小坂仁先生が回答!遺伝子治療Q&Aコーナー

遺伝性疾患プラス編集部

「日本における遺伝子治療2023」Topに戻る

「日本における遺伝子治療2023」の開催に向け、遺伝性疾患プラス読者の方々から、遺伝子治療についての質問がたくさん寄せられました。これらの質問に、いま実際に日本で、診療および今後の承認に向けた臨床研究として、遺伝性難病を含む複数の疾患に対する遺伝子治療を実施されている、自治医科大学小児科学教授の小坂仁先生が、一つひとつ丁寧にお答えくださいました。また、小澤敬也先生もディスカッションに加わり、追加コメントなどをくださいました。

※取材日(2023年6月20日)時点での最新情報です。

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海外で行われている遺伝子治療の治験が成功して承認されたら、日本でもその遺伝子治療を受けられるようになりますか?なるとしたら何年くらいかかりますか?(レット症候群・6歳・マリ さん、錐体ジストロフィー・9歳・301 さん)

これは、ケースバイケースなので、一般論としてお答えするのはなかなか難しい質問です。ただ、海外で承認された遺伝子治療を日本でも受けられるようにするためには、薬価の問題を避けて通ることができません。国民皆保険の日本は、欧米に比べて薬価が非常に安く抑えられています。そのため、海外で承認された遺伝子治療薬について日本でも承認を受けるために、海外の製薬企業が改めて日本で治験を行うことに強い動機を得られないという状況があります。これは遺伝子治療薬に限らず、さまざまな治療薬についていま課題となっていることで、ドラッグ・ラグ(世界で使える薬が日本で使えるようになるのに時間がとてもかかる)、最近ではドラッグ・ロス(世界で使える薬が日本で使えない)などという言葉を用いて、いろいろと議論されています。

日本としては、これをどう解決しようかということになるわけですが、その一つの手段として、患者登録(レジストレーション)が挙げられると思っています。患者会などを中心に、その疾患の患者さんがどこにいて、どういった主治医が診ていてどういう状況にあるのかが、患者登録などの形でまとまっており、すぐに提示できる状況にあると、海外の企業も日本で治験を行おうという流れになりやすい傾向があると思います。また、こうした患者登録によって、その疾患の自然歴(治療などの処置を行っていない場合の症状の経過)が把握できていると、治療の効果を自然歴と比較するという方法での臨床試験が可能になる場合もあります。

このほか、患者数が少ない希少疾患では、海外で承認された遺伝子治療薬について、日本で改めて承認に向け治験を実施するという方法ではなく、最初から、日本も含めた国際共同試験という形で治験が行われる場合もあります。これなら、日本の患者数が少なくても、海外のデータと合わせての承認申請が可能になります。こうした国際共同試験に日本がスムーズに組み込まれるためにも、患者会の活動や患者登録によって、日本における患者さんの状況がまとまっていることは、とても重要です。このあたりは、小澤先生がお詳しいと思うので、追加でコメントを頂けますか?

小澤先生コメント:そうですね、単一遺伝子疾患は山ほどあるので、一つ一つの疾患に対してではなく、ある程度疾患をグループ化して、一つの遺伝子治療薬で複数の疾患に効率良く効果が得られるような開発を進めようという検討も、米国のFDAでは始まってきています。

小坂先生がおっしゃった通り、遺伝子治療の開発は疾患によってさまざまで、非常に順調に開発が進む場合もあれば、とても時間がかかる場合もあります。これは日本に限定した話ではありません。例えば、脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」(一般名:オナセムノゲン アベパルボベク)の場合には、SMAに対する遺伝子治療の研究は比較的最近始まり、あっという間にFDAで承認されて、次の年には日本で承認されました。その背景には、他に治療法が無かったということと、臨床試験の結果が非常に良好だったということがあったと思います。それに対して、それなりに従来の治療薬がいろいろあり、何とかそれでしのげる疾患については、製薬企業はビジネス戦略上、日本で遺伝子治療の開発に力を注ぐのは難しい状況です。

また、網膜ジストロフィーの遺伝子治療薬「ルクスターナ」(一般名:ボレチゲン ネパルボベク)の場合、米国で承認され、日本でも臨床試験を行う流れになったのですが、そのとき日本では重症の網膜ジストロフィー患者さんが見つかりませんでした。その理由として、日本では、患者さんがいるにも関わらず診断がついていない可能性が挙げられました。つまり、日本では診断をつけるところから始めないといけない段階だったのです。(その後、ようやく日本でも重症の患者さんが見つかり、治験実施を経て2023年6月に承認されました。)もともと日本は遺伝性疾患を隠すようなところがあったので、網膜ジストロフィーに限らず、きちんと診断がついてない疾患は結構あるのではないかと思っています。小坂先生がおっしゃったように、患者登録をしっかり行い、日本の患者さんの状況を把握できる状況しておくことが、日本で遺伝子治療の開発が進むために重要なのだと思います。

