遺伝性のがんの「サーベイランス」、読者の疑問に専門医が回答!

遺伝性疾患プラス編集部

目次

目次をもっと見る

ヒトのDNAは両親から受け継がれた遺伝情報で構成され、各遺伝子は父親由来と母親由来の二つのコピー(アレル)を持っています。これらのアレルが対になって存在し、各ペアが個々の遺伝的特徴を形作ると考えられています。生まれつき特定のがんを発症しやすい遺伝子の変化を1つ(片アレル)持っている人は、がんの発症リスクが高まる遺伝性腫瘍症候群といわれます。成長していく過程で体の細胞に追加の遺伝子の変化を生じたことにより発生したがんを、遺伝性のがん(遺伝性腫瘍)と言います。遺伝性のがんと一括りに言っても、疾患によって特徴はさまざまですが、「親族に同じがんを発症した人が何人もいる」「若くしてがんと診断される」「2つある臓器の両方ともがんを発症する」「同じ人に何度も別のがんが発症する」などの場合、遺伝性のがんが疑われます。また、遺伝性のがんに関わる遺伝子の変化を持っていても、必ずしも全員が生涯のうちにがんを発症するとは限らず、浸透率は疾患の原因となる遺伝子の種類によってさまざまです。

遺伝性疾患プラスには、遺伝性のがんに関するさまざまな記事が掲載されています。こうした中、読者の方から編集部に、遺伝性のがんの「サーベイランス」についての質問が届きました。これを受け、読者の皆さんに向け、改めてサーベイランスについての質問を募集したところ、遺伝性のがんの当事者・ご家族から多くの質問が寄せられました。そこで、皆さんからの質問について、公益財団法人がん研究会有明病院 臨床遺伝医療部 部長の植木有紗先生にお伺いし、ご回答いただきました。前半の基本的な質問には、多くの方から共通して寄せられたものも含まれています。ぜひこの機会に、遺伝性のがんの「サーベイランス」について一緒に学び、正しい知識を身につけましょう。

Dr Ueki Main
公益財団法人がん研究会有明病院 臨床遺伝医療部 部長 植木有紗先生

遺伝性のがんの「サーベイランス」について

遺伝性のがんの「サーベイランス」は、どのような人に対し、どのような目的で行われるものですか?

サーベイランスは、一般の市区町村の健診や対策型のがん検診とは異なり、「よりがんの発症リスクの高い方々に対して、より慎重に早い年代から、精密な検査を継続的に行っていくこと」が、そのコンセプトとなっています。ですので当院では、原則としてサーベイランス対象となるのは遺伝性腫瘍に関わる遺伝子の変化を病的バリアントとしてお持ちであると診断されている方、あるいは臨床診断で遺伝性腫瘍だと診断されている方としています。その目的は一言で言うと「早期発見・早期治療」です。がん治療では、いかに早く見つけて治療につなげるか、そして予後の改善につなげるかというところが重要です。対象の方には、「サーベイランスによって、がんになる手前の状態を発見して芽を摘む、あるいはがんになる手前で何かしら対策を取ることが、早期発見、ひいては予後の改善に直結する」というご説明をして、サーベイランスに取り組んでいただいています。

サーベイランスとして行われる検査の具体的な内容や頻度について教えてください

検査の種類は、変化のある遺伝子や発がんリスクの高い臓器ごとに異なるため、一概に説明するのは難しいですが、一般的に、特定の遺伝子の変化をお持ちの方に対しては、個別ではなく統一的なアプローチで定期的な検査をご提案できるように、ガイドラインなどに準拠したプロトコル(治療計画)を病院内で策定しています。また、日本全国で考えてみても、病院ごとに対応が異なることは、医療の均てん化という点で問題があるため、ほとんどの病院ではガイドライン等を参照しながら、最もエビデンスが高く、かつ実現可能な方法、あるいは保険診療で実現可能な方法を模索しつつ、サーベイランスを実施しています。例えば、一般的ながん検診ではマンモグラフィ検査や乳房超音波検査が行われることが多いですが、乳がんのリスクが高まることが事前に分かっていたら乳房造影MRI検査を行う方法を提案することが当院ではあります。

