家族性胸部大動脈瘤・解離

遺伝性疾患プラス編集部

家族性胸部大動脈瘤・解離の臨床試験情報
英名 Familial thoracic aortic aneurysm and dissection
別名 FTAAD、Familial TAAD、家族性大動脈瘤・解離、遺伝性胸部大動脈疾患(Heritable Thoracic Aortic Disease、HTAD)など
日本の患者数 不明
発症頻度 不明
子どもに遺伝するか 遺伝する[常染色体優性(顕性)遺伝形式]など
発症年齢 小児期から成人期
性別 男女とも
主な症状 胸部大動脈瘤、胸部大動脈解離、大動脈拡張
原因遺伝子 ACTA2、MYH11など
治療 人工血管置換術などの外科的療法、血圧を下げる薬など
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どのような病気?

家族性胸部大動脈瘤・解離は、遺伝子の変異が原因で心臓から体に血液が流れ出す大きな血管の大動脈に異常が起こる遺伝性疾患です。遺伝的な原因により胸部大動脈瘤や胸部大動脈解離の症状が見られる遺伝性胸部大動脈疾患には、マルファン症候群、ロイス・ディーツ症候群などの症候性(症候群)の疾患もありますが、家族性胸部大動脈瘤・解離は大動脈や血管の異常に関連した症状以外の症状がほとんど見られない非症候性の疾患です。

胸部大動脈は、心臓に近い大動脈の上部にあり、胸部(胸郭)に位置するためこう呼ばれています。大動脈は心臓から直接血液を受け取るため、血管の中で最も高い圧力を受けています。血管壁の一部に弱い箇所があると、他の動脈よりも伸展と拡張が起こりやすく、動脈瘤や解離のリスクが高まります。

異常が生じた大動脈の血管壁は、引き延ばされて弱くなり(大動脈拡張)、弱くなった場所にこぶのような膨らみ(動脈瘤)ができるなどします。拡張した大動脈ではいくつかある血管壁の層が突然裂けて層と層の間に血液が流れ込む(大動脈解離)などします。その結果、体の他の部分への血流減少やうっ血性心不全、大動脈破裂などのリスクが高まり、命に関わる可能性があります。この病気では、胸部大動脈だけでなく、他の動脈に異常が見られる場合もあり、脳や腹部の大動脈(腹部大動脈)の動脈瘤なども報告されています。

これらの大動脈の症状が発症する時期は、幼少期に症状が見られ始めることもあれば成人になってから現れることもあり、症状が見られる部位についても同じ家族の患者さんの中でもさまざまです。通常、最初に現れる症状として、大動脈拡張が見られることが多いとされますが、大動脈拡張は全く見られずに大動脈解離が起こる場合もあります。

動脈瘤には、通常は自覚症状がありませんが、動脈瘤の大きさや場所によっては、あご、首、胸、背中に痛みが生じる、腕、首、頭などに腫れが見られる、飲み込み(嚥下)時の痛みや困難、声がかれる(嗄声、させい)、息切れ、呼吸時のゼイゼイ・ヒューヒュー音(喘鳴、ぜんめい)、慢性的な咳、肺や気管などからの出血(喀血、かっけつ)などが引き起こされる場合もあります。

また、大動脈解離は、通常、突然の胸や背中の激しい痛みを引き起こし、顔が青ざめ(蒼白)、脈が非常に弱くなり、手足のしびれや知覚異常、麻痺を引き起こすこともあります。

非症候性である家族性胸部大動脈瘤・解離では、大動脈の異常に関連した症状以外の症状や特徴などは見られませんが、一部ではマルファン症候群やロイス・ディーツ症候群で見られるような軽度の特徴(高身長、線状皮膚萎縮、関節の可動域が異常に広い、漏斗胸などの胸の変形など)が見られることもわかってきています。

