どのような病気?
モワット・ウィルソン症候群は、特徴的な顔立ち、知的障害、発達の遅れ、ヒルシュスプルング病と呼ばれる腸の疾患、てんかん発作、その他、脳・心臓・尿路・生殖器などの先天性異常など、体のさまざまな部分に症状が見られる遺伝性疾患です。1998年にモワット氏とウィルソン氏によって報告されたことからこの病気の名前がつけられました。
この病気を持つ人に見られる顔立ちの特徴としては、四角い顔、大きく広がった眉毛、眉毛の内側が濃い、深くくぼんだ目、間隔が広い目、広い鼻梁(びりょう、はなすじのこと)、丸い鼻先、突き出た顎、真ん中にくぼみのある上向きの耳たぶなどがあります。これらの顔の特徴は、成長するにつれてはっきりとしてきて、成人になる頃には、眉毛が太く、顎と下顎が顕著な、細長い顔になるとされています。性格は、友好的で明るい気質であることが多く、口を開けて笑っていることが多い傾向があります。
また、この病気では、頭が異常に小さい(小頭症)ことや、脳の構造異常(脳梁の形成不全や無形成症など)が見られるほか、中度から重度の知的障害が見られる場合が多くあります。言葉については、発話ができない、もしくは障害があり数語しか話せない場合があります。発話の能力が発達しても小児期の中期以降まで遅れが見られることが多いとされます。多くの場合、他人の言葉を理解することはでき、手話を使って意思を伝えることができる場合もあります。その他の発達については、この病気の子どもは、座る、立つ、歩くなどの運動能力の発達が遅れることも多いとされます。
さらに、モワット・ウィルソン症候群では、半数以上でヒルシュスプルング病と呼ばれる腸の疾患が認められます。ヒルシュスプルング病は、先天性巨大結腸症とも呼ばれ、消化管を動かす蠕動(ぜんどう)に必要な神経細胞の欠如によって、欠如した部分の消化管で腸閉塞をきたす病気です。重度の便秘、腸閉塞、結腸肥大などを引き起こします。モワット・ウィルソン症候群では、ヒルシュスプルング病と診断されていない場合でも、慢性便秘が見られることがあります。
その他の症状として、低身長、てんかん発作、先天性心疾患(肺動脈、肺弁の異常など)、尿路や生殖器の異常(停留精巣、尿道下裂など)、まれに目・歯・手・皮膚の色素沈着、などがあります。
モワット・ウィルソン症候群ではさまざまな症状が引き起こされる可能性がありますが、全ての人でこれらの症状が見られるわけではなく、個人によってさまざまです。先天性心疾患などに対する適切な治療がなされれば生命予後は比較的良好であるとされていますが、平均寿命はわかっていません。
モワット・ウィルソン症候群で見られる症状 |
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良く見られる症状 