「神経線維腫症I型」の治療最前線~開発中の新薬の詳細や新しい治療の可能性は?

遺伝性疾患プラス編集部

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2020年7月に、遺伝性疾患プラスで「神経線維腫症I型(レックリングハウゼン病)の新薬「セルメチニブ」が、日本における希少疾病用医薬品指定※1を取得した」、というニュース※2を紹介したところ、お問合せフォームやSNSを介して、神経線維腫症I型患者さんたちから、いくつもの質問が寄せられました。そこで今回、遺伝性疾患プラスの読者である患者さんたちの声にお答えするため、神経線維腫症I型をご専門として長年にわたり多くの患者さんを診療しておられる、東京慈恵会医科大学附属第三病院皮膚科診療部長の太田有史先生に、いろいろとお話をうかがってきました。

※1厚生労働省が、患者数5万人未満で重篤な疾病の治療を目的とした医薬品に対して指定するもので、開発支援の対象となります。

※2当該ニュースは、この記事の最後の「関連リンク」から閲覧できます。

東京慈恵会医科大学附属第三病院皮膚科 診療部長 太田有史先生

神経線維腫症I型と、その最新治療

神経線維腫症I型とは、どのような病気ですか?

神経線維腫症I型にはたくさんの症候があるのですが、代表的な症候としては、まず、生まれて間もなく「カフェ・オ・レ斑」という、ミルクコーヒー色のしみのようなものが皮膚に現れます。その後、3歳くらいが多いのですが、1歳以降に、「雀卵斑様色素斑(じゃくらんはんようしきそはん)」というものが現れます。雀卵斑というのは、そばかすのことなんですが、そばかすは、日に当たる部分に出来ますよね?雀卵斑「様」というのは、雀卵斑と似て非なるもの、という意味で、見かけは似ているのですが、わきの下や足の付け根など、日に当たりにくい部分にもできます。ですので、そばかすとは、できる仕組みが違うわけです。なぜこれができるのかは、まだ解明されていません。

太田先生は、年間何人くらいの神経線維腫症I型患者さんを診療されているのですか?

当院には、神経線維腫症I型の専門外来があり、とても多くの患者さんを診ています。クリニックなど、一般の皮膚科に年に100人も神経線維腫症I型の患者さんが来ることはまずありませんが、当院は、もう一桁多く、年間1,000人くらいの神経線維腫症I型患者さんを診療しています。

神経線維腫症I型と診断された人が100人いたら、大体60人は、日常なんら問題なく生活を送っています。残りのうち20人は、1年に1回当院のような専門的な医療機関に来院して、手のひらや目立つところの神経線維腫を取っていくなどします。あとの20人は、専門的な医療機関と密接な関わりを持って生活をする必要がある人たちです。

外見で悩まれている患者さんが多いとうかがいますが、実際に診療の場では、どのような相談を受けることが多いですか?

カフェ・オ・レ斑は、うまれて間もなく見つかる代表的な症候ですが、これに関しては気にしないご両親も割とおられるようで、この段階ですぐ当院の専門外来に相談をしにくる人はそれほど多くありません。そのままお子さんが2、3歳になって、雀卵斑様色素斑が現れ、それらの症状をインターネットで調べてこの病気にたどり着き、さらにインターネットで出回っている臨床症状の写真を見つけ、びっくりして「うちの子も、こんなふうになってしまうんでしょうか!?」と、聞きにくる方が割合多いように思います。ちなみに、インターネットで出回っている写真は、100人に1人いるかいないかくらいの、症状が「見た目」的にかなり顕著な人の例です。そういうわけで、小さいお子さんについては、「将来どうなってしまうのか」「何に気を付けて生活していったらよいか」、といった相談が多くあります。

思春期になると、背骨が曲がるなど、骨の症状が現れる方がいます。皮膚にしみのようなものもあるため、インターネットで調べて神経線維腫症I型かなと気づき、当院に相談にいらっしゃるような患者さんもいます。最初は私が皮膚科で診ますが、その後、背骨の問題に関しては、整形外科の脊椎班の先生に診ていただくようにしています。脊椎後側弯症の患者さんは20%くらいいますが、手術治療が必要となるのは、ひとにぎりの方のみです。