遺伝性のがんは、診断がつけば終わりではなく、その先の健康管理が重要です。私たちは、そうした疾患の特性について各診療科の先生方にご理解いただき、ご相談させていただきながら、多科連携のもと、院内でサーベイランスを実施しています。

サーベイランスを受けていれば職場の健康診断(人間ドック)に含まれるがん検診は受けなくて良いですか?また、がん検診を毎年受ければサーベイランスを受けていることになりますか?

遺伝性腫瘍と診断されて受けているサーベイランスは、一部の方法が健康診断の内容と重なる場合もあるものの、そこに含まれるがん検診は受けなくて良いとは言い切れません。一方、日本の対策型のがん検診は、すべての臓器に対して包括的に行われているわけではありません。そのため、どちらも大事というのが答えになります。

具体的に言うと、例えば、リンチ症候群の場合、消化器系の大腸がんや胃がん、尿路上皮がん、さらに女性には子宮体がんや卵巣がんなど、さまざまな臓器に関連したがんが好発します。例えばこの中で、尿路上皮がんに対する公的ながん検診はありません。一方、サーベイランスとしては検尿あるいは尿細胞診を行うことが提案されます。また、リンチ症候群の大腸がんサーベイランスは、一般検診で行われる便潜血検査ではなく、内視鏡検査が推奨されます。このようにサーベイランスは、対象臓器、検査開始年齢、検査間隔、検査方法などが一般的ながん検診とは異なります。

もう一つ大事なこととして、リンチ症候群の方は乳がんリスクが高くはありませんが、こうしたリンチ症候群とは関連性の薄い他のがんにかかる可能性はあります。そのため、患者さんには関連腫瘍以外の臓器のことも忘れずに、専門的なサーベイランスでカバーされない部分については、ご自身の健康管理の一環として一般的ながん検診も受けることで、より包括的に健康管理に取り組んでいただきたいと考えており、日ごろから情報提供をしています。

サーベイランスは、がんを専門とする医療機関や診療科でなくても、どこの病院でも受けられますか?

全国どの医療機関でも、同じ医療レベルでサーベイランスが受けられるわけではないと考えています。というのは、すべての医療機関の医師が遺伝性腫瘍について同じ知識レベルや意識を持っているわけではないからです。当然ご存知の先生もおられますが、全国津々浦々でそういう状況ではないのが残念ながら現状です。ですのでやはり、ある程度知識を持っている施設や、遺伝性腫瘍の診療に熱心に取り組んでいらっしゃるような先生にご相談いただくのが、一番良いのではないかと思います。

特に希少な遺伝性腫瘍の方こそ、まずはがんを専門とする病院でご相談いただくのが良いと思います。例えばリー・フラウメニ症候群などで、保険診療の枠組みの中では受けにくいMRI検査が推奨されるような状況があっても、保険診療の壁で可能な検査が限定される場合もあるからです。とはいえ、平日でないと受診ができないとか、逆に平日の受診が難しいとか、いろいろなご事情もあると思います。専門病院からお近くの医療機関などに検査を依頼できる可能性など、医療機関が連携してサーベイランスを提案できることもあると思いますので、あわせて専門病院に相談してみていただくのも一つの方法なのではないかと思います。

サーベイランスを受ける合間の時期に、自分自身で日々確認した方が良いことはありますか?

