脊髄の運動神経細胞に障がいが起こり、体幹や手足の筋力低下、筋委縮の症状が生じる、進行性の遺伝性疾患「脊髄性筋萎縮症(以下、SMA)」。SMAの主な原因として、SMN1遺伝子の変異(欠失を含む)があります。今回お話を伺ったのは、「SMAの中でも原因となる遺伝子が不明な、まれなケース」と医師から説明を受けている当事者・戸村愛さんです。
戸村さんは、生まれつき「弛緩性まひによる両上下肢機能障害」と診断を受け、車いすユーザーとして生活してきました。そこから、2019年の6月にSMAと診断を受けることとなります。ご自身が「進行性の疾患」だと知り、ショックを受けたと言う戸村さん。しかし、「今できることをしよう」と考え、SNSを通じてSMAに関わる発信を始めました。
ご自身が、SMAの中でも、さらにまれなケースであることから、情報を得ることで苦労した経験をお持ちの戸村さん。そのため、SMA当事者として病気に関わる発信はもちろん、日常生活や恋愛のことなど、ありのままの情報をSNSで発信し続けています。その背景には、当事者を含めた多くの方々に「SMAのことを知って欲しい」という強い想いがありました。
今回は、戸村さんにSMAの診断に至るまでのお話や情報発信について、また、最近婚約されたパートナーのことなども、詳しくお話を伺いました。
既存の治療法の効果が期待できない、まれなSMAとは?
SMAの診断に至った経緯について、教えてください。
2019年4月頃、電動車いすを新しくするため、補装具給付の判定医の診察を受けました。診察時、医師に「以前から、寝起きの動悸や頭痛に悩まされている」と相談したところ、「呼吸器不全になっている可能性が高い」とのことで、国立精神・神経医療研究センター(NCNP)へ紹介状を書いて頂きました。
そこから、3週間ほどNCNPで検査入院し、遺伝子検査、筋電図、採血、肺機能検査、飲み込みの検査などを受けました。その結果、SMAの原因となる遺伝子に変異は見られないものの、側弯(背骨の曲がり)や呼吸器障害などの症状から、SMA II型と診断を受けました。医師は、メモ書きなども見せてくれながら説明してくれましたが、専門用語が多く、詳細についての理解は難しかったことを覚えています。ただ、自分の場合、現在のSMA治療による効果が期待できないことは、理解しました。
現在は、リハビリで身体を動かすこと、カフアシスト※で二酸化炭素を体内に溜めないこと、睡眠時に経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が下がらないよう、就寝時に呼吸器をつけることを行っています。
※せきがうまくできない、たんがうまく出せない患者さんの介助をする機械のこと。
診断を受けた時、どのようなお気持ちでしたか?
病名自体は聞いたことがあったのですが、「まさか、自分が…」という気持ちでした。それまでは、「自分は進行性の病気」と思って生きていなかったので、ショックな気持ちと同時に恐怖も感じました。また、難病という言葉が、石のように重くのしかかってきたことを覚えています。
特に、現在のSMA治療は自分に効果が期待できないという事実にはショックを受けました。「病気の進行を止めることできない」と頭では理解したものの、「これから、どうやって生きていこうか」と、頭が真っ白になりましたね。その後、SMAに対する新しいお薬が日本で保険適用になった時も、「私には効果がありますが?」と先生に聞きましたが、やはり効果は期待できないとのことでした。
それと同時に、自分の生き方について真剣に考えるきっかけになりました。病気によってさまざまなことが出来なくなる前に、「やりたいことは、できるうちに行動する。行きたい所には、動けるうちに行こう」と、決意しました。
診断を受けた時、ご家族とはどのようなお話をしましたか?