小頭症、長い顔、水平な眉、広い眉、深くくぼんだ目、左右の間隔が広い目(両眼隔離)、眼角開離、低く垂れ下がった鼻柱(びちゅう、両側の鼻の穴を仕切っている部分のこと)、広い鼻柱、平らな鼻先、突出した鼻先、広い鼻堤(びてい、鼻の根元から鼻先まで伸びる真ん中の突出部分)、後方に回転した耳、上向きの耳たぶ、開いた口、下唇が厚い、外側に向いた下唇、とがった顎、下顎前突症、鳩胸(胸部が高く突き出ている)、漏斗胸(胸郭がへこんでいる)、屈指症、合指症、手の尺側偏位(手指が小指側に曲がる)、外反膝、つま先が長い、幅の広い足の親指、外反母趾、扁平足、骨の成熟の遅れ、屈曲拘縮、脊柱側弯症、脳梁欠損症、脳梁低形成、動脈管開存症(どうみゃくかんかいぞんしょう、大動脈と肺動脈が出生後もつながっている)、心臓中隔の異常、心臓の形態異常、ヒルシュスプルング病、停留精巣、尿道下裂(尿道の開口部が陰茎の先ではなく下側にある)、開脚歩行(両足を開きながら歩く)、歩行能力の遅れ、微細運動(手先の器用さなど)の発達遅延、中枢神経系の異常、低身長、体重減少、便失禁、尿失禁、斜視、再発性の中耳炎、てんかん発作、表現性失語症(言葉を理解しているが表現できない)、成長遅延、幸せな性格や態度、痛覚障害、中程度の知的障害、重度の知的障害、常同行動(同じ動きを繰り返す行動)、神経発達の遅れ、睡眠障害 |
しばしば見られる症状 親指の内転、先細り指、外反踵足(足が外側にねじれるように変形する)、歯の形態異常、歯の萌出遅延、歯の密生(重なり合って歯がはえる)、歯の間隔が広い、歯の位置異常、歯肉の過形成、目の異常、乱視、白内障、Axenfeld異常(目の虹彩と角膜の接合部に見られる異常)、虹彩のコロボーマ(虹彩の一部に欠損が見られる)、網膜コロボーマ(網膜欠損)、近視、眼振、伝音性難聴(音を伝える経路の障害による難聴)、小眼球症、大脳白質の形態異常、限局性皮質異形成、限局性大脳白質病変、大脳基底核の増大、脳室拡大、脳室周囲異所形成、多小脳回(小脳の形態異常)、海馬の形態異常、小脳虫部の無形成、小脳虫部の低形成、小脳肥大、大動脈弁狭窄症、大動脈二尖弁、大動脈狭窄症、肺動脈狭窄、ファロー四徴症、幽門狭窄、消化管運動障害、嘔吐、無脾症、腸炎、水腎症、腎臓の異常、骨盤腎(腎臓が骨盤内の異常な位置にある)、多嚢胞性異形成腎、腎臓の重複、膀胱尿管逆流、運動失調症、歩行不能、筋緊張低下、非定型欠神発作(数十秒間にわたり意識がなくなる発作)、焦点起始発作(大脳の片側の一部から始まる発作)、てんかん重積状態、痙縮(けいしゅく)、歯ぎしり、便秘、静脈栄養から離脱できない、発達退行、不安、社会的交流の障害、再発性感染症 |
まれに見られる症状 頭蓋骨の前部が非対称な形態、二分口蓋垂、硬口蓋(こうこうがい)裂、口蓋裂、軟口蓋と硬口蓋の粘膜下裂、気管狭窄、肺動脈スリング、陰茎索、小陰茎、翼状陰茎(陰茎から陰嚢まで腹側の皮膚が伸びている)、二分陰嚢、陰嚢水腫(いんのうすいしゅ)、膣中隔、感音性難聴、嚥下障害、希発月経、再発性骨折 |
モワット・ウィルソン症候群の発症頻度は5万~7万人に1人と推定され、国内の患者さんの数は全国で100人未満と推定されています。男女とも発症し、頻度はほぼ同数ですが、やや男性に多い傾向があるとされています。
モワット・ウィルソン症候群は、指定難病対象疾病(指定難病178)および、モワット・ウィルソン(Mowat-Wilson)症候群として小児慢性特定疾病の対象疾患となっています。
何の遺伝子が原因となるの?
