鎌状赤血球症、遺伝子治療の際に問題になっていた不妊症を防ぐ方法を開発

遺伝性疾患プラス編集部

POINT

  1. 造血幹細胞遺伝子治療の課題として、前処置による不妊症リスクがある
  2. 前処理に新たな薬剤「CD117-ADC」を用いることで、動物モデルの妊孕性温存を確認
  3. 遺伝子導入した正常な造血幹細胞の生着と導入遺伝子の体内での発現も確認

赤血球が酸素を運ぶために必要な「ヘモグロビン」に異常、鎌状赤血球症

米国国立衛生研究所(NIH)は、鎌状赤血球症やその他の遺伝性血液疾患に対して遺伝子治療を行う際に、妊孕性を温存できる新しい手技を開発したと発表しました。

鎌状赤血球症は、赤血球が酸素を体全体に運ぶためのタンパク質「ヘモグロビン」に異常が見られる遺伝性疾患。ヘモグロビンの中でも「β-グロビン」に関わる遺伝子の変異によって、生じます。血流障害に伴う手足の激しい疼痛、感染症などの急性症状、発育遅延、腎機能障害などの慢性症状が現れます。日本では、小児慢性特定疾病の対象疾患です。

鎌状赤血球症の新たな治療法として、造血幹細胞遺伝子治療の開発が進んでおり、英国MHRAや米国食品医薬品局(FDA)では、既に承認されたものもあります。一方、この治療で行われる骨髄/造血幹細胞移植に関するリスクの高い副作用として、不妊症が指摘されています。そのため、妊娠・出産可能な年齢の患者さんでは治療を選択することが難しい状況です。

遺伝子治療の前処置に新しい薬剤を用いたサルで不妊症リスク低下を確認

造血幹細胞遺伝子治療では、体外で遺伝子導入して正常化した造血幹細胞を体内に移植して戻しますが、この移植の際、体に病気の造血幹細胞が残らないよう除去し、正常な造血幹細胞を生着させるために、「コンディショニング」と呼ばれる前処置が行われます。しかし、この事前処置が、不妊症につながると指摘されています。

今回の研究では、コンディショニングに用いる薬剤として、骨髄内の造血幹細胞のみを標的とする抗体薬物複合体「CD117-ADC」を用いた場合、この副作用を解消できるかどうか、アカゲザルのモデルを用いて検証が行われました。

検証の結果、コンディショニングにCD117-ADCを用いた場合、アカゲザルは雌と雄どちらも生殖能力が維持されました。すなわち、ヒトでコンディショニングに用いられている従来の薬剤(造血幹細胞移植前治療薬ブスルファン)と比べて、CD117-ADCは他の臓器への損傷が少なく、女性の卵巣不全や男性の精子形成不全などの不妊症を引き起こす可能性が低いことが明らかになりました。

合併症の軽減が期待される「胎児ヘモグロビン」遺伝子治療

コンディショニングでCD117-ADCを使用した場合も、遺伝子導入した正常な造血幹細胞が移植後に体内で生着することが確認され、さらに、導入遺伝子から「胎児ヘモグロビン」が発現し、体内で増加していることも確認されました。

胎児ヘモグロビンは、お母さんのおなかの中にいる胎児期につくられるヘモグロビンです。生後少しずつ減少していき、代わりに成人ヘモグロビンが増加します。鎌状赤血球症の成人患者さんに、胎児ヘモグロビンを投与すると、合併症の軽減につながることがわかっており、この遺伝子治療法により、胎児ヘモグロビンを体内で再活性化・増加させることで、合併症の軽減につながると期待されます。(遺伝性疾患プラス編集部)

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