サーベイランスとして例えば半年に1回や年に1回程度、さまざまな検査が行われます。しかし、次の検査までの期間中に、やはり気をつけていただきたいのは「ご自身の健康に目を向けていただく」ことです。具体的には、不正出血があれば婦人科を、下血があれば内視鏡で確認してくれる診療科などを受診していただきたいです。また、乳がん診療で言われる「ブレスト・アウェアネス」(乳房に対する自己認識)の一環として、月に1回程度ご自身の乳房をチェックいただくことも重要です。このようなチェックを通じて自分の健康に意識を向け、健康維持の習慣を身につけるなど、ご自身でも積極的に行動を起こしていただくことが大切です。実際に私は、遺伝カウンセリングや医学的な診断の後で「定期検査を受けるだけでなく、検査と検査の間に何か症状が出てきた場合は、躊躇せずに医療機関を受診し、問題がないことを確認していただきたい」というふうにお伝えしています。

遺伝性のがんのサーベイランスは保険適用で診療を受けることができますか?あるいは安く検査を受けられる制度などありますか?

日本の国民皆保険制度には多くの利点がありますが、現状、「現時点ではがんを発症していないけれど一般の方に比べるとリスクが高い、未発症者や無症状者」に対するサーベイランスは、厳密には保険診療の対象外であり、自費診療で行うことが原則とされています。患者さんが若い世代から継続的に検査を受けていくことを考えると、長期的には非常に大きな費用の負担になる可能性があると考えています。そのため、可能な範囲で、保険が適用される診療体制が望ましいと考えます。例えば、乳腺線維腺腫があれば乳がんのチェックを保険で行えるようにするとか、卵巣嚢腫、子宮筋腫があれば保険診療に切り替えていくなど、可能な限り保険適用を拡大していくことが望ましいと個人的には期待しています。それぞれの診療科の先生方も診療費が負担にならないように取り組まれている方が少なくないと思います。

安く検査ができないかという点については、日本の医療保険制度では、症状があれば保険適用で検査を受けられます。ですので、もしもサーベイランスの検査を受ける臓器に何か症状を感じていた場合には、そのことを病院にお伝えしてみていただくのが良いと思います。また、いくつかの遺伝性腫瘍に関しては研究が立案され、フォローアップのサーベイランス費用などが研究費で賄われているケースもあります。そのため、私は日頃からできるだけそういった情報を収集し、患者さんの負担が軽減できるような研究には積極的に参加しています。毎年10万円近くのサーベイランス費用を患者さんに負担していただくことは望ましくないと思いますので、保険収載を目指して各遺伝関連学会から働きかけていくということが望ましいと現時点では考えています。私は日本遺伝カウンセリング学会の保険委員を務めていますが、遺伝関連学会で共同して2年に一度の診療報酬改定に合わせてさまざまな議案を出しています。その中で、未発症の方のサーベイランス、あるいは未発症の方の遺伝学的検査を保険適用として認めていただけるような働きかけをしています。しかしながら、やはり日本の保険診療制度では病名がつかないと患者として認められないという制約が前提としてあることが、未発症者を保険適用にするための大きな壁であると感じています。しかし、医学の進歩により、「病気になるのをただ待つのではなく、予防的な対策として診断に基づいて行動していく」という動きになっていくのではないかなと期待しています。

遺伝性のがんのサーベイランスについて、医療者側における啓発活動などは行われていますか?

当院では「Gene Awareness(R)」というプロジェクトにより、院内の遺伝性腫瘍に関連するチーム医療を展開しています。「Gene Awareness(R)」は、遺伝子(gene)を意識(aware)してもらうことを目標に、私のいる臨床遺伝医療部と、さまざまな診療科の医師、看護師、薬剤師など、医療スタッフの皆さんとで取り組んでおり、「遺伝性腫瘍の診療の中で、遺伝子の変化に基づいて、診断、治療、薬剤選択、手術術式を選択してもらう」ことを目指しています。遺伝性腫瘍の診断は決してネガティブな情報ではなく、ベストな治療選択を提案するための情報や、血縁者に対して早期発見につながるための情報になります。

