【2025最新版】遺伝子治療はどこまで来たか?専門家が語る現状・課題・展望

遺伝性疾患プラス編集部

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かつて有効な治療法がほとんど存在しなかった遺伝性疾患に、医療の進歩が少しずつ新たな可能性をもたらしつつあります。いまだ限られた疾患にとどまるものの、「遺伝子治療」はその最前線で未来を切り拓こうとしています。遺伝性疾患プラスは、2020年に専門家インタビュー「日本でも既に始まっている!「遺伝子治療」とはいったいどんな治療? ―詳しく、そして正しく知ろう」を公開し、翌2021年には「オンライン座談会「遺伝子治療のきほん」」を、さらに2023年には「日本における遺伝子治療2023」を開催してきました。こうした企画を通じて、私たちは常に「その時点での最新情報」を読者の皆さんにお届けしてきました。なぜなら、遺伝子治療は日進月歩。毎年のように新たな動きがあるからです。

そして、これらすべての企画に協力してくださったのが、日本における遺伝子治療の黎明期から第一線で携わってこられた、自治医科大学名誉教授・客員教授の小澤敬也先生です。今回も、その小澤先生に、2025年現在の遺伝子治療の最新状況について、国内外の動向、今後の展望、そして読者の方々から寄せられた素朴な疑問にもお答えいただきました。いま、遺伝子治療はどこまで来ているのか、その現実と可能性を、一緒に見ていきましょう。

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自治医科大学名誉教授・客員教授 小澤敬也先生

まずはおさらい:遺伝子治療とはどのような治療?

読者の皆さんから多く寄せられた質問のうち、過去に解説記事が掲載されているものを、基礎知識として最初にご紹介します。

そもそも、「遺伝子」とは何ですか?

こちらの記事をお読みください。

遺伝子治療とは、どのような治療ですか?

こちらの記事をお読みください。

私の(家族の)疾患の遺伝子治療の、日欧米での承認状況や開発状況を教えてください

こちらの記事をお読みください。

また、記事にもありますが、国立医薬品食品衛生研究所 遺伝子医薬部の「開発動向」に掲載の各リストもご参照ください。

日本と世界の遺伝子治療、2025年最新情報

2025年現在、日本において承認されている遺伝子治療にはどのようなものがありますか?

2025年現在、日本で承認されている遺伝子治療はまだ限られていますが、対象疾患の幅は徐々に広がってきています。

まず、遺伝性疾患に対する治療としては、脊髄性筋萎縮症に対するゾルゲンスマや、RPE65変異に伴う遺伝性網膜ジストロフィーに対するルクスターナが挙げられます。2025年には、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを対象とするエレビジスが条件付きで承認されました。

また、血液がん領域ではCAR-T細胞療法の承認が相次いでおり、キムリア、イエスカルタ、ブレヤンジ、アベクマ、カービクティなどが、B細胞性の急性リンパ芽球性白血病・リンパ腫や多発性骨髄腫などを対象に使用されています。これらは患者さんご自身のT細胞を取り出して遺伝子を導入することで、がん細胞を攻撃する力を持たせる治療であり、遺伝子治療の一形態と位置づけられています。

なお、遺伝子治療に関する承認動向は随時見直されており、新たな治療法が加わる一方で、条件付きの承認にとどまるものや、承認後に販売が終了するケースもあります。最新の状況については、国立医薬品食品衛生研究所が公開している「日米欧で承認された遺伝子治療製品」一覧などの公的情報を確認することをおすすめします。

現在、日本で臨床試験が進行中の注目すべき遺伝子治療があれば、実用化されるまでの見通しとあわせて教えてください

2025年現在、日本国内で遺伝子治療の臨床試験は着実に増えつつあり、いくつかの疾患領域で注目される取り組みが進行中です。例えば、AADC欠損症に対する遺伝子治療では、有望な結果がすでに得られており、実用化に向けた動きが進んでいます(開発企業の事情で、欧州と米国で承認)。同様に、パーキンソン病に対しても、神経機能を補うことを目的とした遺伝子治療の研究が国内で行われており(シンプルな形の遺伝子治療はかなり前に実施され、現在はより複雑な形で実施中)、今後の承認に期待が寄せられています。また筋萎縮性側索硬化症(ALS)のような難治性神経疾患に対しても、国内で遺伝子治療の臨床研究が開始されており、まだ初期段階ながら、病態に基づいた新しいアプローチとして注目を集めています。さらに、血友病A血友病B筋ジストロフィー網膜色素変性症グルコーストランスポーター1欠損症などの遺伝性疾患についても、AAVベクターや非ウイルス性のベクターを用いた臨床試験が日本国内で複数進められています。中には、脂質ナノ粒子を活用したmRNACRISPR-Cas9関連の製剤を用いた試みも報告されており、技術的にも新しいアプローチが取り入れられています。

