遺伝性疾患と在宅医療、現場で働く専門医が質問に回答!

遺伝性疾患プラス編集部

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遺伝性疾患は数千種類あると考えられており、病態は疾患によってさまざまです。そのため、通院、入院、在宅医療、それらの組み合わせなど、人によって、治療や経過観察の受け方もさまざまです。今回は、このうち「在宅医療」にフォーカスを当て、さくら在宅クリニックの内田賢一院長に、お話を伺いました。「遺伝性疾患における」在宅医療の実際については、インターネット検索をしてもなかなか欲しい情報を見つけづらいというのが現状だと思います。そこで、在宅医療に携わる医師として日々診療をしておられる内田先生に、遺伝性疾患における在宅医療について広くお伺いし、お答え頂きました。後半では、読者から寄せられた質問にもご回答頂きました。

Dr Uchida Main
さくら在宅クリニック院長 内田賢一先生

遺伝性疾患における在宅医療の現状

在宅医療を受ける遺伝性疾患は、どのような疾患が多いですか?

私が診ている中では、パーキンソン病の患者さんが多いです。パーキンソン病は、5~10%くらいが遺伝性で、それ以外のほとんどの人は多因子または原因不明と考えられています。ですので、私が診療しているパーキンソン病の患者さん全員が遺伝性というわけではないのですが、患者さんの数が比較的多い疾患ということもあり、多く診ています。同様に、5~10%くらいが遺伝性である筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんも、比較的多くおられます。

このほか、現在、私が診ている遺伝性疾患の患者さんは、脊髄小脳変性症線毛機能不全症候群(カルタゲナー症候群)、ミトコンドリア病(MELAS)、Lowe(ロウ)症候群(主に目、中枢神経、腎臓に症状が出る)などの患者さんです。私は脳神経外科をバックグラウンドとしているため、比較的、神経疾患の患者さんが多い傾向はあります。

在宅医療より入院が望ましいと判断される、典型的なケースがあれば教えてください

まず、在宅医療の対象とならず、必ず入院と決まっているような疾患はありません。いずれの疾患も在宅で診ることは可能です。遺伝性疾患は、治療法が確立されていないものが多く、そうした場合の治療は、治癒を目指す「cure(キュア)」よりも、生活の質を保つ「care(ケア)」に重点が置かれます。ケアは、在宅医療が得意とするところであり、遺伝性疾患の患者さんは、通院が難しい中で、ケアのために在宅にシフトされる方が多い印象です。

一方、在宅医療を受けている中で、何か大きな手技的な処置が必要な場合に、いったん入院となるケースはあります。例えば、ALSの患者さんなどは人工呼吸器など付けながら在宅で過ごされていますが、この人工呼吸器を、気管切開をして装着するタイミングなどでは、一回病院へ行って処置をして、再び在宅に戻る、というケースが多いと思います。また、人工呼吸器などを使う場合は、ご家族が電源を扱えなくてはいけないので、こうしたことがなかなかうまくできない超高齢の方のみのご家庭や、お一人暮らしの方などは、在宅医療より入院が望ましいかも知れません。

入院か在宅かの判断で最も重要なポイントは、「家族がケアできるか、もしくは家族がいるか」という点です。ALSなどの神経変性疾患で独居の方が、自分で人工呼吸器を装着するのは、現実的には難しいため、そのような方は、療養型の施設で過ごされるケースが多いと思います。損得を抜きにして24時間ケアできる人、つまり家族がいるかどうかが、在宅医療を受ける上での一番のポイントとなります。とはいえ、家族も、24時間365日、完全にケアだけに専念するというのは現実的に相当厳しいため、レスパイト入院(入院治療が必要ない場合でも、介護者の休息のために行われる短期入院)などを行いつつ、うまく継続していくことになります。

在宅医療への移行は、医師から勧められるものなのでしょうか?自分の意思で選択することはできますか?

医師から勧められる場合もありますし、自分で選択する場合もあります。私の周りでは、医師からの勧めがあり、最終的に自分の判断で選択する、というケースが多い気がします。遺伝性疾患は、まだ治療選択が限られているものが多くあります。こうした疾患の場合、「病気と併存しながらいかに生活の質を維持するか」という観点から、担当医に勧められて在宅に移行する方が大半です。病院から在宅医療への移行を医師から提案され、「見捨てられたのではないか」と心配し、頑張って入院や通院を継続される患者さんもおられますが、そうではなく、担当医の先生は、患者さんに寄り添った視点から、在宅を勧めて来られます。一方で、自力での通院が困難になったなどの理由で、患者さんやご家族から在宅への移行を希望される場合もあります。医師から在宅医療への移行の提案を受け、「在宅でも十分に医療の内容が補えるのであれば、無理して通院をせず、その分の時間などを、自分の好きな空間で好きな過ごし方に使いたい」、という理由で、在宅を最終的に希望した、といった方が多い印象です。