私たちは、医療者の不適切な先入観により患者さんが遺伝性腫瘍症候群の診断をネガティブに感じることがないようにしたいと考えています。そのためには、こうした医療者への啓発活動が重要と考えます。この活動には、さまざまな診療科の先生方にご賛同いただき、今は病院全体で、遺伝リテラシーの向上、遺伝性腫瘍症候群の診療についての情報共有、そしてチーム医療を目指して活動を展開しています。他の病院の先生方も同様の意識をお持ちだと思いますが、病院全体として遺伝診療にどう取り組んでいくのか、理想として何が求められているのかを考えることは重要です。がん研有明病院は、日本で遺伝性腫瘍症候群の患者さんを多く診療している病院の一つだと自負しています。そのため、多くの遺伝性腫瘍症候群の患者さんを直接診療する主治医の先生方に意識を持っていただくことが重要だと考え、この活動を積極的に行っています。現在当院に勤務している医療者が地方の病院や出身地に戻ったりした際にも、こういった医療が根付いていくことを願って活動しています。

※濫用・誤用を防ぐためにGene Awarenessはがん研究会が商標登録しています。

Dr Ueki 1
「当院ではGene Awareness(R)というプロジェクトを立ち上げ、遺伝性腫瘍症候群についての正しい理解の浸透に向け活動をしています」(植木先生)

読者からの質問

大学病院で検査の指標は聞きましたが、サーベイランスなどの管理(検査)はしてもらえません。自分で計画を立てて検査を受けなくてはいけないのでしょうか?(リンチ症候群・当事者)

大変切ないご質問ですね。遺伝学的検査の主な目的は診断をつけることです。しかし、診断をつける目的は、その先の健康を維持するためのマネジメントまで責任を負うことであり、それが理想だと考えます。今回質問者さんが、診断後の管理まで請け負っていただけていない理由として、未発症の臓器に対するサーベイランス体制が確立していない可能性や、病院内でリンチ症候群などの遺伝性腫瘍に対する理解が不足している可能性を想像しました。後者の場合、病院全体で遺伝性腫瘍症候群の診療の意義を理解することが重要と考えますが、患者さんの呼びかけで病院の体制を変えることはとても難しいですよね。そうするとやはり、病院から提示された情報に基づいて患者さん自身で健康管理を行っていただくことが一つの方法と考えられます。

当院は他科の先生方のご協力のもとでフォローアップ体制が充実していますが、患者さんによっては長年の経過の中で、婦人科、消化器科、乳腺科など、それぞれの専門の診療科や、他の病院の医師と信頼関係を築き、そこで検査を受けている方もおられます。こうした方に対しては、新しいガイドラインに基づいて追加された検査項目があれば、患者さんが検査を受けられている診療科でのフォローアップ状況を確認したり、直接患者さんに状況を説明したりすることで、患者さんご自身による健康管理の支援を行っています。こうした診療科間での連携がどこの病院でも同じように取れているかというと、必ずしもそうとは言えない場合があるのが現状だとは思いますが、ハブとなる先生が、ガイドラインの変更など、情報を継続的に共有して頂ける状況が理想だと思っています。

同一の病院内でも医師によってはサーベイランスの方法について異なることを言われます。誰に聞いた情報をもとにしたらよいでしょうか?(遺伝性乳がん卵巣がん/HBOC・当事者)

これは、現実的に実現可能な方法をおっしゃっている医師と、理想的な方法についておっしゃっている医師とでの、お伝えしている内容の乖離かもしれません。通常、サーベイランスはガイドラインで推奨されている内容に沿って行われます。しかし例えば、ガイドラインでは乳房の造影MRIが推奨されるけれども、その地域にある医療機関ではできない場合、無理だと諦めるのではなく、マンモグラフィとエコーを組み合わせるなどの代替方法で乳がん検診を実施していきましょうと提案されることもあります。これはガイドラインから外れていたとしても、現実的な対応策で問題ないと考えます。また、同じ症候群に対しても、保険制度の違いなどの影響により、米国、欧州、日本のガイドラインで推奨内容が異なる場合があります。このほか、例えば主治医、乳腺科医、婦人科医の間で見解の相違が生じる可能性も考えられます。