それ以外に見られる症状として、出生時から心臓に異常が見られる(先天性心疾患)場合もあります。鼠径ヘルニア脊柱側弯症網状皮斑なども報告されています。遺伝的原因によっては、小動脈の閉塞が起こる場合があり、心臓発作や脳卒中につながる可能性があるため注意が必要とされています。

家族性胸部大動脈瘤・解離で見られる症状(米NIH GARDより和訳)

高頻度に見られる症状

大理石紋様皮斑(皮膚が大理石のように網状に変色する)、結合組織の異常、粘液様細胞外マトリックスの蓄積(大動脈解離につながる大動脈の血管壁に生じる変化)

良く見られる症状

胸痛、労作時呼吸困難、発作性呼吸困難(安静時に起こる呼吸困難発作)、高血圧、虹彩の形態異常、心臓肥大、左心室機能異常、冠動脈アテローム性動脈硬化症、大動脈弁閉鎖不全、上行大動脈の解離、下行大動脈の解離

しばしば見られる症状

左右の目の間隔が広い(両眼隔離)、高くて狭い口蓋(口蓋とは口の中の上側で鼻腔との境界)、下顎の後退、くも状指(指が異常に長くて細い)、脊柱側弯症、胸骨の形態異常、気胸(ききょう、肺から空気が漏れる)、鼠径ヘルニア、高身長、扁平足、脳卒中、虚血性脳卒中、一過性脳虚血発作、脳動脈の拡張、くも膜下出血、大動脈二尖弁(通常3つある弁尖が2つの状態)、腹部大動脈瘤、大動脈起始部の動脈瘤、下行胸部大動脈瘤、大動脈解離、動脈管開存症、頚動脈の拡張、末梢動脈の狭窄、硬膜拡張症、血液量減少、喀血、損傷感受性(出血斑やあざができやすい)、出生前の母体異常

この病気の正確な発症頻度や国内における患者数ははっきりとわかっていません。その理由の一つとして、大動脈瘤は破裂しなければ自覚症状がほとんど見られず、患者数を正確に把握することが難しいことがあります。

米国国立医学図書館が運営する「MedlinePlus」の情報によれば、この病気は加齢、喫煙などの遺伝的要因ではないものを含めた全ての胸部大動脈瘤・解離の、少なくとも20%を占めると考えられていると記載されています。

何の遺伝子が原因となるの?

家族性胸部大動脈瘤・解離の原因として、これまでに複数の遺伝子が報告されています。

米ジョンズ・ホプキンス大学が運営している、ヒトの遺伝性疾患とその遺伝子のオンラインカタログ「OMIM」では2025年2月現在、家族性胸部大動脈瘤(AAT)について、12の遺伝子もしくは遺伝子領域が登録されています(下表参照)。

家族性胸部大動脈瘤・解離の原因遺伝子

病型

染色体の領域

原因遺伝子

作られるタンパク質

AAT1

11q23.3-q24

-

-

AAT2

5q13-q14

-

-

AAT3

3p24.1

TGFBR2

TGF-β受容体2

AAT4

16p13.11

MYH11

平滑筋ミオシン重鎖

AAT5

9q22.33

TGFBR1

TGF-β受容体1

AAT6

10q23.31

ACTA2

血管平滑筋αアクチン

AAT7

3q21.1

MYLK

ミオシン軽鎖キナーゼ

AAT8

10q11.23-q21.1

PRKG1

cGMP依存タンパク質キナーゼ1

AAT9

12p13.31

MFAP5

ミクロフィブリル関連タンパク質5

AAT10

5q23.1

LOX

リシルオキシダーゼ

AAT11

1p33

FOXE3

フォークヘッドボックスタンパク質E3

AAT12

15q23

THSD4

トロンボスポンジン1型ドメイン含有タンパク質4

最も頻度が高いのは、AAT6の10番染色体10q23.31領域にあるACTA2遺伝子で、患者さん全体の14~20%を占めます。ACTA2遺伝子は、血管の平滑筋細胞に存在する血管平滑筋αアクチンと呼ばれるタンパク質の設計図となる遺伝子です。平滑筋細胞の層は、大動脈をはじめとする血管の壁などにあり、筋肉が収縮するために必要な構造の形成に関わっています。平滑筋細胞の収縮能力により、血液が送り出される時に、動脈の形状を維持することができます。

