重症の赤ちゃんをゲノム解析で救う国家プロジェクト「Priority-i」とは?

遺伝性疾患プラス編集部

目次

目次をもっと見る

2022年2月、「重症で生まれて病気の原因が不明の赤ちゃん85人を対象にゲノム解析を行ったところ、約半数で原因が特定でき、さらにその約半数で、より適切な検査や治療方針に結び付いた」という内容のプレスリリースが慶應義塾大学から発表されました。遺伝性疾患プラスでも、この内容を広く読者にお伝えしたいと考え、ニュースとして公開したところ、多くの方々から反響を頂きました。この研究は、「新生児集中治療室における精緻・迅速な遺伝子診断に関する研究開発」、通称Priority-i(プライオリティ・アイ)と呼ばれ、遺伝性疾患が疑われる新生児・乳児(原則6か月以下)に対して迅速に遺伝子診断を行い、診療に役立てることを目的として実施されている国のプロジェクトです。当初は8都府県にある17の高度周産期医療センターとともに開始されましたが、現在は全国のより多くの医療機関へと規模を拡大して進められています。今回、Priority-iの研究代表者を務めておられる、慶應義塾大学医学部小児科学教室専任講師の武内俊樹先生に、より詳しい研究内容や将来展望などについて、お話を伺いました。

Drtakenouchi Main
慶應義塾大学医学部小児科学教室専任講師 武内俊樹(たけのうちとしき)先生

「重症で生まれる赤ちゃん」について

重症で生まれて新生児集中治療室に入室する赤ちゃんのうち、遺伝性疾患と考えられる赤ちゃんはどれくらいいるのでしょうか?

海外からの情報も含め、生まれてすぐに新生児集中治療室(NICU)に入室する赤ちゃんのうち、遺伝性疾患が原因で重篤になっていると考えられているのは5~10%です。その他、感染症などでNICUに入る場合もあります。原因によらず、NICUに入室する赤ちゃんのうち一番多いのは、予定日より早く生まれた赤ちゃん(早産児)です。また、早産児の大半は遺伝性疾患によるものではありません。

重症で生まれる赤ちゃんは、生まれる前の検査などで重症とわかっている場合が多いのでしょうか?

遺伝性疾患に限ると、エコー検査で、おなかの中の赤ちゃんの調子が悪そうだということがわかる場合もありますが、全体で考えると、多くの場合、予測は難しいです。遺伝性疾患を含めて、特に予定日近くに生まれる赤ちゃんは、重症かどうかの予測はなかなか困難です。

今回、ゲノム解析の対象となった赤ちゃんは、具体的にどのような状況だったのでしょうか?

今回、ゲノム解析の対象となったのは「8都府県にある17の高度周産期医療センターで、2年間に通常の医療で行われる検査はで原因不明であった重症の赤ちゃん85人」でした。この17施設は、いずれも遺伝性疾患や新生児の治療の実績のある病院です。2年間に多くの赤ちゃんがNICUに入室した中で、施設の先生が「遺伝性疾患ではないか」と判断された85人ということになります。判断の基準(研究参加の適応基準)としては、けいれん、遷延性黄疸、筋緊張低下、呼吸不全、代謝疾患疑い(アシドーシス、肝脾腫など)、多発奇形、その他複雑な症状などにより担当臨床医からの要請があった場合、などが挙げられます。ゲノム解析の対象とならない赤ちゃん(除外基準)は、正常早産児、生後24時間以内、診断が確定している、悪性腫瘍、の場合です。

今回の研究成果について

改めて、今回の研究成果の概要を教えてください

Priority-iは、遺伝性疾患が疑われる新生児・乳児(原則6か月以下)に対して、迅速に遺伝子診断を行い、診療に役立てて頂くことを目的として実施しています。

今回報告した研究ではまず、全国17の高度周産期医療センターからなるネットワークを構築しました。その中で、通常の医療の中で行われる検査などでは原因不明とされた重症の赤ちゃん85人に対してゲノム解析を行いました。具体的には、担当医同席のもと、対面で患者さん(赤ちゃん)のご家族に研究内容を説明し、同意を頂き、その後、赤ちゃんから1cc程度、両親からは5cc程度の採血を行い、DNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いて迅速に網羅的遺伝子解析を行いました。その結果、85人中41人(診断率48%)で原因となる遺伝的な変化が見つかりました(遺伝学的診断が確定)。さらに、診断が確定した41人中20人(49%)で診療方針に影響がありました。具体的には、専門家への紹介、合併症の検索、新規治療法の提案、侵襲的/非侵襲的検査の回避、緩和ケアの導入等につながりました。