成人になっても、神経線維腫は、ある一定の割合で増えていくのですが、この頃になると多くの患者さんたちは、この病気とのつきあいに慣れているように見えます。

外見に関して悩んでいるかは人それぞれで、患者さんたちの意見を聞くと、もちろん外見を気にして神経線維腫を取って欲しいという方もおられますが、「自分の体の一部」とみなしている方が多いですね。「神経線維腫を取ることによって、リスクがあるなら取らなくても良い」と言っている方が、多くいます。

とはいえ、ご本人たちは慣れていても、周りの人たちがこの病気を知らないことが原因で、やりたいことを諦めざるを得なかったといった悩みを聞いたこともあります。ある患者さんは、銭湯に行くのが好きだったのですが、この方は、皮膚の症状がわりと顕著な方だったんですね。そのために、うつる病気と誤解されて、「うちの銭湯に来ないでください」と言われてしまった、と残念がっていました。当院では、全身麻酔下で、一度に100個くらいのたくさんの神経線維腫を取る手術を行っているのですが、この患者さんは、その手術を選択して多くの神経線維腫を取り除きました。その後、また銭湯に行かれたそうですよ。

神経線維腫症I型に関する正しい情報をインターネットで探したいと思った場合、どのようなサイトを参考にしたら良いでしょうか?

神経線維腫症I型に関して、ネットで情報を集めることは、実は患者さんにあまりお勧めしていないんです。その理由は、インターネットでこの病気の画像検索をすると、顔や体いっぱいに神経線維腫ができているような、まれにみられる非常に顕著な例が、たくさん引っかかってくるからです。こうした写真をインターネットで見つけて当院に来られ、診察で「うちの子はこんなになっちゃうんですか」と泣いてしまわれる方もいます。そんな写真を見ても、決して気持ちが楽になるわけではなく、悩みが増えるだけです。

難病情報センターのサイトなどには、比較的やさしい言葉で正しいことが書かれていますが、それでも病気の解説を読んで理解するというのは難しくて苦労しますよね。一番近道で正しい理解につながるのは、インターネットではなく、主治医からの情報です。ぜひ、主治医の先生からの情報を第一に考えてください。

「ネットの写真を見てあれこれ悩むのではなく、主治医から正しい情報を得てください」(太田先生)
神経線維腫症I型と、他の遺伝性疾患との関連性はありますか?

一例報告(1人の患者さんについての詳細な論文報告)では、他の遺伝性疾患と合併したという例をいくつか見たことがあります。神経線維腫症I型は、常染色体優性遺伝という形式で代々受け継がれていく病気ですが、合併した病気も、例えば、単純型表皮水疱症や多発性のう胞腎など、常染色体優性遺伝であることが多いです。

あと、神経線維腫症I型は、全出生平等に、3,000~3,500出生に1人の割合で発症するのですが、そのうちの半数は、親からの遺伝ではなく、新たに遺伝子変異が起こって発症しています。そういうわけで、少数ではありますが、もともと他の遺伝性疾患をもつ親から引き継いだ病気に加え、偶然、新たに神経線維腫症I型を合併する可能性もあります。

神経線維腫症I型の遺伝子治療など、新しい治療の開発は進んでいますか?

神経線維腫症I型に対する遺伝子治療の開発は、今のところほとんど進んでいません。ただ、タンパク質レベルで、どのような仕組みで病気が発症するのかは、よく研究され、だいぶ解明されてきています。今後、もし、体内で悪さをしている物質がピンポイントで見つかったら、その物質を抑える薬の開発につながるでしょう。あるいは、遺伝子のレベルでその物質が体内で作られるのを抑える方法、つまり、遺伝子治療も開発されていくかもしれません。

ネズミの実験レベルでは、神経線維腫症I型の治療薬候補を探す研究は、世界中で盛んにおこなわれています。先日参加した日本レックリングハウゼン病学会でも、多くの研究発表がありました。もう少し時間がかかるかもしれませんが、そこから今後、新薬の候補として、ヒトの臨床試験に入るものもいくつか出てくるかもしれません。