ACTA2遺伝子の変異は、血管平滑筋αアクチンタンパク質のアミノ酸を変化させ、平滑筋の収縮機能に影響を及ぼし、動脈が伸びすぎないように防ぐ能力を阻害する可能性があります。ACTA2遺伝子が原因である場合、大動脈以外の症状はあまり見られませんが、一部では脳血管、動脈管(肺動脈と大動脈をつなぐ血管)、冠動脈(心臓の筋肉に流れる血管)、虹彩、腸管などに症状が見られることが報告されています。

また、AAT4のMYH11遺伝子は、平滑筋ミオシン重鎖と呼ばれるタンパク質を作る設計図となります。ミオシンはアクチンと一緒に筋線維の主成分となり、平滑筋の収縮に関わります。

AAT3のTGFBR2遺伝子、AAT5のTGFBR1遺伝子は、家族性胸部大動脈瘤・解離の関連疾患であるロイス・ディーツ症候群と原因遺伝子が重複していますが、どのような遺伝子変異がそれぞれの疾患に関連するのかなどについてはわかっていません。また、これら以外にもFBN1、SMAD3、SMAD4、HEY2、TGFB3、SMAD2、TGFB2などの遺伝子も家族性胸部大動脈瘤・解離と関連する遺伝子として報告がありますが、関連疾患との原因遺伝子の重複などもあり、まだ詳細が明らかになっていない部分が残っています。加えて、これらの遺伝子には変異が見られず、原因遺伝子が不明な例もあります。

家族性胸部大動脈瘤・解離は、常染色体優性(顕性)遺伝形式で遺伝します。この遺伝形式では、両親のどちらかが家族性胸部大動脈瘤・解離である場合、子どもは50%の確率で発症する可能性があります。

Autosomal Dominant Inheritance

一方、この病気では変異のある遺伝子を受け継いでも発症しない場合があり、浸透率に低下が見られる場合があります(参考:不完全浸透と多様な表現度とは?)。新生変異により発症する場合もあり、遺伝性や家族性が不明瞭なこともあります。

どのように診断されるの?

家族性胸部大動脈瘤・解離の診断基準は、国内ではまだ確立されていません。

「2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン」によれば、50歳未満に発症する大動脈疾患には、まず遺伝性を想起することが重要である、と記載されています。また、鑑別疾患として、若年性高血圧、閉塞型睡眠時無呼吸、大動脈炎などがあり、これらを除外できれば遺伝性大動脈疾患の可能性が高くなる、とも記載されています。

遺伝性大動脈疾患の中でも、家族性胸部大動脈瘤・解離は、非症候性で多くの場合血管以外の身体症状があまり見られないため、発症年齢、血管の病理組織像、家族歴などから疑われ、遺伝学的検査で原因遺伝子に変異が認められた場合に診断確定されることが多いとされます。

どのような治療が行われるの?

家族性胸部大動脈瘤・解離の治療には、外科的治療、内科治療などがあります。

外科的治療法では、人工血管置換術と呼ばれる、大動脈瘤や大動脈解離の発生した血管を人工血管に置き換える手術が行われます。遺伝性の胸部大動脈瘤・解離の場合は、より早期に手術が行われる場合があります。内科治療は、降圧薬などが用いられます。

どこで検査や治療が受けられるの?

日本で家族性胸部大動脈瘤・解離の診療を行っていることを公開している、主な施設は以下です。

※このほか、診療している医療機関がございましたら、お問合せフォームからご連絡頂けますと幸いです。

患者会について

難病の患者さん・ご家族、支えるさまざまな立場の方々とのネットワークづくりを行っている団体は、以下です。

参考サイト

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