発症後や、進行した後でも、遺伝子治療で病気を治すことはできますか?また、遺伝子治療を受ければその後は健康な生活を送ることができるのですか?(歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症・35歳と65歳・イワちゃん さん、エーラス・ダンロス症候群・45歳・ふくまる さん、ゴーシェ病・とさ さん)

これも病気の種類によって、答えは違ってくると思います。神経や筋肉に関連する疾患の方からの質問が多いようなので、神経筋疾患のことをお話しすると、早期で神経変性が起こっていないうちに遺伝子治療をした場合には、改善する可能性があります。一方、進行した神経疾患では、改善を望むというよりは、それ以上悪くしないための遺伝子治療という考え方になります。

体の中の細胞には、生まれた後も分裂するものと、終生分裂や増殖をしないものとがあります。特に神経の細胞は生まれた後で増殖することはないので、病気が原因で一度絶えてしまった神経細胞が、遺伝子治療によって元に戻ることはありません。国内で遺伝子治療が行われ始めたSMAも神経疾患の一つであるため、病気が進んだ段階での治療は、進行抑制のための治療ということになります。

一方で、神経に関連した疾患でも、私たちが現在臨床研究として遺伝子治療を行っている芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素欠損症(AADC欠損症)は、治療により改善が見込めます。AADC欠損症は、神経伝達物質がうまく出せなくなっている病気で、神経細胞自体が死んでしまう病気ではないため、その機能を遺伝子治療で補うことで改善が見込めるのです。しかし、このような病気はむしろ少なく、多くの神経筋疾患は代謝や神経の機能の異常によって神経や筋肉の細胞が強く障害された状況になっています。そのため、遺伝子治療は、そこから良くするための治療というよりは、それ以上進行させないという意味合いが強い治療となります。神経筋疾患に対しては、再生医療も期待され、開発が進められていますが、再生医療では遺伝子治療のように広範囲に治療することが難しく、現状、「改善に向けての治療」という意味では、どちらもなかなか進んでいない状況です。

神経筋疾患ではなく、血友病のように、血が止まりにくい状態を遺伝子治療で止まりやすくするような場合は、発症後のタイミングに大きく影響されることなく改善が見込める疾患と言えます。

小澤先生コメント:神経筋疾患の中には、胎児のうちに遺伝子治療を行うことで、改善に間に合う可能性がある疾患もあるので、その辺りの技術開発を確立する必要もあるかと思います。胎児遺伝子治療という発想は相当以前からあり、基本的な研究は、もう何年も行われてきています。その延長線上で基礎研究を進めて、より安全性を高めていくという方向性で今後開発が進められていくと思います。

遺伝子治療は、大人になってからでも治療可能ですか?(MECP2重複症候群・10歳・はるどん さん)

可能なケースもありますが、先ほどお話しさせて頂いたように、神経筋疾患で進行している方への遺伝子治療の場合には、症状を改善させるというよりは、さらなる進行を抑えるという意味合いが強い治療になると思います。

一般的に、ある同じ遺伝子の変化が原因で発症する病気でも、早くに発症する人は重篤な影響を及ぼす遺伝子変異を持つ人で、後で発症する人は軽微な遺伝子変異を持つ人であることが多い傾向があります。例えば、同じ病気でも、重篤な遺伝子変異があり、お母さんのおなかの中で病気が進行する人もいます。こうした場合には、生まれてすぐに遺伝子治療が出来たとしても、その時には既に非常に重い状態にあり、治療の効果がなかなか望めない可能性があります。一方で、軽微な遺伝子変異を持ち、大人になってから症状が出るような人の場合、例えば20代であっても、30代であっても、神経変性が進まない早い段階で治療ができれば、その治療によって改善効果が望める場合もあります。こういう場合のために、治療法の確立されている疾患は、新生児スクリーニング検査のようなスクリーニング検査を受けられる状況にあって、その検査をできるだけ早くに受けるということが重要になってきます。

そういうわけで、もちろん大人になってからでも遺伝子治療が可能なケースはありますが、年齢よりも、変異している遺伝子の種類や、発症している臓器や細胞の状態が重要になってくると言えます。

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)です。核酸医薬によるエクソンスキッピング治療などが開発されてきていますが、私の家族は前から50番目までのエクソンがガッポリ抜けているタイプです。こうしたタイプに対する遺伝子治療薬は開発可能でしょうか?(デュシェンヌ型筋ジストロフィー、10歳、まーごーぽ さん)