実際、医師によって違うことを言われた場合はどうすればよいかですが、やはり優先されるのは、主治医の先生のご判断かも知れません。ただ、ご質問者さんの主治医の先生が、果たして遺伝性腫瘍症候群のサーベイランスについて最新の知識を有しておられるかは判断つかないため、もしもご心配に思われる点があれば、セカンドオピニオンを求めたり、遺伝カウンセラーに情報整理を依頼したりすることが、現実的な解決策になるかと思います。もちろん病院側も、遺伝性腫瘍症候群についての医師ごとの知識の差によって対応が異ならないように、診療科横断的なカンファレンス等を行い、病院のプロトコルに従って医療の均てん化を図ったり、医療者の知識レベルの向上を行ったりしていく必要があると思っています。

最初に発症するとされる副甲状腺のエコーは受けましたが、「今のところ兆候は見当たらないのでこれ以上の検査はできません」と言われました。この先、どうしたらよいのでしょうか(神経内分泌腫瘍・家族)

この問題はさまざまな臓器のがんで起こり得ますが、サーベイランスのコンセプトがまだまんべんなく医療者に浸透していないことが原因の一つだと考えられます。早期発見して治療につなげるためには、1回の検査で終わりではなく、一度開始したら継続的に実施していくというスタンスが求められます。しかし、多くの医療機関では医師が1年や2年の短期で異動したり、大学病院から短期間の出張で診療を行ったりしているケースがあります。こうした場合は、患者さんを継続的に診ることが難しく、一般診療で問題がなければ「1年後に自分で予約を取ってください」や「現在は問題ないので、何か異常があれば来院してください」というような形で診療を終えがちです。

とはいえ、10年以上前に始まった遺伝性腫瘍症候群の診療は、この数年で状況が大きく変化し改善してきているように感じています。したがって、現在継続的に担当する医師を見つけるのが困難な状況も、将来的に改善されると期待しています。遺伝性腫瘍症候群の診断、診療、およびサーベイランスについての知識が広く浸透することで、継続的な実施の重要性が認識されるようになります。患者さんの負担を軽減するために、医療機関が1年後の予約を自動的に設定するなど、継続的なフォローアップの仕組みの構築なども進むのではないかと期待しています。しかしそれでもなお、十分なエビデンスを持ってサーベイランスのプロトコルが組めない遺伝性腫瘍症候群もあるため、1回診察してその時点で問題がないと診療が終了してしまう状況も想定されます。私も何度か、検査後に「今のところ大丈夫です」というお返事だけで、次の予約を取って頂けなかったと患者さんから伺い、私の方から担当医に1年後の予約を入れるといったことをした経験が過去にあります。患者さんが予約を取れない場合もあるためです。医療者間で粘り強くコンサルトを続けることで、「やはりサーベイランスを実施すべきだ」と認識してくださる先生もいらっしゃいました。こうしたことは、遺伝診療部門から働きかけ、病院全体の体制として取り組むべき課題だと考えています。

多くの診療科に受診しなければならず、スケジュール調整が大変です。どうにかなりませんか?(カウデン症候群・当事者)

これは遺伝性腫瘍症候群が多臓器にわたって発症リスクを有するからこその難しさで、同じ病院で複数の診療科の検査や結果説明を1日で済ませることができれば、最も理想的だと思います。しかし、専門性の高い医師の診療日が限られているため、希望する日に診てもらえない場合もあると想定されます。当院では、できるだけ同じ日に複数の診療を受けられるようスケジュール調整をしていますが、それでも外来枠の変更や検査日の調整などで、さまざまな制約が生じることがあります。

