家族性大腸腺腫症(以下、FAP)は、若い頃から大腸に腺腫性ポリープができやすい遺伝性疾患です。腺腫性ポリープの数は年齢とともに増え、治療をしないとほぼ全員が大腸がんを発症するとされています。現在、ポリープの数を減らす薬や確実にがんの発症を防ぐ薬などは、ありません。そのため、ポリープが大腸がんになる前に大腸を切除するといった処置が必要となります。なお、ポリープの数など個々人の状況によって、治療方針はさまざまです(※治療に関わる情報は、家族性大腸腺腫症記事「どのような治療が行われるの?」からご確認ください)。また、臨床試験による治療法の開発も進められています(最新情報は、「家族性大腸腺腫症の臨床試験情報」からご確認ください)。
今回ご紹介するのは、FAPの当事者・ご家族を支援する「ハーモニー・ライン」。代表の土井悟さんは、ご自身もまたFAPをお持ちの当事者です。今回は、土井さんご自身のFAP発症の経験やご家族で病気と向き合ってきたお話、また、2023年で25周年を迎えるハーモニー・ラインの活動内容について、伺いました。
団体名 | 家族性大腸ポリポーシス患者と家族の会 ハーモニー・ライン |
対象疾患 | 家族性大腸腺腫症 |
対象地域 | 日本全国、海外 |
会員数 | 約100名(医療関係者含め) |
設立年 | 1998年 |
連絡先 | 「メール」net@harmonyline.com 「電話」0725-32-5135 「FAX」0725-32-5135 |
サイトURL | https://harmonyline.com/ |
SNS | LNE(会員限定) |
主な活動内容 | 家族性大腸腺腫症の当事者・ご家族を支援する。定期的な親睦会開催などを通じて、当事者・ご家族、医療関係者をつなぐ活動を行っている。 |
母の大腸がん診断、FAPが遺伝する可能性のある病気だと知る
土井さんは、何をきっかけにFAPを知りましたか?
当時50代だった母が、大腸がんと診断されたことがきっかけです。母の主治医から、母がすでに治療の難しい状態であると説明を受けました。FAPの説明とあわせて、「これから助けられるのは、(まだ病気を発症していない)あなた方ご家族です」と話をされ、その時に、FAPが遺伝する可能性のある病気だと理解しました。
当時の私は30代で、プライベートでは結婚してすぐの頃でした。妻の協力を得ながら、私と弟の3人で母に付き添う日々を過ごし、母は58歳で亡くなりました。振り返ると、私が高校生の頃、当時30代だった母の姉が大腸がんで亡くなっていました。母は4人きょうだいで、きょうだいのうち3人がFAPを持っていたようです。
FAPについて知ったのは、結婚してすぐの頃だったのですね。当時、ご家族とはどのようなお話をされましたか?
遺伝する可能性がある病気であることを含め、妻に全てを話しました。妻と結婚する時に、「隠しごとはしない」と約束していたからです。母がFAPだとわかった時に、「互いに、がんになった時は告知し合おう」と話し合い、一緒に病気と向き合うことを決めました。
土井さんがFAPによる症状を自覚されたのは、いつですか?
43歳の時です。職場のトイレで、血便に気付いたことがきっかけでした。すぐ症状に気付けるように、それまでも便の確認などを行ってきたのですが、いざ目の当たりにすると不安になったことを覚えています。
その時、私の子どもが小学生低学年くらいの時期だったので、子どものことも気がかりでした。ただ、万が一自分が亡くなることになった場合でも、病気から逃げずに向き合っている親の姿を見せたいと考えました。そうでないと、もし子どもが同じFAPを持っている場合、病気に立ち向かえなくなると思ったからです。
診断を受けた後は、大腸を全摘し、直腸を肛門から約3cm残して摘出する手術治療を受けました。術後は、排便の回数も多くて大変だったと記憶しています。
お子さんの遺伝学的検査や情報発信の仕方、どうする?
土井さんのお子さんは、遺伝学的検査を受けられましたか?
