遺伝率(heritability)とは、人々の遺伝子の違いが、個人の特定の形質の違いをどれくらいの割合で説明できるかを示す尺度です。こうした形質としては、身長、目の色、知能などの特徴が挙げられるほか、統合失調症や自閉症スペクトラム障害のような疾患も含まれる場合があります。科学的に言うと遺伝率は統計学的な概念で、h²と表されます。h²によって、特定の形質が個人によって異なる場合に、どの程度が遺伝的な違いによるものなのかが説明されます。ある形質の遺伝率の推定値は、1つの環境における1つの集団に特有のもので、状況の変化に応じて時間の経過とともに変化する可能性があります。
遺伝率の推定値は0~1の範囲にあります。ある特性の遺伝率が0に近いということは、個人による違いのほとんど全てが環境要因によるもので、遺伝的な違いによる影響はほとんどないことを意味しています。宗教や言語などの特性は、遺伝的な支配を受けないため、遺伝率は0となります。ある特性の遺伝率が1に近いということは、個人による違いのほとんど全てが遺伝的な違いに由来し、環境要因の影響はほとんどないことを意味しています。フェニルケトン尿症(PKU)のように、単一の遺伝子の変異によって引き起こされる多くの疾患は、高い遺伝率を有しています。一方、知能や多因子疾患のようなヒトの複雑な形質のほとんどは、中間辺りの遺伝率を持つことから、特性の違いは遺伝要因と環境要因の組み合わせによるものであることが示唆されます。
遺伝率は、歴史的に双子の研究から推定されてきました。一卵性双生児はDNA配列にほとんど違いがないのに対し、二卵性双生児は平均して50%のDNA配列を共有しています。ある形質が二卵性双生児(同じ環境で一緒に育った場合)よりも一卵性双生児でより一致しているように見える場合、その形質の決定には遺伝的要因が重要な役割を担っている可能性が高いと考えられます。一卵性双生児と二卵性双生児を比較することで、遺伝率の推定値を算出することができます。
遺伝率は難しい概念であるため、ある形質について何がわかり、何がわからないかについて多くの誤解があります。
- 遺伝率は、ある形質の何割が遺伝子によって決定され、何割が環境によって決定されるかを示すものではありません。つまり、遺伝率が0.7というのは、ある形質の70%が遺伝的要因によって引き起こされているということではなく、ある集団におけるその形質の違いの70%が人々の間の遺伝的な違いによるものであることを指します。(専門的に言うと、表現型分散の70%が遺伝分散によって説明されるということになります。)
- ある形質の遺伝率を知っても、どの遺伝子や環境が関与しているか、あるいはそれらがその形質を決定する上でどの程度重要であるかについての情報は得られません。
- 遺伝性とは家族性と同じではありません。形質は、家族のメンバーに共有されている場合、家族性と表現されます。遺伝以外にも、ライフスタイルや環境の類似性など、さまざまな理由で家族に形質が現れることがあります。例えば、話す言葉は家族で共有される傾向がありますが、遺伝的な寄与はありませんので、遺伝性はありません。
- 遺伝率には、形質を変化させることが容易か困難かという情報は含まれません。例えば、髪の色は遺伝率が高い形質ですが、染めれば簡単に変えることができます。
このように遺伝率からは限られた情報しか得られませんが、なぜ研究者は遺伝率を研究するのでしょうか。遺伝率は、多くの要因がからみあう複雑な形質を理解する上で特に重要になるのです。遺伝率は、複雑な形質に対する「自然」(nature、遺伝)と「養育」(nurture、環境)の相対的な影響について考えるための最初の手がかりになります。これによって研究者はさまざまな形質に影響を与える要因を分離して考えることができます。(提供:ステラ・メディックス)