか」です。かかりつけ医からの紹介が一番良いと思いますが、それが難しい場合は専門医に直接相談するのも一つの方法です。

治療を再開するにあたり、治療費や食事管理などが不安な場合は、どこに相談をすれば良いでしょうか?
治療費に関してご不安なことは、自治体の難病相談支援センターや、受診されている病院に設置の相談室にご相談されるのが良いと思います。例えば当院では、医療福祉相談室で担当の医療ソーシャルワーカーが治療費を含めた各種のご相談に乗っています。
食事管理に関する不安については、やはりまず主治医(専門医)に相談をされるのが良いと思います。主治医の指示で、管理栄養士に栄養指導を受けるのが一般的ですが、今後、新しい治療で食事管理もだんだん不要になってくると良いなと期待しています。
治療の中断によるリスクは、新生児マススクリーニング検査の対象となっている、他のアミノ酸代謝異常症でも同様に当てはまるのでしょうか?中でもPKUに特有のことはありますか?
疾患それぞれに特徴があり、治療をしない/中断したときのリスクは同様ではなく、さまざまです。PKUに特有のリスクは、特に成人においてはやはり「治療中断で何かすぐ大きな変化が起こるわけではない」ということです。治療を中断しても、すぐに気付くような変化が起こるわけではなく、じわじわと神経症状が進んでくるので、治療の再開を重要視しづらいというところだと思います。
PKU当事者からの質問
血中Phe値がどれくらいの値でどれくらいの期間維持されると「不可逆な」ダメージを負ってしまうのでしょうか?
患者さんの中には「今からまた治療をしても、もう遅いのではないか」と心配される方もいらっしゃるでしょう。でも、そんなことはありません。PKUにおいて、不可逆的なダメージというのは、実際には無いと私は考えています。どの年齢でも、血中Phe値を下げていけば、症状は改善する可能性があるんです。ですから、「ここまで値が上がったらもうダメ」というような明確な境界線はありません。ただし、治療を中断している期間が長くなればなるほど、元の状態に完全に戻るのは難しくなるかもしれません。でも、改善すること自体は、どの時点でも、どんなに長く治療から離れていても起こり得るんです。そういうわけで、治療を中断されている方は今の時点から治療を再開し、Phe値を一定以下に保つことがとても重要なんですよ。
治療を中断していたせいか物忘れがひどいです。再開しても続けられるか不安です。何かアドバイスをお願いします
治療中断により物忘れがひどくなるというのは、確かにあり得る話です。物忘れでいろいろ心配という方の場合、身近に協力してくれる人がいると非常に助かるのではないかなと思います。いわば「伴走者」のような存在ですね。誰かが一緒にいてくれれば、例えば、「明日は注射を打ちに病院へ行く日だね」と声をかけてもらえたりしますし、何かあったときにもいろいろ頼れるのではないかと思います。
一人暮らしの方の場合は、ITツールを活用するのも一つの方法です。例えば、スマートフォンのリマインダー機能を使って、治療のタイミングをお知らせするようにセットしておくこともできます。また、PKUの治療用に作られたカレンダーやアプリなどもあるようです。これらを利用して、治療のスケジュールを管理しておくと、安心につながりますよね。
とにかく、ご自分一人で抱え込まず、できるだけ周りの助けを借りながら、「治療を続けていく」ことが大事です。治療の再開で物忘れが改善してくれば、不安に思っていたことも少しずつ解消されてくるのではないかなと思います。
最後に先生から遺伝性疾患プラスの読者に一言お願いします
PKUの患者さんたちに、まず覚えていて欲しいのは、「治療を始めるのに遅すぎるなんてことは決してない」ということです。今は昔と違って、栄養療法以外にも治療法があります。さらに新しい治療法も開発されてきています。そして繰り返しになりますが、治療を始めるのに遅すぎるということはありません。ですので特に、大人になって治療から離れてしまったPKU患者さんたちにお願いしたいのですが、ぜひもう一度、専門医のところへ足を運んでみてください。そして、治療を受けてください。PKUの治療を再開することによって、症状が改善すると、毎日の生活が楽になったり、より豊かな人生につながったりする可能性があると私は思っています。みなさんぜひ、前向きに治療に取り組んでいただければと思います。
PKUの治療中断による症状の現れ方も、治療再開による改善の仕方も、どちらも短期的には気づけないくらいゆっくりした、じわじわとした変化であるとわかりました。親元を離れ、友だちと外食をする機会が増えてくる時期などに、厳しい食事療法をやめてしまう方もおられます。しかし、新しい治療により、将来的に食事制限がなくなり、ラーメンでも唐揚げでも好きに食べられるようになる可能性も十分にありそうです。また、今さら治療を再開してももう遅い、というようなことは決してなく、いつからでも治療をすればその効果はきちんと得られるとのこと。村山先生がおっしゃった「より豊かな人生」のために、治療を中断している方にはぜひ、今日この記事を読んだことをきっかけに専門医へアクセスし、治療再開していただければと思っています。また、編集部ではこれからも、PKUの新薬情報などがあればニュースなどで発信していきます。(遺伝性疾患プラス編集部)