入院から在宅医療に変更することによる、患者さん・ご家族のメリット・デメリットを教えてください

メリットは数え上げたらキリがありません。病院で過ごしたいという人はごく少数と考えます。自分の慣れた空間・場所で、家族がいる方は家族と過ごすことのメリットはとても大きく、それだけで病状が改善する方もいます。また、経済的負担も在宅の方が圧倒的に低いこともメリットです。

デメリットは、とっさに何かが起きたらどうしようと、不安を感じる場合があることでしょうか。在宅においても24時間医療、看護体制を敷きますが、ボタンを押せばいつでもすぐ対応、というわけにはいかない場合もあります。また、入院していればすぐに対応できることでも、在宅では救急車を呼んで病院へ行かなくてはいけない場合もあります。

病院であれば「おなかが少し張るのですが」「ちょっと頭がチクチクするのですが」などの些細なことも比較的気軽に相談できますが、こうしたマイナーな症状についての相談は、在宅では人によってメリットであったりデメリットであったりします。遺伝性疾患では、家から離れた大きな病院に通っている方も多くおられます。「在宅医療医にいろいろ聞くのは申し訳ない」などと感じる方の場合、こうしたマイナートラブルも、来月や再来月の通院日に一緒に聞こうと持ち越して我慢することもあります。一方で、在宅医療医との関係性が良好であれば、マイナートラブルも気軽に相談し、すぐに診てもらうことができます。私自身は、いつでも何でも電話してくださいと患者さんにお伝えしています。

在宅医療を検討する際の家族の心構えを教えてください

とにかく「無理をしないこと」でしょうか。がんにおける在宅ケアは数か月と比較的短い場合が多いのに比べ、遺伝性疾患の在宅ケアは10年単位で及ぶ場合がほとんどです。私の患者さんに、生まれてから38歳の現在まで在宅で過ごしている方がいますが、そのご家族は、長い年月、お子さんのケアと向き合ってこられています。

遺伝性疾患における在宅医療のケアは、マラソンのようなものですので、無理をしてご自身がパンクしないように、医師や看護師などによるサポートは可能な限り使い、ショートステイ、デイサービス、短期入院などを利用して、自分の時間を持ちながらケアをしていくよう、私は積極的に勧めています。

あとは、何かあったときに相談できるサポート体制を整えておくことも重要です。こうした体制整備について、インターネットで調べようと思ってもなかなか情報が得られないかも知れません。また、お住まいの自治体によっても異なると思います。ですので、地域包括支援センターなどに問い合わせて、ご自身の必要な部分においてどのような環境整備をしたらよいか、プロからいろいろと情報収集をして、整えていくのが良いでしょう。

Dr Uchida 1
「在宅ケアでご家族は、とにかく「無理をしないこと」が大事です。」(内田先生)
遺伝性疾患という観点で、在宅医を選ぶ際のポイントがあれば教えてください

遺伝性疾患における在宅医に関しては、当クリニックにおいては医師から直接依頼される場合が多いです。つまり、在宅医を選ぶ場合、現在の主治医とよく相談するというのが一番のポイントであり、一番良い方法と私は考えています。

自宅から半径16km以内で在宅医を自分で探すことは可能ですが、どの先生が良いかとなると、難しい質問ですね。実際私も、「どんなお医者さんが良いですか」と聞かれますが、まずは相性というか、この人ならお任せしたいという空気を感じる人が良いのではないかとお答えしています。つまり、話が合う、気が合うと思う先生を考えるのも一つの選択肢ではないかと思います。また、万が一何かあったときにも、自分が判断した先生だからと納得いく先生が良いですね。在宅医療医と良好な関係を築けていると、肺炎を起こしたとか、おなかが痛いとか、そういう訴えに、親身に考えて頂けることにつながっていきます。あとは、バックグラウンドとして、ある程度自分の疾患の基礎知識を持っている先生が、やはり良いでしょう。診療科や経験年数も、一つの判断材料となります。

在宅医療では、どのような医療者が関わりますか?

医療者という部分では、医師、看護師、リハビリテーション関連で理学療法士(PT)、言語聴覚士(ST)、作業療法士(OT)などが対応します。それ以外に、在宅ケアとなった場合、8~9割は介護になるので、訪問介護員(ホームヘルパー)、介護支援専門員(ケアマネージャー)など、介護に関する方々も関わります。

いざという時、スムーズに入院できるような病病連携は一般的に行われていますか?