Drtakenouchi Fig1
研究成果の概要。Priority-iのウェブサイトより許可を得て転載。
NICUのある施設がたくさんある中で、この17施設を選んだ理由を教えてください

理由は、新生児と遺伝の両方の専門医が院内に揃っている高度周産期医療センターだったからです。このプロジェクトは、新生児の専門家と遺伝の専門家としっかり組んで行う必要があります。なぜなら、遺伝性疾患の場合、次のお子さんの罹患確率にも話が及ぶこともあり、ご両親に対する遺伝カウンセリングがとても重要になるからです。

日本で初めての大規模な試みとその成果を知り、希望を感じたという方も多いと思います。実際に国内外においてどのようなインパクトがあったのでしょうか?

欧米では数年前から、新しい遺伝子解析の方法を使って重症な赤ちゃんをできるだけ早く診断する、といった取り組みが行われており、英国が今のところ一番進んでいると感じています。最近は、アジア諸国でも同様の取り組みが進んできています。今回の成果は、世界初ではありませんが、日本では初めてでした。そして、ゲノム解析を行った場合の診断率は、欧米と同じくらいだったとわかり、日本でもこの方法が診療に有用であろうということがわかったことは、大きなインパクトがあったと思います。

ゲノム解析に使われる「次世代シーケンサー」は技術的にかなり確立されており、がんの領域では既に医療に応用され始めています。Priority-iの取り組みに関して、私はよく欧米、香港、台湾など海外の先生方とやり取りをしていますが、こうしたやり取りを通じ、世界各国が、次世代シーケンサーを用いた赤ちゃんのゲノム解析を、どのように医療として実現しようとしているのか、情報を集めています。そして、日本でも医療に組み込むことを目指して、研究を進めています。

私は小児科医なので、このプロジェクトを開始する前から、別の研究プロジェクトで、病気の原因がわからない「お子さん」の診断をつけることはしていました。ただ、対象のお子さんは、2歳~3歳以上のいわゆる小児期の患者さんでした。今回、主に新生児を含め、生まれてすぐのお子さんを対象にPriority-iを実施したことで、このスキームが実際に現場の役に立てるとわかりました。「これは意味のあることだ」と実感したことで、研究を拡大し、展開していく自信につながっています。

Drtakenouchi 11

「赤ちゃんのゲノム解析が診療に有用であるとわかったので、医療に組み込むことを目指し研究を進めています。」(武内先生)

遺伝学的な診断がついたことで「より適切な検査や治療方針に結び付いた」赤ちゃんについて、もう少し詳しく教えてください

これらの赤ちゃんは、診断がついたことで「治療方針に影響があった」わけですが、これは、全員に対して何かしらの薬が見つかって治療を開始した、というイメージとはちょっと違うと考えてください。どちらかというと、他の臓器に何か症状が出ていないかを前もって調べる必要があるとわかったとか、他の診療科の先生も一緒に診療に加わって頂く必要があるとわかったとか、移植を予定していたけれどその必要はないとわかったとか、こうした、健康管理全般について改善につながるような形で診療に役立った、という風にご理解頂ければと思います。

原因が特定されなかった赤ちゃんたちもいたわけですが、これはどういった理由だったと考えられますか?

真実はわかりませんが、大きく2つの理由が考えられます。1つは、遺伝性疾患以外の病気だったのでゲノム解析で原因が特定できなかったという理由です。具体的には、何らかの感染症などが挙げられます。ただ、今回の研究に限って言うと、一緒に研究を行った17施設では、かなりエキスパートの先生方がご覧になって、パッと見てわかるような外傷や感染症を除いた赤ちゃんたちがゲノム解析の対象に選ばれてはいます。もう1つの理由として挙げられるのは、技術的な限界です。今、最先端技術である次世代シーケンサーを用いて、網羅的な遺伝子解析ができるようになったわけですが、この技術でも検出できないような遺伝子の変化は、まだいろいろあるんです。ひと昔前の、私が医師になったばかりの頃には、遺伝的な影響を調べるための検査は、Gバンド法などの、染色体を調べる方法しかなく、その診断率は数%でした。染色体の検査はゲノム解析に比べると、とても大雑把なため、臨床的に明らかに遺伝性疾患だと考えられる人を検査しても、原因がわからないことも多かったですね。その後、十数年前から、もう少し細かく調べることができる、マイクロアレイと呼ばれる検査が始まり、日本でも昨年度から保険適用となりました。この方法で遺伝性疾患の診断率は上がりましたが、それでも調べた中で原因がわかるのは15%くらいでした。そして今回の研究で使用した次世代シーケンサーによるゲノム解析はDNAのレベルまでかなり細かく解析ができます。約半数の診断がつきましたが、次世代シーケンサーもまだ完璧な解析技術というわけではなく、まだ技術的に検出が難しい原因も、診断がつかない赤ちゃんたちの中にあったのだろうと思っています。時間とともに技術の進歩で着実に診断率が向上してきているので、今後の技術の進歩にも期待したいと思います。

Priority-iについて、未診断疾患イニシアチブ(IRUD)との接点はありますか?