子どもが中学3年生の頃に、遺伝学的検査を受けました。当時は、遺伝学的検査が始まったばかりの頃で、精度は今のものに比べると低かったと聞いています。FAPに関わる取材を受けることになり、その中で、遺伝学的検査を受けました。
それまでも自分はFAPに関わる取材を受けていましたが、名前や顔を伏せて取材を受けてきました。ただ、その時は家族全体に関わる取材になるということで、家族会議を開いて話し合ったんです。話し合った結果、名前と顔を公開してメディアで発信することにしました。そのほうが、読者の方々に病気のことがより伝わりやすいのではないかと考えたからです。子どもは、自分で遺伝学的検査を受けることを決めました。
遺伝学的検査の結果、子どもにはFAPに関わる遺伝子が引き継がれていないとわかりました。その後、子どもが20歳の時に再度、遺伝学的検査を受けましたが、同じ結果でした。
お子さんの遺伝学的検査の結果を知った時、どのようなことを考えられましたか?
正直に言うと、複雑な感情を抱きました。当時は、すでに患者会を運営していたので、同じFAPと向き合う仲間のことを思い、喜びを素直に受け止められなかったのです。
多くの当事者と向き合っていると、ご自身のFAPがお子さんへ引き継がれるケースも伺います。そして、そのことに苦悩され、ご自分を責めている当事者のお話も伺ってきました。そのことを知っているからこそ、「自分の子どもだけ…」と感じてしまったのでしょう。でも、認定遺伝カウンセラー(R)に話をした際、「もっと、素直に喜んでいいんですよ」と言っていただいたことがきっかけで、少しずつ気持ちの整理をつけることができました。
楽しい雰囲気でイベントを開催、管理アプリの開発も
ハーモニー・ラインの活動を始めたきっかけについて、教えていただけますか?
大きく2つのきっかけがありました。1つ目は、手術・入院生活をきっかけに人生観が変わったことです。手術治療の後、急性膵炎を発症し、救急搬送されたことがありました。その時、猛烈な痛みに襲われ「自分の人生はここで終わりかもしれない…」と思ったのです。しかし、幸いにも2週間ほど絶飲食の治療で命をつなぐことができました。この入院生活を過ごす中で思ったのは、「この命は、神様から生かされた命かもしれない」ということです。私は教師として働いていたこともあり、若い世代に「命の大切さ」を伝えるために生かされたのではないかと考えました。せっかくつないでもらった命なので、より仕事に励み、家族との時間を大切にすること、そして、誰よりも楽しく生きていこうと決めました。
2つ目は、主治医からのお話です。アメリカの患者会は、病気の当事者・ご家族、医療関係者などさまざまな立場の方々によってつくられていると伺いました。さらに、ありがたいことに「土井さん、やってみたら?」とお声がけいただいたのです。当時、同じFAPの知り合いはおらず、「仲間ができたらいいな」と考えていた所でした。そこで、主治医を通じて声掛けのチラシを当事者に配っていただき、少人数で集まったのがハーモニー・ラインの始まりでした。
現在は、主にどのような活動を行われていますか?
オンライン(Microsoft Teams)や会場に集まるイベントをハイブリッドで開催し、当事者やご家族、医療関係者が集う場をつくっています。また、当事者向けの情報発信はもちろん、関連学会へ参加し、医療関係者向けに情報発信も行っています。その他、コロナ禍をきっかけに、LINEオープンチャットによる当事者同士の情報交換も始めました。
イベントでは、医師や認定遺伝カウンセラー(R)の講演が中心の総会、当事者・ご家族・医療関係者などが交流する親睦会などを開催しています。「患者会なので、病気のことだけを話すのではないか?」と想像される方も多いかもしれません。ですが、ハーモニー・ラインでは、病気のことに関わらず、さまざまなお話をしていることが多いです。例えば、ご自身の趣味のお話で盛り上がることもあります。イベントでは「話しやすい雰囲気だった」と感想をいただくことが多く、皆さん、楽しく参加されている印象ですね。
2023年は創立25周年なので、さまざまなイベントを開催する予定です。詳細は、ハーモニー・ラインの公式ウェブサイトでお知らせしますので、ぜひご確認ください。
活動に参加される当事者・ご家族からは、どういった声が寄せられていますか?