遺伝性疾患に関しては、基本的に病院から依頼されますので病院への窓口は比較的スムーズです。この点に関しては、あまり心配する必要は無いでしょう。受診してきた病院がある県と、在宅医療を受ける県が異なり、遠いような場合には、まず近くの総合病院を受診し、何かあったらそこを窓口にする段取りをつけて、在宅医療を始めて頂くのが良いと思います。こうしておけば、処置のためにいったん病院へ行く必要などが生じたときに、県をまたいで遠くの病院へ行かなくてもすみます。

入院より在宅医療の方が、医療費負担が高額となる部分はありますか?

通常はありません。ただ、医療費ではありませんが、ご自身で自宅を改装されたりする場合は、こうしたプラスアルファの部分でそれなりにお金がかかるかもしれません。

先生が普段の診療で感じておられる、遺伝性疾患における在宅医療の良い点と改善が必要だと思われる点を教えてください

良い点は、なんと言っても「心理的安全性」が高いという点です。まず「家で過ごせる」というのは、大きな安心につながります。また、在宅医との関係性にもよりますが、これまでは、遠くの病院へ月に1回通院したときにまとめて相談する状況だったのが、「腫れ物ができたけどこれは病気と関係ありますか?」「関係ありませんよ、大丈夫ですよ」など、気軽に聞いてすぐに解決できるようになると、患者さんの安心につながります。こうして在宅医療では、患者さんの医療に対する相対的な閾値が下がっていると思います。

また、本人だけでなく、ご家族のお話もいろいろ聞くことで、心配ごとなどの解消につながっている実感があり、これも在宅の良いところだと思っています。例えばお子さんの病気についての悩みは、ごきょうだいのお子さんのママ友などに話すことはなかなか難しいことが多いと思います。また、ずっと看病しているので、悩みを打ち明ける人が周りにいない場合もあります。そうした中で、お母さんのお話を聞き、解決の糸口が見えたと喜んで頂けることもよくあります。

最近、当院のLINEに今話題の対話型AIを搭載し、24時間いつでも患者さんの些細な悩みなどに応答できる仕組みを試験的に始めました。あくまでもAIによる自動返信が基本ですが、今後、AIに深層学習が実装された段階で、リアルな返信も行っていき、さらにAIによる返信の幅を広げ、最終的に充実したものにしていかれればと思っています。また患者さんが口に出せない悩みも、こうした仕組みで汲み取り解消できるのではないかと思っています。患者さんが心理的に追い詰められないような手助けとして、危なくない範囲で使っていきたいと考えています。

改善点については、ALSなど、意識がハッキリしていて体が思うように動かない病気の患者さんにおける、在宅医療でのストレス解消が課題の一つだと感じています。意識がハッキリしていて体が動かないというのは、大変なストレスです。枕が固い、体をこっちに動かすと痛い、など、いろいろ気になり細かな要求が出て来るのですが、そうした要求に対する周りのサポートなどに対して、時には感情的に爆発してしまうこともあります。こうしたストレスに対しても、AIなどで対応できないかと、今、試行錯誤中です。

遺伝性疾患の患者さんで、共通する悩みは「不安」です。呼吸が苦しい、動けないなどの医療的側面ばかりの解決を、患者さんは望んでいるわけではありません。私は普段の診療で、それ以外の部分、家族への負担や、金銭面での不安など、患者さんやご家族の心にまでタッチできるよう心がけています。

このほか、地域のサポート体制が、自治体によって偏っているところも課題と考えています。行政はいま、最低ラインで体制を構築してくれていますが、在宅医療はまだ発展途上なため、課題は山積みです。実際に、子どもの難病のためにケアハウスを作り運営している医師もいますが、こうした上乗せが、個々の頑張っている人たちの熱量に依存しているため、どのように全国的に平等に上乗せしていくかは、今後の課題だと考えています。

遺伝性疾患プラス読者からの質問

脊髄小脳変性症で、母も同じ病気でした。今は仕事もできていますが、今後の経過は母の様子から推測がつきます。そこで質問なのですが、在宅医療でリハビリはどのような位置づけになるのですか?

リハビリテーション(リハビリ)は、一般的には機能回復を目的として行われることが多いですが、機能維持、廃用症候群予防という側面もあります。脊髄小脳変性症においては、おおもとの神経以前の問題として、体を動かさないと筋肉量が落ちてしまうので、機能維持、廃用予防、拘縮予防にリハビリは重要です。また、散歩などで家の外へ出ることは、気分転換にもなりとても重要なのですが、ご主人の体格が大きいため、奥様一人では歩行のサポートが難しいといったケースもあります。こうしたときに、男性の理学療法士(PT)などのリハビリスタッフがいれば、倒れないように支えてもらえ、外出が叶います。

原発性免疫不全症候群の一疾患で、通院・在宅医療を受けています。私の疾患の原因遺伝子の研究状況や、最先端の治療が知りたいです。在宅医の先生が来た時に質問すれば教えて頂けますか?