診断を受けた時、家族とは離れた場所に住んでいたため、主治医からではなく自分から家族に病気の状況を説明しました。重たい空気になるのが嫌だったので、「私、進行性の希少疾患らしいよ!」と、軽い感じで話したことを覚えています。両親も、まさか私が進行性の病気だと思っていなかった様子で、驚いていました。もちろん、SMAのことは知らない様子だったので、理解してもらうのは難しかったです。これは、家族に限らないことですが、SMAの中でも自分はまれなタイプなので、自身の病気の説明で苦労することは多いです。
また、診断を受けてすぐコロナ禍になったこともあり、今私の症状がどのくらい進行しているか、実際の様子を両親は見ていません。幼い頃から「自立できるように」と、他のきょうだいと分け隔てなく厳しく育てられてきたこともあり、今の自分の様子を見て、両親がどんな気持ちになるか…少し、心配です。
SMAに関わる情報は、どのように集めていますか?
自分はSMAの中でもまれなケースなので、情報収集では苦労しています。普段から、英語のサイトも含めて情報をチェックしていますし、周りのSMAの当事者やご家族に直接聞くことも多いです。リアルな情報が欲しいと思ったら、当事者に直接聞くことが多いですね。
自分の病気のことなので、本当はもっと調べて、知りたいことがたくさんあります。しかし、SMAの中でもまれなケースということで、情報を得ることは簡単ではありません。「自分の病気のことを知りたい」、ただ、それだけのことなのに、なぜ思うようにいかないのだろう…と、考える日々です。
少しでもSMAのことを知って欲しい。SNSで情報発信を開始
SNSで、SMAに関わる情報発信を始めたきっかけについて、教えてください。
きっかけは、「SMAって何?」と聞かれることが日常で多く、その度に説明するのが大変だと感じたからです。また、SMAは筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症(ALS)といった筋疾患と間違われることも多く、改めて「SMAは、よく知られていないんだな…」と思いました。だから、少しでも、多くの方々にSMAのことを知って欲しいという思いで、発信活動を始めました。
また、SMAの当事者が楽しく生活している姿を知って欲しいという思いもあります。以前、SMAのお子さんを持つ親御さん向けの座談会に参加した際に、さまざまなお悩みを伺いました。その中に、「子どもが大きくなって、自由に、自立した生活を送れるでしょうか?」というお悩みがあったんです。だから、ヘルパーさんの力を借りながら、自立して生活している私の姿を知ってほしいと思いました。このように、SMAのお子さんを持つご家族向けの情報発信やサポートは、今後も大切だと感じています。
SNSでご自身の病気やありのままの日常を発信することに、不安はありませんでしたか?
「全くない」と言ったら、嘘になるかもしれません。でも、もし不安が大きかったら、今もSNSでの発信を続けていないと思います。「難病だからといって、悲観して生きることは違うと思う」と、自らの発信で示すことができたらうれしいです。
とにかく、私は、自分が生きているうちにできることは全てやりたいんです。私の場合、健康な人より生きる時間が短いかもしれないので、迷っている時間はないと思いますね。誰かに何かを言われたとしても、私は自分の言葉で発信を続けていきます。そして、結果的に、SMAのことを多くの方々に正しく知ってもらえたらと思っています。
SNSを通じて、どのような声が寄せられていますか?
正直に言うと、ポジティブな声もネガティブな声も、両方頂きます。そして、ネガティブな声を頂く時は、私も落ち込みます。だけど、「言いたい人には、言わせておけばいい」と考えるようにしています。私は、もともと気にしやすいタイプなので、ネガティブな声に引きずられないように気を付けていますね。
逆に、「難病でも、やりたいことをいきいきとやっている姿に勇気づけられた」といった、ポジティブなコメントを頂くことも多く、そういった声に私も力をもらっています。SNSで病気に関わる発信を始めてから、私自身、以前よりも、物事に対する考え方がポジティブになった気がします。時には、厳しい声が届く声もありますが、そのくらいで負けていたら私が本当に成し遂げたい「SMAを正しく広めること」は実現できないと考えています。こんな風に前向きに考えられるようになったのも、SNSで情報発信を始めた変化の一つですね。
「SNSで情報発信を始めて良かった」と思った出来事があれば、教えてください。
一番は、SNSを通じてSMAの友だちがたくさんできたことです!SMAの当事者やご家族とのつながりによって、さまざまな情報交換をできる環境には本当に感謝しています。
以前の私は人見知りで、誰かと話すことが苦手なタイプでした。でも、SMA当事者の皆さんとのつながりができたことで、今ではいろいろな方々と楽しく話せるようになりました。情報発信を通じて、私の名前を覚えて頂けることが本当にうれしいです。
一度しかない人生だから。結婚も出産もあきらめたくない
SNSでパートナーに関わる発信を始めたきっかけについて、教えてください。
病気や障がいを持っていても恋愛はできる、そして、誰でも自由に恋愛していいということを伝えたかったからです。「トムラにも彼氏ができるんだから、自分にだってできる!(笑)」と感じて欲しかったし、恋愛することが悪いことのように思って欲しくなかったんです。パートナーも発信については理解してくれており、自由に、ありのままを発信させてもらっています。
病気や障がいの有無に関わらず、その人の人生は一度しかありません。だから、病気や障がいを理由に、できないことや楽しめないことがあると考えるのは、少し違うと感じています。
パートナーとは、将来のことについてどんな風にお話しされていますか?
