胎児治療とはどんな治療?遺伝性疾患との関わりから日本の現状まで専門医が解説

遺伝性疾患プラス編集部

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生まれる前の、まだお母さんのおなかにいる赤ちゃんを治療する「胎児治療」。そんな先端治療が、日本でも既に行われています。生まれる前に治療を始める必要がある疾患とは一体どのような疾患なのでしょうか?また、おなかにいる赤ちゃんをどうやって治療するのでしょうか?遺伝性疾患との関りも含め、たくさんの疑問について、国内で胎児治療に携わっておられる、国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 胎児診療科 診療部長の小澤克典先生にお伺いしました。

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国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 胎児診療科 診療部長 小澤克典先生

「胎児治療」について

胎児治療とはどのような治療なのか、概要を教えてください

胎児治療は、生まれた後から治療を開始するのでは間に合わないような疾患であると診断された赤ちゃんを対象に、胎児期から行う治療です。

胎児治療には大きく分けて次の4つの方法があります。

1)お母さんに薬を飲んでもらう治療

お母さんに飲んでもらった薬の成分が胎盤を通しておなかの赤ちゃんに届き、それで赤ちゃんを治療するという方法で、最も侵襲が少ない胎児治療です。例えば、赤ちゃんの不整脈を治療するために、お母さんに抗不整脈薬を飲んでもらう治療などがあります(経胎盤的薬物療法)。

2)お母さんのおなかから針を刺して行う治療

細い針を外から刺して行う治療として、例えばおなかの中で貧血になっている赤ちゃんに対し、へその緒の静脈(臍帯静脈)に針を刺してそこから輸血する方法(胎児輸血)などがあります。また、赤ちゃんの胸に溜まっている水を抜くために、赤ちゃん自身に針を刺す治療もあります。さらに、胸の水を持続的に抜く必要がある場合には、もうちょっと太い針を使ってチューブを留置し、そこから圧格差で羊水の中に水が抜けるようにする場合もあります(胸腔羊水腔シャント術)。およそ妊娠16週以降に行われる治療です。

3)お母さんのおなかから胎児鏡を入れて行う治療

お母さんのおなかに麻酔をしてから穴を開け、胎児鏡というカメラを子宮の中まで入れて、羊水の中の赤ちゃんが見える状況下で行う治療です。カメラは直径数ミリメートルと細いものですが、針よりは太いですね。この方法で行われる胎児治療のうち、双胎間輸血症候群に対する胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術と呼ばれる治療は、最も成功した胎児治療の一つで、当院でも胎児治療としては最も多くの治療実績があります。これは、一絨毛膜双胎といって、胎盤が1つで、そこからそれぞれにへその緒がつながっている双子の赤ちゃんに対して行われる治療です。赤ちゃんは、胎盤を通してお母さんから酸素や栄養をもらうのですが、胎盤に2人の赤ちゃんの間を行ったり来たりする血管があります。これを吻合血管と言い、特に問題が無いケースも多いのですが、その血管のタイプや太さにより、片方の赤ちゃんにばかり血液が届きもう片方には届かない、ということが起こり得ます。これを双胎間輸血症候群と言い、その治療のために、おなかにカメラを入れ、どの血管が原因なのかを直接確認し、カメラの横から入れたレーザーファイバーを用いて血管を焼灼して凝固させて血の行き来をストップさせる治療です。20年前くらいから世界で開始され、当院でも2002年の開院当時から行っていますが、双子さんの予後をとても改善した治療だと言えます。これも妊娠16週以降に行われる治療です。

4)お母さんのおなかを開けて行う治療

これはお母さんの侵襲が大きい治療になりますが、手術で子宮を開けて、医師が直接目で見ながら行う治療です。例えば、脊髄髄膜瘤と言い、腰やお尻の皮膚や骨が閉じきらず、髄膜という部分が表に出ているような病気がありますが、これを治療しないでいると、神経に障害が生じたり、脳に水が溜まる水頭症になったりします。生まれてすぐに手術をしても、自力で歩けるようになる人は2割くらいです。これを、妊娠26週未満の時期に、お母さんのおなかを開けて、子宮も小さく開けて、赤ちゃんの背中を出した状態で脳神経外科医が手術をして、またおなかを縫って戻す治療を行うことで、自力で歩けるようになる割合が倍に増えることが、米国の臨床試験の結果により示されています。日本でも3年前から臨床試験として治療が始まっており、大阪大学と当院が実施施設になっています。

その他の疾患も含め、当院での胎児治療の診療実績についてはこちらを、臨床研究を含めた国内での胎児治療実施状況等についてはこちらをご覧ください。

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「胎児治療は侵襲の度合いによって大きく4つに分けられます」(小澤先生)
胎児治療はいつ頃から始まったのですか?

