【検査ラボ見学レポ2】順天堂大学:難病の診断と治療研究センター

遺伝性疾患プラス編集部

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遺伝性疾患の診断において大変重要となるのが遺伝学的検査です。今回は、遺伝学的検査のうち、主に遺伝子/ゲノム解析検査を行っている、「順天堂大学の難病の診断と治療研究センター」を見学させて頂いてきました。ここでは全国から送られてきたさまざまな難病の患者さんの検体が日々解析されています。中でも、ミトコンドリア病に関しては、全国のほぼ全ての患者さんの遺伝子解析を一手に引き受けています。見学を案内してくださったのは、同センター長の岡﨑康司先生です。普段なかなか見ることができない機器や検査の様子などを、詳しい説明とともにいろいろ見せて頂きました。

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順天堂大学 難病の診断と治療研究センター センター長 岡﨑康司先生
難病の診断と治療研究センターでは、具体的にどのようなことが行われているのですか?

当センターは、なかなか診断がつかない難病の患者さんについて、原因を調べたり、病態を解明したりする施設です。当センターには、ゲノム解析の部門(ゲノム医学研究・難治性疾患実用化研究室)と、再生医療の部門(難治性疾患・再生医療実用化研究室)の2つが設置されています。再生医療の部門には、セルプロセシング室(CPC)という、完全に無菌な状態で細胞を加工する部屋があり、患者さんから採血した血液細胞を培養してiPS細胞を作ったり、体外で成熟させてからまた患者さんの体に戻す治療を行ったりしています。ここで加工した細胞を用いて、例えば糖尿病における壊疽の治療などが行われています。また、ダイレクトリプログラミングという手法により、膵臓の線維芽細胞からでインスリンを産生できる細胞を作り出す研究なども行われています。

ゲノム解析の部門は、私が教授を兼任している本学の難治性疾患診断・治療学講座が中心となって運営しています。ここで行われるゲノム解析は、全国に6施設設けられている順天堂大学医学部附属病院全ての倫理委員会で承認されており、これらの病院で診療された原因不明の難病の患者さんについて、診断のために速やかに全ゲノム解析を行うことが出来る体制が整っています。

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難病患者さんの全ゲノム解析を行っている次世代シーケンサー

原因不明な疾患のほか、既にわかっている原因遺伝子についての遺伝子診断も行っており、その主な疾患は、遺伝性のがん(リンチ症候群家族性大腸腺腫症/FAP)、家族性高コレステロール血症常染色体優性(顕性)多発性嚢胞腎(ADPKD)ミトコンドリア病の4種類です。リンチ症候群とFAPについては、全国から集められた患者さんの検体を当施設で遺伝子解析し、診療ガイドラインの作成に貢献しました。また、ADPKDについては、本学附属病院で遺伝子パネル検査による診断システムを立ち上げるに至りました。ミトコンドリア病の遺伝子解析は、私が前職の埼玉医科大学のゲノム医学研究センター所長だった頃から長年プロジェクトとして続けているものです。

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既知の原因遺伝子解析に用いられるシーケンサー。次世代シーケンサーとは異なる原理(サンガー法)で塩基配列を決定する。
ミトコンドリア病の遺伝子解析について、もっと詳しく教えてください

ミトコンドリア病は、ミトコンドリアという細胞内小器官の働きが低下することが原因で起こる病気の総称です。細胞のエネルギー産生工場としての働きを持つミトコンドリアは、体のあらゆる細胞が生きていくのに必要なものであるため、その機能低下によって起こるミトコンドリア病は、さまざまな組織、臓器、年齢、症状で発症する可能性があります。ミトコンドリアは、細胞核にあるDNAとは独立した、ミトコンドリアDNAという小さなDNAを持っています。ミトコンドリアDNAには37個の遺伝子が存在しており、それぞれ細胞の生存や機能に重要な役割を果たしています。ミトコンドリアのエネルギー産生工場としての働きに重要な遺伝子は、このミトコンドリア遺伝子だけではありません。実は、細胞核の(両親由来の)DNAに存在する、約1,500個もの遺伝子が、ミトコンドリアの働きに関わっていると考えられています。つまり、ミトコンドリア病の遺伝子診断をするためには、核遺伝子とミトコンドリア遺伝子の両方を調べる必要があるわけです。