海外で行われている神経線維腫症I型の治験の状況を教えてください

米国国立衛生研究所の米国国立医学図書館が運営している「ClinicalTrials.gov」というサイトを見ると、海外で100を超える神経線維腫症I型の臨床試験が行われていることがわかります。全て薬の治験というわけではありませんが、新薬開発に向けての治験も多くあります。

治験は、ネズミなどの動物で効果が得られる薬が見つかったから、ヒトにも効くか調べましょう、という流れで始まるわけですが、ほとんどの薬は、ネズミでは良く効いたのにヒトで試してみたら効かない、というのが現状です。例えば、過去に、理論的に神経線維腫症I型に対する効果が期待できた「イマチニブ」という薬を、まずネズミで試したらクリアな効果が確認されたので、ある子どもの患者さんに投与したら、神経線維腫が小さくなったという論文が出たんです。しかしこの論文は、一例報告だったんです。この論文発表をきっかけに、世界中で神経線維腫症I型に対し、イマチニブの投与が試され始めたのですが、結局、この論文のような効果が得られたという例は、まだその後報告されていません。

一方、こうした治験の成果のひとつとして、セルメチニブ※3がヒトに効果のある薬として、登場したわけです。

※3セルメチニブは、米国では承認されていますが、まだ日本では承認されていません(2020年8月時点)

開発中の新薬「セルメチニブ」について

セルメチニブが日本の希少疾病用医薬品指定を取得しましたが、これから日本でどのように開発が進んでいくのでしょうか?

この秋から日本で、小児の神経線維腫症I型患者さんを対象として、セルメチニブの副作用や効果を確かめる臨床試験が行われる予定です。

この薬について、海外で小児の患者さんを対象に行われた臨床試験結果が論文報告されていますが、これによると、神経線維腫の体積(大きさ)が20%以上減った患者さんが70%以上、しかも、体積が20%以上増加した患者さんは0%という結果でした。いま、全世界で臨床試験が続いているわけですが、日本でも、効果が期待されています。

セルメチニブはどのような仕組みではたらく薬ですか?

神経線維腫症1型の原因遺伝子は、「NF1遺伝子」です。NF1遺伝子は、ニューロフィブロミンというタンパク質の設計図となる遺伝子です。ニューロフィブロミンは、RAS(ラス)と呼ばれる、細胞増殖などに関わるタンパク質の働きを、必要のない時には抑える役割を果たしています。NF1遺伝子に変異が入り、正しく働けるニューロフィブロミンが細胞の中で圧倒的に少なくなると、RASは必要のない時でも常に活性化されている状態になり、その影響で細胞がどんどん増殖するようになります。これが、この病気の仕組みです。そして、セルメチニブは、活性化したRASから細胞増殖に至るまでの過程で重要な働きをする、MEKというタンパク質を阻害することにより、細胞増殖を抑える狙いの薬です。

細胞増殖を抑える薬とのことですが、抗がん剤のような強い副作用があるのでしょうか?

セルメチニブについて、抗がん剤のような強い副作用は報告されていません。吐き気や下痢などの消化器症状が出る人が数%いますが、服薬を中止するとすぐに治るとされています。また、抗がん剤の代表的な副作用の1つである、爪郭炎(そうかくえん、爪の付け根の炎症)は起こるようです。爪の付け根は細胞増殖が盛んな部分なので、それが関係していそうです。毛穴のところで起こる、にきび様発疹も報告されていますが、これも毛の細胞の増殖が活発なことに関係があるのかもしれません。しかし、髪の毛が抜けるという話は聞きませんね。

日本人に対する具体的な副作用は、これから行われる試験で明らかになるでしょう。副作用が出てしまった人も、この薬が全く使えないわけではなくて、量を減らして副作用が軽減されれば、その量で治療を続けることになります。

小児が対象とのことですが、大人への効果はどうなのでしょうか?

大人への効果は、いま、米国を中心として臨床試験が行われているところです。昨年の国際学会で発表された中間報告によると、小児より若干成績が落ちる可能性があるようですが、効果は認められているそうです。はっきりしたことは、最終報告で明らかになるでしょう。

「これから行われる臨床試験で、副作用や長期的な効果など、いろいろわかってきます」(太田先生)
「叢状神経線維腫」に対して、治験で効果が認められたとのことですが、これはどのようなタイプの腫瘍ですか?