何十年も前から始まっている古い治療から新しい治療まで、いろいろあります。

いくつか例を挙げると、先ほどお話しした、一絨毛膜双胎の双胎間輸血症候群に対する治療は、20年くらい前から始まっています。胎児輸血は、さらにその20年くらい前から行われています。胸の水を抜くシャント術も、古い胎児治療の一つです。シャント術には、尿道が閉鎖している赤ちゃんに、同じようにチューブを入れておしっこを外に出せるようにしてあげる、膀胱羊水腔シャント術などもあり、同じく昔から行われています。

比較的新しい治療は、先ほど4つ目の治療としてお話しした、脊髄髄膜瘤に対する胎児手術ですね。米国では10年くらい前に大規模な臨床試験が行われましたが、日本では始まってまだ数年の新しい治療です。このほか、先天性横隔膜ヘルニアに対する胎児鏡下気管閉塞術と呼ばれる治療も比較的新しい治療です。この病気は、横隔膜が胎児期から一部欠損していることで、おなかの臓器が胸に上がってきて肺が圧迫され、生まれたときに肺が小さくなっていて広がらない(肺低形成)という状態になる場合があります。それを防ぐために、胎児鏡をおなかの赤ちゃんの口の中に入れて、気管まで進めて行き、風船を置いて気管を塞ぐ治療を行います。そうすると、赤ちゃんの肺の中にもともとあった水が外に出て行かず、肺が膨らんだままの状態を保てます。これにより、肺の低形成を予防することができます。この治療は20年くらい前から欧州で開始され、10年くらい前に大規模な研究が行われ、重症型の先天性横隔膜ヘルニアに対し、生存率の向上につながったという結果が示されています。日本でも10年くらい前から行われ始めています。

遺伝性疾患という観点からは、どういった病気が胎児治療の対象になるでしょうか?

胎児治療の対象となっている疾患は、遺伝性疾患に合併した症状として現れている場合が多くあります。例えば、胸に水が溜まる胎児胸水の話を先ほどしましたが、胸を含めて全身に水が溜まる胎児水腫の赤ちゃんの半数ほどは、遺伝性疾患を持っています。先天性横隔膜ヘルニアも、染色体異常や何かの遺伝性疾患がある場合が3~4割程度と考えられています。

遺伝性疾患そのものに対する治療については、例えば酵素が欠損している疾患に対する酵素補充療法が、生まれた後の治療としてここ数年で続々と増えてきていますよね。そうした治療の対象となる疾患の中には、生まれる前に治療を開始した方がより望ましいものもあります。例えば、低ホスファターゼ症という遺伝性疾患では、アルカリホスファターゼという酵素が欠損しているため、生まれる前から骨が育ちにくく、肋骨も短いため胸郭が狭くなり、中には肺低形成を起こして生まれて来られない赤ちゃんもいます。こうした疾患がわかった赤ちゃんに対し、まだ動物実験の段階ではありますが、胎児治療の有効性について、研究が進められています。

また、米国では、臨床試験が始まっているものもあります。半年前ほどに、胎児水腫を起こすようなライソゾーム病に対する酵素補充療法を胎児治療として行ったという学会発表がカリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究グループからあり、それによると4例ほど行っているようでした。他にも臨床試験を進めている疾患はあるようです。

このほか、できるだけ治療開始が早い方が良いとわかってきた脊髄性筋萎縮症に対する遺伝子治療など、まだ人での胎児治療については私の耳には入っていませんが、それに向けて動物での研究は始まっています。私も動物実験を含め、さまざまな疾患についての胎児診断・胎児治療の研究を行っています。動物での研究からヒトでの臨床研究へと進むには、また、海外で行われている胎児治療が日本でも医療として行われるようになるには、それぞれいくつかのハードルがありますが、その実現に向けての研究は、国内外で着々と進んでいます。

国内で胎児治療が行われる場合、医療費負担はどのようになるのでしょうか?