これらの治療法がいつ実用化されるかは、臨床試験の結果や製造体制の整備などによりますが、AADC欠損症やパーキンソン病のようにデータが蓄積されつつある疾患でも、日本国内で企業治験に進むかどうかが問題になります。遺伝子治療は高額医療であり、遺伝性疾患の場合は患者数が限られること、またパーキンソン病のように既存の治療法がある場合など、ビジネスの観点から日本企業が取り組むことを躊躇するためです。日本国内における最新の臨床開発状況は、先ほどと同様に「日本で臨床開発中の遺伝子治療製品」に一覧化されており、進行中の治験内容を知るうえで参考になります。

現在、世界で注目されている、画期的な遺伝子治療の開発研究があれば教えてください

世界では現在、遺伝子治療の研究が飛躍的に進んでおり、これまで治療が困難とされてきた多くの疾患に対して、新しいアプローチが開発されています。中でも特に注目されているのが、CRISPR-Cas9という遺伝子を切断・編集する技術を用いた治療(ゲノム編集治療)です。この方法は、遺伝子そのものに働きかけて病気を治療するものであり、すでに米国や欧州では、鎌状赤血球症やβサラセミアといった一部の血液疾患で、ゲノム編集治療(遺伝子ノックアウト)が承認(キャスジェビー)されています。さらに、遺伝子修復を狙ったゲノム編集治療の臨床試験も進められています。

さらに、より精密な編集を可能にする次世代技術も登場しています。例えば、「ベースエディティング」は、DNAの特定の塩基(A・T・C・G)を狙って置き換えることで、細かい遺伝子変異を修正できる技術です。また、「プライムエディティング」は、DNAの特定の位置に「書き換え情報」を送り込むことで、より柔軟で広範な修復が可能とされる技術です。いずれの方法でも、DNAの二本鎖切断を入れないため、安全性が高くなります。これらの技術を用い、糖原病I型や家族性高コレステロール血症などの臨床試験が進行中であり、将来的にさまざまな疾患への応用が期待されています。

このほか、エピゲノム編集と呼ばれる技術も注目されています。これは、DNAの塩基配列そのものは変更せずに、遺伝子の発現(ON/OFF)を制御することで、異常な遺伝子の働きを調整しようとするアプローチです。比較的安全性が高い可能性がある新しいアプローチとして、前臨床や初期段階の研究が進められています。また、mRNAを活用した治療法も開発が進んでおり、タンパク質を一時的に体内で作らせることで症状の改善を目指す、柔軟性の高い方法として注目されています。

こうした技術に加えて、遺伝子をどのように体に届けるかという「導入方法」の開発も進んでいます。従来のように、体の外で細胞を取り出して遺伝子を組み込み、再び体内に戻す「ex vivo型の治療」に加え、体内に直接遺伝子を届けて治療効果を発揮させる「in vivo型の治療」が近年注目されています。こうしたin vivo型の治療は、簡便さやコストダウン、患者さんの負担軽減といった利点から、今後さらに活用が広がると期待されています。

現在進められている遺伝子治療の研究や技術開発は、対象となる疾患の幅も広がっており、血液疾患にとどまらず、神経疾患、代謝性疾患、筋疾患、視覚障害、がん免疫療法(CAR-TやTCR-Tへのゲノム編集技術の応用)など、非常に多岐にわたっています。こうした治療法の多くは、いまも臨床試験段階にありますが、中には今後数年以内に実用化が見込まれるものもあります。世界中で日々新たな進展が報告されており、今後の動向にますます注目が集まっています。

日本と海外での遺伝子治療の開発・実用化の差異や特徴的な動きについて、教えてください

海外では、遺伝子治療の研究開発や実用化がここ数年で飛躍的に進んでおり、承認製品の数や臨床試験の規模、製造インフラの整備などの点で、日本を大きくリードしています。特にアメリカや欧州では、官民連携による積極的な支援や資金投資、ベクター製造の産業化が進んでおり、大規模な製造施設をもつ専業企業も複数登場しています。これにより、臨床グレードの遺伝子治療製剤の製造コストが低下し、より多くの研究機関が臨床試験を行える環境が整いつつあります。