初めて参加する方からは、「楽しい雰囲気で、すぐ会になじむことができた」という声をいただくことが多いです。最初は緊張するかもしれませんが、楽しく参加されている方々ばかりなので、きっと楽しんでいただけると思いますよ。自分を含め関西に馴染みのある人を中心に始まった会なので、いわゆる“関西人のノリの良さ”みたいなものがあるのかもしれませんね。コロナ禍でオンラインでの活動が始まってからは、日本全国、海外にお住いの方も参加されています。
何より、私自身が楽しく参加しています。もし、皆さんと一緒に活動する時間が楽しくなかったら、25年も活動を続けられなかったと思います(笑)。コロナ禍でオンラインツールを導入するなど、さまざまな変化はありましたが、楽しくてあっという間の25年でした。
今後、新たな活動に取り組むご予定はありますか?
大学の先生方と一緒に、「FAPパスポート(疾病管理ノート)」の開発を企画しています。定期的に検査を受ける当事者が、アプリで自身の症状を記録し、検査の管理を簡単にできるようなイメージで考えています。皆さんにお届けできる日が決まったら、ハーモニー・ラインの公式ウェブサイトでお知らせしますので、ぜひご確認ください。
会員であるかは関係なく、当事者の声を聞き続ける
会員でない方も、FAPに関して相談したいことがあったら連絡しても良いですか?
はい、大丈夫ですよ。今は、私の自宅をハーモニー・ライン事務局にしていますので、メールや電話でのご連絡も、全て私が対応しています。
私自身、ハーモニー・ラインを立ち上げる前は、孤独を感じていました。でも、同じFAPの当事者とつながるようになり、「自分は一人ではない」と思えるようになったんです。ですから、今孤独を感じている当事者には、決して一人ではないことを知ってほしいです。そのため、会員であるかは関係なく、当会へご連絡いただいた当事者のお話は伺うようにしています。誰かに話すことで、ホッとするきっかけになってもらえたらうれしいです。
当事者の方からは、どういったお悩みが寄せられていますか?
さまざまですが、特に多く感じるのはご家族やパートナーに関わるお悩みです。例えば、病気をきっかけにご家族側が苦しむ場合があります。ご主人がFAPだとわかったご家族で、奥さまが精神的に追い詰められるというケースがありました。それは、自殺を考えるようになるほど深刻な状況だったそうです。私は、お話を聞くことしかできないのですが…お相手が電話を切るまで、とことん話を伺いました。結果的に、そのご夫婦は離婚しないことを選択されたそうです。
また、パートナーとの結婚を考えられている当事者からのご相談も多いですね。結婚は2人だけの問題でなく、双方のご家族の考え方も影響します。そのため、FAPのことをどのように伝えるべきか、迷われる方が多くいらっしゃる印象です。継続してお話を伺っていた方から「相手のご家族にもFAPのことを話して、結婚が決まりました!」とご連絡いただける時は、自分のことのようにうれしいです。もちろん、専門的な話は遺伝カウンセリングを利用していただくのが良いでしょう。ただ、一人で抱え込む前に、ハーモニー・ラインに連絡していただけたらと思います。
あまり知られていない病気だからこそ、一緒に発信しよう
最後に、遺伝性疾患プラスの読者にメッセージをお願いいたします。
皆さんと一緒に、「共生社会」の実現を考えていきたいです。FAPは、あまり社会に知られていない病気です。ですから、当事者自身がFAPについて発信していくことが大切なのではないでしょうか。一人では難しいかもしれませんが、当事者同士が一緒に声を上げていくことで、もしかすると状況が変わるかもしれません。そして、社会が「共生」を考えるきっかけにつながったらうれしいですね。遺伝性疾患プラスの読者の皆様とともに発信を続けることでFAPのみならず、遺伝性疾患全体への理解が進み、いつか当事者・ご家族の生きやすい社会となる日を期待したいと思います。
お母様の大腸がん発症をきっかけに、FAPを知ったという土井さん。奥様と一緒に病気と向き合うことを決められた経緯や、お子さんも含めた家族会議のお話など、ご家族と一緒に病気と向き合ってこられたお話が印象的でした。
ご自身が真摯に病気と向き合ってこられたからこそ、現在、さまざまなFAP当事者やご家族と向き合っていらっしゃるのだと感じます。そして、ご自身が活動を楽しまれているお話から、ハーモニー・ラインの明るく楽しい雰囲気が伝わってきました。ぜひ、初めての方も安心してご参加いただければと思います。病気のことで不安になった時、思いを共有する一つの居場所として、ハーモニー・ラインを思い出してみてください。(遺伝性疾患プラス編集部)