このように、一つの病気の原因が一つの遺伝子の変化であるような単一遺伝子疾患と比較して、ミトコンドリア病の遺伝子診断はとても複雑です。しかし、やはり医療として診断できるシステムを確立する必要があると考え、私の研究グループのほか、千葉県こども病院の村山圭先生のグループと、埼玉医科大学の大竹明先生のグループが中心となって、全国約2,000人のミトコンドリア病の患者さんをゲノム解析し、遺伝子パネル診断のシステムを作り上げました。この遺伝子パネルには、ミトコンドリア病に関わると考えられている1,500の核遺伝子のうち、原因としてよくわかっている367遺伝子と、ミトコンドリアDNAの全塩基配列が搭載されています。

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岡﨑康司先生ご提供
とてもたくさんの遺伝子を調べるのですね。この遺伝子パネル検査を使えば、ミトコンドリア病の人はほとんど診断がつくのですか?

この遺伝子パネル検査によってミトコンドリア病の診断がつく人は、30~40%程度です。理由は、この遺伝子パネルに載っていないけれどもミトコンドリア病との関連が考えられる遺伝子が他にあることや、まだミトコンドリア病との関連性が発見されていない遺伝子が存在することなどが挙げられます。実際、690人の患者さんに対し遺伝子パネル検査をしたデータを見ると、パネル検査で診断が確定したのは36%でした。これ以外の30%は、この遺伝子パネルに載っている遺伝子に変化は見つかったものの、それがミトコンドリア病と関連しているかどうかはまだわからない(こうした変化をVUS(意義不明のバリアント)といいます)という結果で、残りの34%は、完全に原因不明でした。

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「ミトコンドリア病遺伝子パネル検査で診断が確定するのは4割程度、VUSが3割、原因不明が3割です」(岡﨑先生)
遺伝子パネル検査でVUSや原因不明となった患者さんは、そこまでで診断終了となりますか?

いいえ、原因を見つけるために、研究に同意された患者さんの検体は、研究としてさらに遺伝子解析を進めます。当センターは、続けてそれを行うことが可能な施設なのです。例えばVUSであれば、変化している部分の配列を通常の配列に戻した遺伝子を、患者さんから一部採取して増やした細胞に導入し、ミトコンドリアの機能が正常化するかどうかを確かめたりします。もしも正常化すれば、このVUSは、ミトコンドリア病の原因となる病的バリアントであったと言えます。(この方法を、培養細胞によるレスキュー試験と言います。)完全に原因不明の場合、全エクソーム解析や全ゲノム解析、さらにはRNAシーケンス解析やプロテオーム解析も考慮したマルチオミクス解析を行い、病気の原因を探ります。当センターではこれまでに、国内外との共同研究として、全エクソーム解析により、ミトコンドリア病の新たな原因遺伝子を13個発見しています。こうした一連の診断フローについて、現在、全国27の拠点病院と契約をし、連携できる状況になっています。

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細胞培養の様子。ここで培養細胞によるレスキュー試験なども行われる。
ミトコンドリア病の遺伝子パネル診断は、保険診療として行われているのですか?

私たちは以前からずっと、ミトコンドリア病の遺伝子パネル診断を保険診療にすることを望んできたわけですが、ミトコンドリア病は原因が複雑なため、なかなか認められませんでした。それが、念願叶いついに2022年に保険収載されました。そこから、準備に思ったより時間がかかったのですが、ようやく機器や検査の体制が整い、本学医学部附属順天堂医院臨床検査部門の田部陽子教授と共同で、全国のミトコンドリア病の診療拠点として、保険診療としてのミトコンドリア病の遺伝子パネル診断をスタートすることになりました。実はちょうど今、パネル診断の機器を、当センターから順天堂医院の臨床検査部に移動させているところなのですよ。せっかくなので見に行ってみましょう!

(編集部注:同診断は、2023111日より、同院で保険適応検査として受付を開始しています。詳しくはこちらをご覧ください。)

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順天堂病院 臨床検査部 遺伝子検査室入り口のドア
ミトコンドリア病の遺伝子パネル診断の機器は、遺伝子検査室に設置されているのですね

そうです。診療で使用するための遺伝子診断は、精度管理が要求されることから、ISO15189認定を受けている臨床検査部、遺伝子検査室に設置されています。まずは、患者さんの血液などから抽出したDNAを、次世代シーケンサーにかけられる状態に調製する機械がこれです。調整は、手技による間違いが生じないように、自動化されています。

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遺伝子パネル診断用機器1:試薬調製機器(調製の準備をしているところ)