これは良く聞かれるのですが、基本的に目指しているものは異なると考えています。IRUDは、今までヒト疾患として認識されていなかったような「新しい疾患を見出す」ところが主なミッションです。患者さんの中には、既に知られている病気にかかっている方(遺伝性疾患でいうと、5,000~6,000疾患ということになります)と、まだ知られていない病気の方々がいます。未知の病気は、まだたくさんあり、原因不明と言われている患者さんたちも大勢います。その原因をはっきりさせていこうというのがIRUDです。IRUDは、基本的に生まれたばかりの赤ちゃんではなく、小児以降が対象となっていますが、その理由として、顔立ちや体つきなど、診断の手掛かりとなるいろいろな症状がハッキリしてくるから、ということが挙げられます。

一方で、Priority-iで対象としているのは、新生児の患者さんです。「重篤な症状がある赤ちゃんに対し、既に知られている病気を、確実に早く診断する」というのが、当プロジェクトの目的で、新しい病気を見つけることは目的としていません。新しい病気というものは、症状を細かく定義する必要があるので、症状がはっきりしない、生まれてすぐの時期に行うのは難しいのです。

こうした理由から、IRUDとPriority-iは別のプロジェクトとして進められています。ただ、既に知られている病気と言っても、何千もある病気からパッと「この病気です」と決定するのは、どんなに経験を積んだ医師でもなかなか困難です。ここを、次世代シーケンサーの力も使い、早く確実に診断できるシステムを実現しよう、というのがPriority-iなのです。

生まれた赤ちゃん全員が、かかとから採血されて行われている「新生児マススクリーニング検査」は、健常人を含めた全ての新生児が対象なので、また目的の異なる検査です。

Drtakenouchi Fig2
武内俊樹先生ご提供

重症の赤ちゃんを救うプロジェクト、今後の展開と将来の展望

17施設との研究結果に基づいて、今、プロジェクトはどのように進んでいますか?

今は、全国の、重症の新生児を診る可能性がある、NICUをお持ちの施設の先生方にお声がけをして、八十以上の施設から参加希望を頂いています。最初に報告をした17施設との研究は、まず限られた施設で有用性を確認するための研究でした。結果的に、役に立つとわかり、全国に広がっているところです。先ほどもお話ししましたが、NICUが設置されている施設には、新生児と遺伝の専門医が必ず揃っているというわけではなく、遺伝の専門医がいない施設もあります。そういう施設も参加して頂くために、オンライン会議システムを活用しています。年長のお子さんであれば、少し距離のある病院へ外来で来ていただけることもあるのですが、赤ちゃんがNICUに入院すると、その状況で別の病院に来て頂くことは難しいことが多いです。ですので、オンライン会議システムを使って、ご両親から研究参加の同意を頂くときには、主治医の先生にも同席いただき、私たちから研究内容についてご説明をさせていただいています。

そのほか、プロジェクトについて詳しくは、Priority-iのウェブサイトをご覧頂ければと思います。研究開始時には私が自作した必要最低限の情報を掲載したウェブサイトでしたが、オンラインで全国の施設に展開することになった段階で、質問などが多く寄せられるようになったこともあり、改修いたしました。いろいろな情報が書いてあるのでぜひご覧ください。

とてもわかりやすく、見やすいサイトですね。患者さんご家族に向けたコーナーもありますね?

はい、「患者さんご家族へ」というコーナーを設けて、遺伝子解析とはどのようなものか、から、この遺伝子解析を受けるにはどうすればよいか、などまで、これまでに患者さんご家族から多く頂いた質問とその回答を掲載しています。

赤ちゃんのゲノム解析をするとなった場合、ご家族とは、内容をご説明して同意を頂くときと、結果をお伝えするときの2回、しっかりと話し合いをする必要があります。担当医の先生や、遺伝カウンセリングの先生、私たちが話し合いに参加し、心配に思われていることなどを伺い、一緒にお答えしていきます。