一方で日本は、長らく遺伝子治療に対する国としての投資や制度整備が限定的だったこともあり、研究開発体制が出遅れていました。国としてようやく遺伝子治療の重要性を認識し、ここ数年で研究費の公的支援が増えつつあるものの、すぐに追いつける状況ではなく、研究人材の不足も課題とされています。また、臨床グレードのベクター製造体制の未整備やコストの高さも、日本国内の臨床研究を進める上での大きな障壁となっています。例えば、AAVベクターのようなウイルスベクターを使う治療では、臨床用ベクターの購入に数億円程度の費用がかかるのが一般的であり、国の研究費だけでは臨床試験までたどり着くのが難しくなっています。プラスミドDNAなどの原材料でも、臨床用途に対応する製品は非常に高額であるため、日本では製造と臨床試験実施のハードルが高いのが実情です。こうした背景もあり、日本では有望な研究成果が得られても、実用化の段階で海外企業に技術を譲渡する形になってしまうケースも見られます。つまり、優れた臨床データが日本で得られても、その後の製品開発や申請、実用化は海外主導になることがあるということです。

ただし、日本でも先駆け審査指定制度の活用や、ベクター製造の産業支援など、基盤整備に向けた取り組みは少しずつ始まっており、今後の巻き返しが期待されています。

高額な治療費が課題となっていますが、遺伝子治療の価格設定や保険適用に関して、国内外で注目すべき動きはありますか?

遺伝子治療は、製造コストや開発の難しさから、1回あたりの治療費が数千万円規模になることもあり、価格の妥当性や支払い方法は大きな課題となっています。特に、希少疾患が対象となるケースが多いため、患者数の少なさによって収益性が低くなり、企業にとって開発のハードルが高い構造的な問題があります。

こうした課題への対応として注目されているのが、製造や開発を効率化する「プラットフォーム型」戦略です。例えば、AAVベクターを用いた治療においては、疾患ごとに完全に個別の設計を行うのではなく、共通のベクター技術をもとに複数の疾患へ展開できるような仕組みが模索されています。また、CRISPRなどを用いた治療でも、変異ごとに異なる設計を行うのではなく、遺伝子の全長を補うような「置き換え型」の戦略によって、複数の変異に共通に対応しようとする試みが進められています。こうしたアプローチは、治療の汎用性を高め、開発や製造コストの抑制につながる可能性があるとされています。

さらに、価格設定や支払い方法に関しては、欧米で「分割払い」や「治療効果に応じた段階的支払い」などの新しい制度が導入されつつあります。これは「バリューベースド・プライシング(価値に基づく価格設定)」と呼ばれる考え方に基づいており、初期費用の大きな負担を抑えながら、公的医療保険制度との両立を図るための取り組みとして注目されています。日本ではまだこうした制度の導入は限定的ですが、今後の議論の中で重要なテーマとなっていくことが予想されます。

希少疾患に対する遺伝子治療の開発促進のための政策や支援制度について、最新の状況をお聞かせください

希少疾患に対する遺伝子治療の開発は、患者数の少なさや製造コストの高さから、企業単独での取り組みが難しい領域とされてきました。こうした背景のもと、日本国内でも国による研究支援や制度整備が徐々に本格化しています。

例えば、日本医療研究開発機構(AMED)では、「希少・難治性疾患に対する実用化研究事業」などを通じて、基礎研究から治験段階までを一貫して支援する枠組みが整備されつつあります。また、大学病院などを中心とした中核拠点病院の整備や、遺伝子治療製剤(AAVベクターなど)の国産製造体制の強化も課題として位置づけられており、GMP(適正製造規範)に対応した製造環境の整備や、治験支援のインフラ構築が進められています。

こうした制度的支援に加え、患者会による声の発信も、開発を後押しする重要な力となっています。企業や行政にとって、患者さんのニーズや生活上の困難が具体的に共有されることは、政策形成や投資判断に大きく影響する要素となります。たとえ患者数が少ない疾患であっても、当事者が連携して声を上げることの意義は極めて大きく、少人数の患者会でも非常に有意義な存在であるとされています。