モワット・ウィルソン症候群は、2番染色体の2q22.3領域にあるZEB2遺伝子の変異によって引き起こされます。ZEB2遺伝子は、特定の遺伝子のはたらきを制御する転写因子の機能を持つZEB2(別名:ZFHX1B、SIP1)と呼ばれるタンパク質の設計図となります。ZEB2は、出生前、受精後すぐの「胚」と呼ばれる状態の時期に多くの種類の細胞で活性化しており、さまざまな臓器や組織の形成に重要な役割を果たすと考えられています。
このZEB2遺伝子の変異や欠損などにより、機能するZEB2タンパク質が不足し、臓器や組織の正常な発達が妨げられることで、モワット・ウィルソン症候群のさまざまな症状が引き起こされると考えられています。
モワット・ウィルソン症候群でこれまでに報告されている人の多くは、親からの遺伝ではなく孤発例で、卵子と精子が形成されるときにランダムに起こる変異などが原因です。そのため、第1子がモワット・ウィルソン症候群である場合に、第2子もモワット・ウィルソン症候群となることはまれです。
この病気が遺伝する場合、この病気は常染色体優性(顕性)遺伝形式で遺伝します。両親のどちらかがモワット・ウィルソン症候群の場合、子どもがモワット・ウィルソン症候群を発症する確率は50%です。
どのように診断されるの?
モワット・ウィルソン症候群の診断基準は以下のように定められています。
A.症状
Major Criteria(主症状)
1. 重度(中等度)精神運動発達遅滞(必須)
2. 特徴的な顔立ち(必須):下記の3項目の内の2項目以上
ア)特徴的耳介形態(前向きに持ち上がった耳たぶ。中央が陥凹した耳たぶ)
イ)特徴的眼周囲所見(眼間開離、内側が濃い眉毛)
ウ)特徴的頭部形態(細長い顔、尖ったあご、目立つ鼻柱)
3. 小頭症
Minor Criteria(副次的症状)
1. 巨大結腸症(ヒルシュスプルング病)、難治性便秘
2. 細長い手指と四肢
3. 成長障害
4. 脳梁形成異常
5. 先天性心疾患
6. てんかん
7. 腎泌尿器奇形
参考所見
1. 中耳炎
2. 側弯症
B.検査所見
1. 血液・生化学的検査所見:異常なし。
2. 画像検査所見:脳MRIで約半数の患者に脳梁の形成異常が見られる
3. 生理学的所見:報告なし
4. 病理所見:報告なし
5. 知能検査(IQ、DQ):重度あるいは中等度の知的障害
C. 鑑別診断
以下の疾患を鑑別する。
1)ゴールドバーグ・シュプリンツェン巨大結腸(Goldberg-Shprintzen megacolon)症候群:常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の疾患であり、病因遺伝子は10q22.1に局在するKIAA1279遺伝子である。
2)アンジェルマン(Angelman)症候群、1p36欠失症候群、ルビンシュタイン・テイビ(Rubinstein-Taybi)症候群:これらの疾患は、精神遅滞が重度で言葉がなく、下顎が目立ち、歩容(不安定な歩き方)の点でモワット・ウィルソン症候群に類似している。しかし、モワット・ウィルソン症候群とは特徴的な顔立ちの有無で容易に鑑別できる。
D. 遺伝学的検査
片方のZEB2(別名、ZFHX1B、SIP1)遺伝子に機能消失性変異(欠失、ナンセンス変異、フレームシフト変異)が同定されれば、確定診断とする。
<診断のカテゴリー>
Major Criteriaのうち3項目、あるいは、Major Criteriaのうち2項目とMinor Criteria3項目以上を満たし、Cを除外し、Dを満たす場合に診断確定となります。
Major Criteriaのうち3項目、あるいは、Major Criteriaのうち2項目とMinor Criteria3項目以上を満たし、Cを除外した場合にはこの病気の可能性ありとなります。
どのような治療が行われるの?
モワット・ウィルソン症候群において根本的な治療法はまだ確立されていません。そのため、症状に合わせた対症療法が中心となります。
先天性心疾患、ヒルシュスプルング病、尿道下裂などには外科的な治療が行われます。てんかん発作にはバルプロ酸ナトリウム(VPA)が有効な場合が多いとされますが、約25%で難治性てんかんが見られます。その他には、発達に合わせてリハビリや療育が行われ、身振りや指さしでのコミュニケーションが向上する場合もあるとされます。
どこで検査や治療が受けられるの?
日本でモワット・ウィルソン症候群の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。
※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。
患者会について
難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。