胎児治療には、保険収載されているものとされてないものがあります。ここまでにお話ししてきた治療の中では、胎児輸血と、双胎間輸血症候群に対する胎児鏡を用いた手術、それから、胸水に対するシャント術が保険収載されています。

比較的最近行われ始めた胎児治療を含め、その他の多くの治療はまだ保険収載されていません。治療成績の良い胎児の心臓手術などもありますが、こういったものを含め、保険収載されていない治療は、研究費が取得できている場合には研究費で、そうでない場合は病院の持ち出しで治療を行っています。とても高額なので、国が認める先進医療として実施するケースを除いて、患者さんに自費での治療を求めるケースはありません。高額な費用を、毎回病院の持ち出しで行うのも大変です。ですので、保険収載されることが重要なのですが、それには有効性のほか投与方法や安全性の確立が必要になります。そうしたいくつかのステップを一つずつクリアするために、私も日々研究に取り組んでいます。

現状での胎児治療の推奨できる点と、課題点を教えてください

推奨できる点は、生まれてからの治療開始では間に合わない、もしくは完全に改善しないような病気について、胎児治療を行うことで効果が認められるという点です。ただし、双胎間輸血症候群のように、原因を見つけて根本的に治す胎児治療もあれば、胎児胸水を抜くような、原因に対するアプローチではなく症状の悪化を防ぐための胎児治療もあります。いずれにしても、胎児治療であるからこその改善が期待できるというのは重要なポイントだと思います。

課題点は、お母さんへの侵襲です。先ほど、一番侵襲が低い胎児治療は、お母さんに薬を飲んでもらう治療だと言いましたが、その薬もお母さん自身は使う必要が無いものです。例えば、不整脈を治療する薬を赤ちゃんに届かせるために飲むことで、お母さんが気持ち悪くなったり、不整脈を起こしてしまったりする場合もあります。もちろん、そうなった場合にすぐ対応できるように、治療中はモニターされます。また、お母さんのおなかに穴を開けて行う治療などは、お母さんへの侵襲が大きいだけではなく、その侵襲が大きくなるほど早産のリスクが高くなり、これも課題の一つとなっています。将来、こうした侵襲をより少なくして、より安全に近づけていくために、デバイスや方法の改良などの研究が、いろいろと進められています。治療に加え、安全性を高めるために改善を行っていくことも、私たちの大きな役目の一つだと思っています。

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「安全性を高めるために改善していくことも私たちの大きな役目の一つです」(小澤先生)

赤ちゃんとお母さんのこと

おなかの赤ちゃんが診断された疾患について、胎児治療の対象かどうかはどうしたらわかりますか?

まずは、今かかっておられる病院やクリニックの先生に相談して頂くのが良いと思います。胎児治療が多く行われている疾患については、恐らく先生はご存知で、相談に乗って頂けると思います。

そのほか、日本で胎児治療を研究から臨床応用へと推進するために立ち上がった「日本胎児治療グループ」という研究グループがあります。私もその一員なのですが、このウェブサイトを見て頂くと、日本における胎児治療の対象疾患や実施施設、現在行われている臨床試験などについて、一般の方にもわかりやすいように書かれた説明が載っています。

胎児治療の対象だとわかり、受けたいと思った場合には、「日本胎児治療グループのサイトを見た」と、おかかりの先生に伝えると、紹介して頂けると思います。もちろん、実施施設に直接ご連絡頂くことも可能ですが、まずは担当の先生に相談するのが良いと思います。

パートナーや親など家族から胎児治療を反対されるケースはありますか?

胎児治療として確立しており、有効性が高い治療に関しては、ご夫婦で意見が異なるようなことは、ほとんど無いように思います。治療の侵襲の度合いに関してお母さんの身をお父さんが案じている様子はよく見受けられますが、やめた方がいいよという意見は通常聞かれません。

一方で、まだ研究段階で、有効性や安全性が確立されていない治療では、ご夫婦やご家族との間で意見が異なる場合もあり得ると思います。例えば胎児の心臓手術の一つに、手術による死亡率が10%程度のものがあります。この手術を受けない場合、生まれた後にずっと心臓の病気を抱え、リスクの高い手術を受けたり、いろいろな合併症が起きてくる中で生きていったりすることになりますが、誕生の前に亡くなるケースはそれほど多くありません。実際、当院でもその胎児治療の適応になった方が何人かおられましたが、治療を受けないと決断された方もいました。受けると決めた方も、受けないと決めた方も、決断するまでにご家族の中やお母さんご本人の中で、いろいろな葛藤があったのだと想像しています。今後、治療成績の向上や手技の改善により、こうした葛藤を減らしたいですね。