診断を受けた直後はモチベーションが高く、半年に1回の検査頻度に不安を感じる方もいますが、それをずっと続けていくと息切れしてしまうこともあると思います。息切れせずに、つらい検査はつらくない方法に置き換えてでも、「長い目で続けていく」ことがサーベイランスを行う上で最も重要と考えており、私はできるだけそのようにご提案するようにしています。ですのでご質問者さんもぜひ、「自身の健康と生命は自ら守る」という意識を持っていただき、スケジュール調整が困難な場合は、ご自身の調整できる範囲で受診の間隔を適切に調整していただきながら、できるだけ無理なく、長期的に受診を継続していただきたいと思います。

遺伝学的検査で、原因となる遺伝子の変化を受け継いでいないことがわかりました。その場合、サーベイランスは受けなくても良いですか?(HBOC・家族)

ご家族に遺伝性腫瘍症候群と診断された方がいらっしゃって、その血縁者である質問者さんが病的バリアントを保持していないという結果が判明した、ということだと思います。これを陰性というふうに解釈をされる方が多いと思いますが、こうした方の場合、サーベイランスという言い方にはならないかも知れませんが、一般のがん検診に加え、気になる臓器の検査を継続していくことをご提案させていただいています。というのは、最近、その家系でがんを発症した方が持つと判明した、1つの遺伝子の1つの変化の部分(シングルサイト)をピンポイントで調べるのみの検査では、不十分な場合もあることがわかってきているからです。シングルサイトの検査だけでは、例えば母方由来の情報のみで父方は十分に調べられていないことや、遺伝性腫瘍症候群の原因遺伝子を複数保持している方も存在するためリスクを見落とす可能性があることがわかってきているのです。

ですので、家族歴から他の遺伝性腫瘍が疑わしい状況が存在するのであれば、追加でマルチ遺伝子パネル検査を受けていただくようなことも選択肢かもしれませんし、陰性と言われても不安が払拭できないのであれば、やはり気になる臓器は定期的に検査していただくことが、ご本人にとって大切だと思います。実際、HBOCのシングルサイトの検査で陰性だった方が、新たにがんを発症されたケースもありました。また、そもそも、遺伝性腫瘍症候群に関わる遺伝子の変化をお持ちでないからといってがんにかからないわけではありません。がんの自体は、遺伝性ではない散発性のがんの方の方が圧倒的に頻度は高いので、検査で陰性だった方に結果をお伝えするときには、「遺伝子の変化がなかったとしても、がんにかかるリスクは誰にでも存在するため、対策としてのがん検診は大切ですよ」と、情報提供するようにしています。

主治医の指示により定期的にマンモグラフィ検査を行っていますが、温存法で一部切除だったため、検査時の痛みが辛いです。これは我慢するしかないのでしょうか?(HBOC・当事者)

新たながん発症のリスクを知っているがゆえに、痛みは我慢しなければならないと考えている方も少なくないかもしれません。検査の時の痛みが辛いということは、その検査を行った技師や、その場にいる医療スタッフでなければわかりません。主治医の先生が確認する画像では、痛くて辛いということはわからないため、主治医の先生に「検査を受ける際の痛みが辛い」とお伝えいただくのが、改善への早道だと思います。

遺伝性腫瘍症候群の種類によっては複数の検査方法がある場合もあるので、痛みを伝えることで、継続可能な別の方法への切り替えを検討してもらえるかも知れません。HBOCの場合、ガイドラインでは一般的に造影乳房MRI検査とマンモグラフィまたはエコーを併用することが推奨されています。例えばMRI検査が可能であれば、痛みの少ない検査方法に変更することも検討できます。また、温存した部分を追加でリスク低減を目的に切除することでリスクをさらに下げ、マンモグラフィを避けるという選択肢も考えられますが、なかなか追加切除に踏み切れないお気持ちもあるかもしれませんね。こうしたお気持ちなども含め、一度主治医にご相談してみていただくのが良いと思います。

子どもへの遺伝が心配なのですが、子どもにも定期的に検査を受けさせた方が良いのでしょうか?遺伝していない可能性を含めてどのように子どもに伝えたら良いのかも悩みます。判断基準などあれば教えてください(HBOC・当事者、FAP・当事者)