そして、これが、ミトコンドリア病の原因となる367の核遺伝子と、ミトコンドリアDNAの全塩基配列を調べるための、次世代シーケンサーです。ここで、今後、保険診療として、ミトコンドリア病の遺伝子パネル診断が行われていくというわけです。ミトコンドリア病は、診断がつけば、種類によっては治療法が見つかっているものもあります。今後、治療法はもっと見つかって来るはずですし、もっと効果的な治療法も出てくると思います。こうしたことからも、今回の、遺伝子パネル診断の保険収載は大変重要な意味を持ちます。

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遺伝子パネル診断用機器2:次世代シーケンサー(試料をセットしているところ)
とても貴重な瞬間に立ち会わせて頂きありがとうございました!最後に先生から、遺伝性疾患プラスの読者に一言メッセージをお願い致します

順天堂大学 難病の診断と治療研究センターでは、これまでに、研究として多くの未診断の難病患者さんの遺伝子解析を行ってきました。これらの研究は、難病患者の皆様ならびにご家族、さらには主治医の先生方のご協力があって実現してきたものです。未診断の難病で悩まれる患者さんや、治療方針の決定をされる主治医の先生方に、少しでも有用な情報を提供させて頂きたいという気持ちで、スタッフ一同、研究活動に邁進してきました。長年研究として続けてきたミトコンドリア病の遺伝学的解析が昨年、保険診療として正式に認定されたことにより、順天堂大学医学部附属順天堂医院の臨床検査部 田部陽子教授のグループと全国の病院27施設と共同してミトコンドリア病の遺伝学的検査の保険診療を順天堂医院で受託することになりました。保険診療の遺伝学的検査で診断がつかなかった場合、研究同意を頂いた患者さんの検体に関しては、さらなる解析をこれまで同様、研究として進めて行く体制となっています。ミトコンドリア病の遺伝子診断に関しては、世界的にみてもトップレベルを維持しています。ミトコンドリア病の診療・臨床研究を長年にわたって支えてこられた、千葉県こども病院代謝科元部長の村山圭先生にも、順天堂大学大学院医学研究科 難治性疾患診断・治療学教授として今年の7月1日から着任頂き、順天堂大学全体として、ミトコンドリア病の診療・研究拠点としての体制を整えて行く所存です。ミトコンドリア病の遺伝学的検査の保険診療に関しては、まだ始まったばかりですが、早期診断、さらには適切な治療法の開発に向けて、今後ともスタッフが一丸となって貢献して行きたいと考えています。


遺伝性疾患の遺伝子/ゲノム解析の現場見学レポート、いかがでしたでしょうか。凛とした空気が流れる現場では、大勢のスタッフ、そしてたくさんのマシンが、いろいろな遺伝性疾患の方々の診断を一刻も早くつけるため、絶え間なくオペレーションを進めていました。また、取材当日は偶然にも、ミトコンドリア病の遺伝子パネル診断機器が病院の臨床検査室へ移動した日で、このような記念すべき日に取材できたことは、本当に幸運でした。このパネル診断システムで、今後より多くの患者さんの診断が速やかにつき、引いては一人でも多く治療に結びつくことを願ってやみません。

岡﨑先生は、大変お忙しい中で、取材のためにたくさんのお時間を割いてくださり、いろいろなことを、わかりやすく気さくに説明してくださいました。ためになる人体クイズなども出していただき、楽しみながら学ぶことができました。岡﨑先生、スタッフの皆さま、このたびは貴重な体験をさせて頂きまして、どうもありがとうございました!(遺伝性疾患プラス編集部)

岡﨑 康司 先生

順天堂大学大学院医学研究科 難病の診断と治療研究センターセンター長、兼、難治性疾患診断・治療学教授、兼、同医学部附属順天堂医院ゲノム診療センターセンター長、兼、理化学研究所生命医科学研究センター応用ゲノム解析技術研究チームチームリーダー。博士(医学)。1986年に岡山大学医学部医学科を卒業後、理化学研究所ゲノム科学総合研究センターチームリーダー、埼玉医科大学ゲノム医学研究センターゲノム科学部門教授、埼玉医科大学ゲノム医学研究センター所長、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センターゲノムネットワーク解析支援施設施設長等を経て2017年より現職。日本遺伝性腫瘍学会、日本ミトコンドリア学会、日本人類遺伝学会等所属学会多数。認定内科医、循環器専門医、臨床遺伝専門医、認定産業医。

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