最新の治療についての質問は、外来や入院でお世話になっている専門の担当医にお伺いするのが良いと思います。在宅医療の本筋は、最新治療ではない部分であるためです。もちろん、調べて教えてくれる在宅医療医もいると思いますが、かなり個人に依存するかなと思います。

家族性地中海熱で、入院、通院、在宅医療を受けています。入院せずに在宅医療でどの程度まで対応してもらえるのか知りたいです。

発熱や、ある程度の感染症など、基本的な、一次治療的なことは、在宅で全て対応可能です。ただ、何か手技的な処置が必要だったり、CTやMRIなどによる画像検査が必要になったりすると、在宅での対応は難しいですね。レントゲン、エコー、心電図、採血、内視鏡であれば、在宅で対応可能なものもあります。当クリニックはこれら全て対応可能です。

エーラス・ダンロス症候群で、通院しています。通院先を見つけるのにも何年もかかったのですが、希少難病でも在宅で診てもらえるのですか?

先ほどお話しした通り、在宅医療を受けられない疾患は基本的には無いのですが、個々の在宅医療のクリニックにより、対応が異なる場合はあります。お住いの地域で在宅診療が可能なクリニックについては、主治医の先生とご相談なさってみてください。

家族が遺伝性疾患です。在宅医療を受けることになったとしたら、訪問看護、ヘルパーさんに具体的に何を頼ることができますか?

訪問看護の看護師さんには、一般に病院で看護師さんにお願いできることは全てやって頂けます。例えば、採血、点滴、排便コントロールなど。在宅では、ほとんど体を動かない状況が多いため、排便コントロールは非常に重要です。ホームヘルパーさんは、身の回りのことはもちろん、ごはんの介助や、買い物、料理など、家族的なことは全てやってくれます。

遺伝性疾患の疑い(未診断)で通院中です。私は未成年で、通院には親の付き添いが必要なのですが、病院に行きたいと言っても忙しい、次いつ行けそう?と聞いてもわからない、と一蹴されてしまいます。この先、成人しても働けないかも知れません。そんな場合でも親の都合に関わらず治療を続けていくために、在宅医療の制度は活用できますか?

これは、家族の問題と、行政の問題と、2つありますね。在宅医療で診られない疾患はありませんが、未成年は自分で申請することはできません。ですので、家族間で解決するか、もしもネグレクトなどの状況であれば行政に相談すれば、介入が行われることになります。

最後に、先生から遺伝性疾患プラスの読者の方々にメッセージをお願い致します

在宅診療をしている中で、しばしば患者さんたちから不安の声を聞きます。特に遺伝性疾患は情報が少ないことも多く、これも不安の一因になっていると感じます。在宅ではインターネット検索を活用されている方が多くおられますが、インターネット上にある病気の情報は玉石混交で、間違った情報も多く見られます。インターネットでおかしな情報を得て、効果の期待できない治療の情報に流されないように、正しい情報にアクセスしてください。これはとても重要なことです。

不確実な未来に不安を感じられることもあると思いますが、病気に立ち向かう患者さんに、我々医療者は、常に勇気を頂いています。これからも、在宅診療を通して、患者さんと希望を共有していかれればと思っています。


遺伝性疾患における在宅医療は、キュアよりもケアに重点が置かれる場合が多く、基本的に在宅では診られない特定の疾患は無いということがわかりました。また、入院か在宅かを決める最も重要なポイントは、家族など、損得抜きでケアできる人がいるかどうかであるということもわかりました。内田先生は、総合病院の脳神経外科部長から在宅専門医に転向されました。難しい脳の手術をたくさんやっておられた10年以上という長い期間について、「今思うと、地域医療を始めるための準備期間だった」と振り返ります。在宅医療は発展途上で、まだ課題も多くあるとのことですが、遺伝性疾患を含む多くの患者さんたちにとって、在宅医療が、より心豊かに日々を過ごすための選択肢の一つとして、当たり前に定着する日を期待して待ちたいと思います。(遺伝性疾患プラス編集部)

内田 賢一 先生

内田 賢一 先生

さくら在宅クリニック院長。2002年に福井医科大学(現・福井大学医学部)を卒業後、福井赤十字病院、東京警察病院、中東遠総合医療センター脳神経外科部長、千葉徳洲会病院脳神経外科部長等を経て、2022年より現職。脳神経外科専門医、日本脳神経血管内治療学会専門医、日本脳卒中学会専門医、日本脳卒中の外科学会技術認定医、日本神経内視鏡学会技術認定医、日本脊髄外科学会技術認定医、臨床研修指導医。