比較的太い神経にできる腫瘍です。皮膚や皮下の浅いところにある神経線維腫は比較的柔らかいのですが、叢状神経線維腫は、それよりも体の内側にでき、触るとごつごつしています。皮膚の神経線維腫も、叢状神経線維腫も、病理組織を見ると、構成する細胞たちは、どちらもほとんど同じですが、叢状神経線維腫の方が、細胞を取り巻くムチンという物質が多く、細胞同士が離れています。MRIで撮影すると、神経線維腫が数珠状にぼこぼことでき、それが折れ曲がって塊となっている様子がハッキリとわかります。

叢状神経線維腫以外の、神経線維腫症I型における腫瘍にも効果が望めるのでしょうか?

「皮膚の神経線維腫に対しての効果はどうなのだろう?」と思う人は、大勢いると思います。昨年の国際学会で、それに関しての発表もありました。それは、3か月という短い期間でのデータでしたが、今のところ「腫瘍の数は減らなかったが、大きさは縮小した」、という結果でした。今後、長期間の試験が終わると、もっと細かいことが判明してくると思います。先ほどお話ししたように、皮膚の神経線維腫も、叢状神経線維腫も、ほとんど同じ細胞で構成されているので、皮膚に対しても効くと期待されているわけです。

この薬を飲み続ければ、新しい腫瘍はもうできないのでしょうか?

それは、長期試験の結果でわかると思います。セルメチニブの臨床試験は、まだ始まって短期間なので、新しい腫瘍に関するデータは、今のところ得られていないのです。しかし、これから私たちが臨床試験を進めていくことで、それは明らかになってきます。ただ、あくまでも今回私たちが行う臨床試験の目的は、「叢状神経線維腫の大きさが小さくなるか」です。その目的を調べる過程で、その他のこととして、一緒にわかってくるでしょう。

最後に、太田先生から神経線維腫症I型患者さんとそのご家族にメッセージをお願いいたします

やっと、神経線維腫症I型の治療薬が、世の中に出てきそうです。これまでに私は、多くのNF1患者さんを診療する機会に恵まれました。その機会をないがしろにせず、やっと出てきた治療薬を大切に、世に送り出したいと思っています。患者さんは、この症候にも効きますか、あの症候にも効きますか、と、いろいろな症候について質問したいのだと思います。しかし、セルメチニブは、今のところ、あくまで叢状神経線維腫だけを対象とした薬だと思うようにしておいてください。いずれ、他の症候にも効く薬剤が出てくる期待は持てると思います。なぜなら、現に他の病気で、病気の原因となるタンパク質に対して決定的に効く薬、つまり、どの症候にも効く薬が出てきているんです。神経線維腫症I型についても、いずれそのような薬が見つかるまで、焦らずゆっくり病気と向き合っていただければ幸いかなと思います。

 


セルメチニブが日本で承認される日は、確実に近づいているようです。また、世界中で新薬の研究や開発が進められており、将来的にはいろいろな症候に効く薬ができる可能性もあるということがわかりました。

太田先生は、診療時間が終了してもまだ大勢待つ患者さんたち全員を診療した後、続けてすぐに取材に応じてくださったにも関わらず、お疲れの素振りを一切見せず、始終ユーモアを交えながら、1つひとつわかりやすく丁寧に、質問に答えてくださいました。太田先生のお人柄は、先生の診療を待つ患者さんの多さにも関係しているに違いないと思えるほど、本当に魅力的でした。(遺伝性疾患プラス編集部)

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太田有史先生

太田有史先生

東京慈恵会医科大学附属第三病院皮膚科診療部長、兼、同大皮膚科学講座 特任教授。医学博士。1982年に東京慈恵会医科大学を卒業後、東京慈恵会医科大学皮膚科学教室助手に着任。カナダアルバータ大学皮膚科、米国ユタ大学分子遺伝学講座へ留学後、東京慈恵会医科大学皮膚科学講座講師、准教授、東京慈恵会医科大学葛飾医療センター皮膚科診療部長を経て、2020年4月より現職。専門は「母斑症」。日本皮膚科学会認定皮膚科専門医。