そんな中で良く頂く質問は、「ゲノム解析で、どういうところまで調べるのですか?」といった内容です。というのは、赤ちゃんの病気を調べるために、赤ちゃんとご両親の3人から採血をさせて頂き、3人の遺伝子を調べさせて頂いているからです。次世代シーケンサーによるゲノム解析を行うと、非常に多くの変化が見つかり、赤ちゃん本人の遺伝子だけを調べても、どの変化が病気に関係しているのかを突き止めるのがとても難しいのです。そのため、ご両親も一緒に調べて、赤ちゃんに見つかってご両親には見つからない変化や、ご両親が半分ずつ持っていて赤ちゃんは両方持っている変化を見つけていくような方法を取っています。ここではあくまでも、赤ちゃんの病気を診断するために、ご両親にもご協力頂いており、親御さんが将来どんな病気になりやすいかなどは、調べないことにしています。そういった質問や回答も、サイトに記載されています。

Drtakenouchi 22

「Priority-iのウェブサイトには、さまざまな情報が記載されているので、ぜひ一度ご覧ください。」(武内先生)

Priority-iの将来展望を教えてください

将来的には、保険診療として、一般的な診療の中で使われる検査になればと思っています。私たちが行った研究の結果、半分弱の方の診断がつき、医療的にも役に立ちそうだとわかったので、それを今、研究ベースではありますが、全国ネットワークとして広げ、検証を進めている段階です。これが医療として行われるようになれば良いなと思っています。

ゲノム解析を医療として確立するのはなかなか難しく、そこまでの道のりにはまだ大変なことが多くあると思います。しかし、その日は「まだまだずっと先」というほどには遠くないのではないかなと思っています。既にがんでは、一部の遺伝子パネル検査が保険適応となっています。Priority-iも、がん遺伝子パネル検査も、次世代シーケンサーを用いてたくさんの遺伝子を一気に調べており、基本的な技術としては同じです。そのため、早く難病のゲノム解析も医療の中で使える日がやってきて欲しいと思っている先生は、私以外にも、たくさんおられると思います。

医療として行われることを目指すうえで、まずは、オンラインも含めて、どのように、安全性や信頼性を担保して進めていくかが課題だと思っています。都市部にいないと受けられない、近くに大学病院などの大きな病院がないと受けられない、という状況では、医療として「どこでも均質なものが受けられる」ということにはなりません。この仕組みをしっかり確立していかなくてはと思っています。

生まれてすぐに原因がわかったら、すぐに治療することで命を救える遺伝性疾患は今後増えていくでしょうか?

増えていくと思っています。そうした治療法として、遺伝子治療核酸医薬品は、今後重要になってくると思っています。脊髄性筋萎縮症(SMA)という疾患は、保険適用で遺伝子治療と核酸医薬品が使えるようになり、予後が劇的に改善されました。これらの治療法が開発される前は、効果的な治療法が全くありませんでした。そうした病気が、ここ数年で治療法が開発されたことで一気に変わり、「どれだけ早く見つけてどれだけ早く良くしてあげるか」という風に変わりました。SMAの他にも、こうした方法で、いち早く治療することで予後を改善できる疾患は、まだまだたくさんあると思います。今後、そうした新しい治療法がどんどん出てくることを期待しています。遺伝子治療は、薬価などの課題もありますが、今後解決の道が開かれていけば良いと思います。

最後に、先生から読者の皆さんに一言お願いします

重症で生まれた赤ちゃんに対する網羅的遺伝子診断により、半分弱の赤ちゃんで診断がつき、そのうちの半分ぐらいの赤ちゃんで、結果を診療にお役立て頂けそうだとわかりました。こうした新しい技術の恩恵を、できるだけ日本のどこに生まれた赤ちゃんに対しても届けられるような仕組みを、作っていきたいと考えています。


武内先生は、クールな印象でしたが、その口調の奥に、これまで治療法が無く看取ってきた多くの赤ちゃんに対する無念の気持ちと、Priority-iを医療にし、できるだけ多くの赤ちゃんを救っていくのだという、強く熱い想いがはっきりと見えました。

重症で生まれた赤ちゃんに対し、ゲノム解析による個別化医療が速やかに行われ、多くの赤ちゃんが救われる日は、それほど遠からずやって来るのかも知れません。遺伝性疾患プラスでは、今後もPriority-iの進展を皆さんにお伝えしていきます。(遺伝性疾患プラス編集部)

関連リンク

武内俊樹先生

武内俊樹先生

慶應義塾大学医学部小児科学教室専任講師。医学博士。2002年に慶應義塾大学医学部医学科卒業。専門は、一般小児科、小児神経学、臨床遺伝学。日本小児科専門医・認定指導医、日本小児神経専門医、日本臨床遺伝専門医、米国小児科専門医、米国小児神経科専門医、日本小児神経学会評議員、日本小児遺伝学会評議員。