胎児治療後、生活するうえでお母さんが気を付けた方がよいことがあれば教えてください

この質問はよく受けるのですが、実は答えは「特にありません」なのです。これまでお話ししてきたように、胎児治療を受けると早産のリスクが高くなります。これに関し、「安静にしていた方が良いですか?」とよく聞かれるのですが、胎児治療後の早産はお母さんの活動ではなく侵襲が原因になっているので、安静により予防できるという根拠は無いんです。ですので、無理しない程度であれば運動しても大丈夫ですよと私はお伝えしています。ただ、もしも早産の兆候が出たら、すぐに受診をして欲しいということはお願いしています。

治療の何年か後にお母さんと赤ちゃんに起こり得るリスクとして考えられることはありますか?

まずお母さんについて、もしも胎児治療に伴い子宮を大きく切っていたら、出産は帝王切開になりますし、次の妊娠分娩も帝王切開になります。胎児治療を受けた赤ちゃんのその後については、今まさに長期予後についての調査を進めているところです。小児科の受診を卒業された方々にも質問紙を送り、回答を返送して頂くなどして、さまざまな治療を受けた多数の方々について調べています。

お母さんの心のケアが必要になる場合や実際に行う場合はありますか?

赤ちゃんの顔を見るより前に病気がわかり、またその原因が遺伝性の可能性が高いというのは、お母さんにとって相当なストレスになります。そのため、心のケアが必要になる方も少なからずいらっしゃいます。当院には「こころの診療科」があり、医師や心理士、ソーシャルワーカーなどがご本人と一緒に、必要なサポートについて考えていかれる体制があります。他にも地域や病院により、さまざまな支援体制があると思いますので、心のケアが必要と感じた方は、我慢せずに支援を受けて頂くのが良いと思っています。

最後に、遺伝性疾患プラスの読者に一言メッセージをお願い致します

赤ちゃんがおなかにいるうちに病気を治療するという考え方には「夢がある」と感じ、私は胎児治療を専門とすることに決めました。今のところまだ、お母さんへの侵襲の問題や、投与方法に制限があることなど、改善していかなくてはいけないことがいろいろあり、研究もなかなか進まず歯がゆく思うこともあります。しかし、胎児治療で安全に救える疾患を増やしていくために、一歩ずつ確実に、今まさに進んでいるところですので、ぜひ応援しつつ待っていて頂ければと思います。


生まれてからの治療では間に合わない病気がわかった赤ちゃんを、お母さんのおなかにいるうちに治療する「胎児治療」。お母さんが薬を飲むことで赤ちゃんに届かせるものから、おなかを開けて直接赤ちゃんを手術するものまで、さまざまな種類の治療があるとわかりました。お母さんの侵襲が大きいほど、早産リスクも高くなりますが、安静にしているよりも、早産の兆候が出たらすぐに病院へ連絡することの方が重要だということもわかりました。胎児のうちから症状が出る病気は、遺伝性疾患も多い一方で、既に補充療法薬がある酵素欠損症などについては、より早期に開始し、より症状を防ぐ治療として、胎児治療が確立されていく可能性はあるとのお話でした。既に保険収載されている胎児治療もある一方で、まだ研究中の治療法も多くあるとのことで、今後の対象疾患拡充も期待されます。

実はこれまで、成育医療研究センターへの取材はコロナ禍のため全てオンラインだったのですが、今回初めて、現地での取材が叶いました。病院の広さに圧倒される編集部スタッフを、小澤先生は温かい笑顔で迎えてくださり、始終穏やかに優しくお話ししてくださいました。ここには書ききれなかったたくさんの研究のお話も伺いました。胎児治療に関して、米国とのオンライン会議を行うなど、国際連携もされておられるとのことで、遺伝性疾患プラスも皆さんと一緒に研究の進展を応援しながら待ちつつ、お伝えすべきニュースについては随時発信していきたいと思います。(遺伝性疾患プラス編集部)

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小澤克典先生

小澤克典先生

国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 胎児診療科 診療部長。博士(医学)。2001年に群馬大学医学部医学科を卒業、2014年に東北大学大学院博士課程を修了。日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医・指導医、日本周産期・新生児医学会認定周産期(母体・胎児)専門医、日本人類遺伝学会・日本遺伝カウンセリング学会認定臨床遺伝専門医、日本超音波医学会認定超音波専門医・指導医、ALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)インストラクター、The Fetal Medicine Foundation認定 NT certificate(NT資格)。