婚約をしており、籍を入れることは検討中です。私は、重度訪問介護を利用したり、生活保護受給して治療費などに充てたりしています。パートナーと籍を入れることで、今までは利用できていた制度が利用できなくなる可能性も考え、二人にとってどうすることが最善の選択かを話し合っているところです。籍を入れることで、自分がパートナーの負担になる状況は避けたいので、慎重に話し合っていきたいですね。
また、将来的にはパートナーとの子どもが欲しいと話しています。
妊娠・出産について、医師からはどんなアドバイスを受けていますか?
「ハイリスクです」と、言われています。SMAの方が妊娠・出産した例は、ないわけではないそうです。ただ、患者さんそれぞれで状態も違いますし、私は呼吸器のリスクがあり、大丈夫とは言い切れないということだと受け取りました。また、パートナーは、そういった母体へのリスクなども踏まえ、まだ迷っている印象を受けます。
ただ、私自身は子どもが欲しいと考えています。病気の遺伝子が子どもに受け継がれる可能性も理解し、覚悟したうえで、です。そのため、自分でも当事者の妊娠・出産に関わる情報を探しましたが、なかなか欲しい情報は見つけられませんでした。そこで、友人を介して、SMA当事者で妊娠・出産した方にオンラインでお話を伺ったこともあります。また、無事に出産できたとして、そこから子育ての問題もあるので、家族にも相談しながら決めていきたいですね。
妊娠・出産については、これからどうなるかわかりません。でも、これからも、パートナーとの日常も含め、自分らしい言葉を用いて、SMA当事者としてのありのままを発信していきます。いつか、本として世に出すことができたらうれしいです。
やりたいことは後回しにせず、今やろう
遺伝性疾患プラスの読者へメッセージをお願いいたします。
後悔しないように生きるために、今できることを一緒にやっていきましょう。私自身、自分の将来のことを考えると、「将来って、いつ?その時、私は生きているの?」と思い、不安になることもあります。それでも今、この生きているこの時間を大切にしたいと考えています。
だから、もしやりたいことがあれば、後回しにせず今やりたいです。そして、これからも、私のモットーである“楽しく、Crazyに”生きています!どうか、この記事を読んで頂いている皆さんも、今という時間を大切に生きてください。そして、自分のやりたいことをやって、病気とともに、生きていきましょう。
SMAの中でもまれなケースと診断を受け、情報収集などで苦労された戸村さん。また、周囲の方々へ自身の病気のことを伝える場面でも、歯がゆい思いをされてきたのだと思います。そんな状況の中で、「だったら、私が情報発信しよう」と考え、行動を続けてきた戸村さんからは、「SMAを知って欲しい」という強い思いが伝わってきました。そして、パートナーとの日常や、これからの未来に向けても、ますます目が離せません。
もし、病気を理由にあきらめていることがあったら、皆さんも、一歩踏み出してみませんか?戸村さんのように、行動することで見える道があるかもしれません。(遺伝性疾患プラス編集部)