一概には言えませんが、成人期以降に発症リスクが高まるHBOCリンチ症候群などの場合には、原則としてお子さんに遺伝学的検査について伝えるタイミングは、比較的ご自身で判断ができる成人期で良いと親御さんにはご案内しています。その理由は、就職、一人暮らし、結婚、妊娠、などのライフイベントを踏まえ、検査のタイミングの選択をご本人の意思で行っていただくのが望ましいと考えるからです。私たちがよくお伝えするタイミングは、親元を離れる時期です。それまではお子さんの健康管理に保護者が気を配りますが、就職後は仕事やプライベートで忙しくなり、病院に行く時間を取りにくくなることがあります。ですのでお子さん自ら初期症状やそのサインにいち早く気づけるためにも、親元を離れるタイミングで一度遺伝カウンセリングを受けに来ていただきたいと思っています。そして健康管理にどのように気を配っていくべきか、どんな症状に気をつけたらいいのかなどの情報を整理して、「いつ検査を受けるかはご自身で判断してまた遺伝カウンセリングに来てください」とこちらからお伝えするのが最適だと考えています。

一方、サーベイランスを始める時期については、検査の開始が推奨される年齢に準じて開始していただくのが最適な時期と考えています。例えばHBOCの場合、女性と男性で推奨されるサーベイランスの開始年齢が異なります。また、家族性大腸腺腫症(FAP)リー・フラウメニ症候群の場合には、小児期発症のがんのリスクもあるので、発症リスクが高まる時期に必要なサーベイランスに組み入れていくことがお子さんの健康を守ることに直結します。そのため、成人期にこだわらず、原因となる遺伝性腫瘍症候群ごとにお子さんにとって最適なタイミングをご両親に見極めていくのが最善だと考え、そのように情報提供させていただいています。

遺伝学的検査にしろ、サーベイランスにしろ、親御さんからの言葉だけでは十分に伝わらないこともあります。また、親御さんに心配をかけないようにと考える若い世代の方も多くおられます。そのため、親を介さずにお子さんがご自身で相談できるような環境を整えることも重要で、その窓口として遺伝カウンセリングを一度受けて頂くのが良いと思っています。

遺伝性のがんのサーベイランスに関して、不安や心配に思うことがあったら誰に聞けば良いですか?(HBOC・当事者、カウデン症候群・当事者、ほか)

いろいろと不安は尽きないと思いますが、検査を実施することで、早期発見・早期治療につながる可能性があり、それが安心感につながる方もいらっしゃるため、「主治医や遺伝カウンセリングなどに相談しつつ、今できることを実施していく」のが一つの選択肢になると考えます。例えば膵臓がんのサーベイランスは今のところ困難だと思われており、大きな不安を感じている方もおられると思います。しかし、「がんになるのを漫然と待つだけ」というイメージを持たれているとしたら、それは違います。エビデンスは年々積み重なり、ガイドラインにより推奨される検査手順等は更新されています。例えばHBOCポイツ・ジェガース症候群リー・フラウメニ症候群リンチ症候群など、膵臓がんのリスクが高い方に対するMRCP(MRIを使って胆管や膵管の状態を詳しく調べる検査)やEUS(超音波内視鏡の検査)の推奨度が高まってきたりしています。こうした情報を知り、今ご自身ができることを考えていくことが、ご自身の健康管理のためにはもちろん、不安を軽減するためにも重要な取り組みと考えます。

一方で、ガイドラインの更新などにより、何歳になったら何科の検査を受けるなどの推奨の内容が、頻繁にがらりと変わる遺伝性腫瘍症候群もあり、不安を感じられる方もおられると思います。ガイドラインはあくまで指針であり、これに無条件に従う必要はなく、また法的な根拠があるものでもありません。その時点での最新のエビデンスを反映して今のところベストと思われる方法が書いてありますが、エビデンスが変われば推奨も異なってくるという前提のものです。そのため、こうした変更について不安を感じられた場合、遺伝診療部門や遺伝カウンセリングなどにご相談ください。そうして頂くことで、私たちも最も効果的に患者さんをサポートできるのではないかと考えています。