DMDの原因となるジストロフィン遺伝子は、体の中でも最も大きい遺伝子の一つで、タンパク質のコード領域だけでもものすごく大きく(79のエクソンから成る)、治療用遺伝子の運び屋であるAAVベクターには大きすぎて搭載できません。そこで、ジストロフィン遺伝子を小型化して、機能的にはジストロフィンタンパク質に近い「マイクロジストロフィン」を作ってAAVベクターに搭載し、筋肉に遺伝子導入をする治療法の開発が進んでおり、ちょうど2023年6月に、FDAにより迅速承認されたものもあります。一つはこういった方法が、今後、欠失領域の大きなDMD患者さんへの遺伝子治療法として期待できると考えられます。

2023年5月に行われた米国遺伝子細胞治療学会(ASGCT)では、イントロンも含め、ジストロフィン遺伝子の最初から16番目のエクソンまでをまとめて遺伝子導入できるような技術開発の研究発表もありました。ゲノム編集技術などを用いて、遺伝子の全長に近い、かなり長い領域を必要な細胞に導入する技術開発が今後進んでいけば、遺伝子領域が長く欠失している人も遺伝子治療の候補となる可能性があると考えています。

また、こうした技術によって、今後DMDに限らず、微小欠失症候群と呼ばれるアンジェルマン症候群22q11.2欠失症候群など、複数の遺伝子がまとめて脱落するような病気も遺伝子治療のターゲットになってくると思っています。

先天性角化不全症です。全身の細胞の遺伝子を入れ替えることはできないので、遺伝子治療はほぼ不可能に近いと聞いています。全身の細胞とはいかなくても、重篤な症状のある臓器にピンポイントで遺伝子治療をしてもらうことはできませんか?(先天性角化不全症、5歳、YUKI さん)

先天性角化不全症は、老化に関わる遺伝子の変化によって発症する病気で、重篤な貧血が起こることが問題になります。全身とはいかなくても、例えば造血幹細胞に関する遺伝子治療であれば、同じく重篤な貧血を起こすファンコニ貧血の遺伝子治療の治験が進められているので、搭載している遺伝子は違いますが、同様のスキームで治療法が開発される可能性はあると考えます。

私の(家族の)疾患の遺伝子治療の開発状況を教えてください(多くの読者の方々)

皆さん、これが最も知りたい質問なのではないかと思います。私が関わっている患者会の方からも、お会いするたびにこの質問を頂きます。それぞれの疾患に対して、いろいろな形で、国内外で、研究が進められていますが、全ての現状を調べて皆さんにお知らせするのには、膨大な時間がかかります。今回は、ご質問頂いた疾患のうち、私が現在把握している範囲で、国内外の治験/研究がそれぞれ実施されているものを、下記にお示しします。2023年5月に行われた米国遺伝子細胞治療学会(ASGCT)で確認した最新情報も含まれています。

海外で治験実施中…レット症候群、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、ムコ多糖症2型、網膜色素変性症、ファンコニ貧血

国内で研究実施中…MECP2重複症候群、低ホスファターゼ症

海外で研究実施中…脊髄小脳変性症、ミトコンドリア病、エーラス・ダンロス症候群、アンジェルマン症候群、線毛機能不全症、ゴーシェ病、シャルコー・マリー・トゥース病

小澤先生の講義動画にもあったように、ぜひご自身でも国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部のウェブサイトなどをチェックして、国内外での遺伝子治療の開発状況を確認したりしてみて頂ければと思います。


読者の皆さまから寄せられた生の質問に対する小坂先生のご回答、いかがでしたでしょうか。普段、遺伝子治療を実際に行っておられる先生であるからこそ教えて頂ける、とても内容の濃いお返事だったのではないかと思います。取材の1か月前に米国で行われた遺伝子細胞治療学会での最新情報も盛り込みつつ、一つひとつわかりやすく丁寧にお答えくださった小坂先生。今回は、遺伝性疾患プラス編集部メンバーも4人、このQ&Aコーナーに参加し、たくさん学ばせて頂きました。小澤先生とのディスカッションの内容も濃く、さらに学びになりました。遺伝子治療もまだまだ一筋縄ではいかないところもたくさんあるようですが、技術開発も飛躍的に進んでいることがわかり、今後に十分期待が持てそうです。遺伝性疾患プラスは、今後も遺伝子治療の最新情報を追い、読者の皆様に正しくわかりやすくお届けしていきたいと思います。(遺伝性疾患プラス編集部)

小坂 仁 先生

自治医科大学小児科学教授、自治医科大学とちぎ子ども医療センター長。博士(医学)。1987年に東北大学医学部を卒業後、カリフォルニア大学サンディエゴ校博士研究員、神奈川県立こども医療センター神経内科部長などを経て、2013年より現職。日本小児神経学会理事、日本小児神経学会関東地方会運営委員長、日本ミトコンドリア学会理事、日本小児科学会代議員、日本てんかん学会評議員、国際協力遺伝病遺伝子治療フォーラム評議員、神経代謝病研究会幹事、Brain and Development編集主幹。