検査を受けることは不安軽減の一つの選択肢である一方で、心配だからという理由だけで非常に若い時期から精密な検査を定期的に受けることには、心身への負担などの注意点もあります。発症前の不安に苛まれることは当然ありうると思います。しかし、「検査をして異常がなかったから、このぐらいの痛みや症状は病気との関連が低いんだな」など、経験を一つずつ積み重ねつつ、時間をかけて自分の体質と向き合っていただくことも遺伝性腫瘍症候群とつきあっていく上での重要なプロセスだと考えます。ぜひ、長期的な視点で継続的にサーベイランスを受けながら、ご自身の健康に自信をつけていただければと思っています。

最後に先生から遺伝性疾患プラスの読者に一言お願いします

遺伝性腫瘍症候群の診断をどのように受け止めるかは、人によって異なると思います。私たち医療者にとっては、遺伝学的な診断に基づいて適切な医療を提供したり、早期発見・早期治療につなげたりできるという点で、メリットが非常に大きいと考えています。しかし、診断がつくことで、将来の発症への不安や血縁者への影響、ライフイベントへの影響を当事者の皆さんが心配するのは自然なことです。遺伝カウンセリングは、一度で十分に理解や受け入れができなかった場合でも、何度でも繰り返し受けていただくことができます。状況が変わった場合(例えば、ご家族に新たながん患者がわかった、ご自身の健康に不安が生じたなど)、いつでも何回目でもご相談いただけます。サーベイランスを一度中断したり、検査当日にキャンセルしたりすることも、長期的な経過の中では起こり得ると思います。こうした予定変更について医療者に申し訳なく感じて受診を控える必要はありませんので、またいつでも来院していただきたいと思います。私たちはできるだけ患者さんにとってサポートとなるような対応を心がけて診療していますので、たった一度のキャンセルでサーベイランスを中断してしまわないで欲しいと思っています。キャンセルされた方に病院からお伺いのご連絡をできる場面ばかりではないため、なぜ来院されなくなったのかなと心配しながら待っている医師もおられます。遺伝子の変化に基づいた対策は非常に意義があります。ぜひサーベイランスについては継続的に受けてほしいなと思います。


遺伝性のがんのサーベイランスを受けていくうえで、とにかく重要なのは「継続すること」。サーベイランスは遺伝子の変化ごとに、また、その人の状況ごとに、検査のタイミングや内容が異なり、悩んだり困ったりすることもいろいろあります。しかし遺伝性のがんに関するエビデンスは日進月歩で蓄積されており、それに伴い検査・診断・治療の方針も改善されてきています。そのタイミングでの最新・最善の方法で検査を受けるためにも、悩んだり困ったりした場合には、遺伝カウンセリングなど、医療機関の窓口で相談するのが良いということを、植木先生は教えてくれました。

にこやかにわかりやすく、今回寄せられたたくさんの質問に一つひとつ丁寧にお答えくださった植木先生。お話を伺う中で、「遺伝子の変化をネガティブに捉えないで欲しいため、また、遺伝カウンセリングを怖い話をする場だと誤解しないで欲しいため、できるだけ”明るい遺伝カウンセリング”を心がけている」とおっしゃっていたのが印象的でした。(遺伝性疾患プラス編集部)

関連リンク

植木 有紗 先生

植木 有紗 先生

公益財団法人がん研究会有明病院 臨床遺伝医療部 部長。博士(医学)。2004年に慶應義塾大学医学部を卒業後、慶應義塾大学病院産婦人科学教室、同臨床遺伝学センター・腫瘍センター等を経て、2021年より現職。日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本遺伝性腫瘍学会遺伝性腫瘍専門医/指導医、日本産科婦人科学会専門医/指導医、日本人類遺伝学会/日本遺伝カウンセリング学会臨床遺伝専門医/指導医。