今後は、こうした制度面・製造面・社会的発信力の三方向からの支援が有機的に連携していくことで、より実効的な開発環境が整っていくことが期待されます。

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「患者会の声は、遺伝子治療の開発を後押しする重要な力となっています」(小澤先生)
遺伝子治療を受ける際に当事者・家族が理解しておくべき最新の知見や、治療選択の際の考慮点についてアドバイスをお願いします

遺伝子治療は、病気の原因に直接働きかける「根本的な治療法」として期待が高まっていますが、まだすべての面で確立された技術ではなく、慎重な理解と判断が求められます。治療を検討する際には、いくつかの点を理解しておくことが大切です。

まず、「自由診療」として行われている治療には注意が必要です。なかには、科学的な根拠や安全性が十分に確かめられていない治療が、民間の医療機関などで提供されていることがあります。「これが最後のチャンスです」といった説明で不安をあおられるような場面では、一度立ち止まって、冷静に情報を確認することが大切です。情報源としては、大学病院や公的機関、専門学会など信頼できるところの資料を参考にするのが安心です。

また、迷ったときには、専門機関が設けている相談窓口を利用するのも一つの方法です。例えば日本遺伝子細胞治療学会(JSGCT)では、一般の方向けに情報提供を行っており、問い合わせも受け付けています。さらに、自治医科大学などでは市民公開講座も開催されており、最新の情報をやさしく解説してくれる機会として活用できます。

さらに、治療を受けるタイミングの見極めも重要なポイントです。「今すぐ治療したほうがいいのか」「もう少し待ったほうがいいのか」は、病気の進行の速さや治療の内容によって異なります。例えば、治験段階の治療では、期待される効果と同時に未知のリスクも存在する一方で、進行が早い病気では早く治療を始めることが結果に大きく関わることもあります。治療の種類、対象年齢、副作用の可能性などを含めて、主治医や専門の先生とよく話し合いながら、納得のいく選択をしていくことが大切です。

読者からの質問

患者数が多い疾患の場合、遺伝子治療を受ける順番は若い人からになりますか?また、治療を受けられる年齢に上限はありますか?

遺伝子治療は、まず成人から臨床試験を開始し、安全性が確認された後に小児へと対象が広がるのが一般的です。例えば、網膜色素変性症のような進行性の疾患では「早期治療が望ましい」と考えられても、安全性が最優先されます。

一方、年齢の上限については疾患ごとに異なります。身体的に大きな負担がある治療法では年齢制限が設けられる場合もありますが、高齢でも治療が可能なケースも少なくありません。医師と相談のうえ、個別に判断されるのが現実です。

動物実験で遺伝子治療に成功したとニュースで見ることがありますが、これは待っていればもうすぐ自分もその治療を受けられるようになるという意味ですか?

残念ながら、動物実験での成功=すぐにヒトへの治療が可能というわけではありません。実験動物は治療効果が出やすいように設計されたモデルであり、臨床現場の患者とは状況が大きく異なります。

また、ヒトと動物では遺伝子や免疫反応やベクターに対する反応も異なり、実際にヒトに使えるようになるまでには長い時間と慎重な検証が必要です。ニュースを希望として受け止めつつ、現実的な時間軸も意識しておくことが大切です。

リピート伸長病の遺伝子治療の開発がなかなか進まないのは、なぜですか?

リピート伸長病(繰り返し配列が異常に伸びる疾患)は、メカニズムが複雑で技術的なハードルが高いことが課題です。例えばハンチントン病では、CAGリピートが特定の数以上に伸びると発症しますが、「そのリピートをどう狙って切断・修復するか」は非常に高度な制御が必要です。

そのため、現在は低分子薬などを使った創薬アプローチの方が進展しており、遺伝子治療はまだ前臨床〜基礎研究段階に留まっています。

私の疾患の「原因遺伝子が解明された」というニュースを見ました。原因がわかれば、今後治療法が開発されると期待して良いですか?

原因となる遺伝子が特定されたことは、治療法の開発に向けて「スタートラインに立った」といえる重要な出来事です。これは病気の理解が深まったことを意味し、今後の研究にとって大きな意味を持ちます。

ただし、そこからすぐに治療法が実現するわけではありません。次の段階では、その遺伝子がどのように病気の発症に関わっているのかを詳しく調べ、治療の標的となる部分を見つけていく必要があります。そのうえで、有効な薬剤や治療手段を開発するという長い過程が続きます。

実際には、分子標的薬(小分子薬や抗体など)のような治療法が先に登場することが多く、遺伝子治療はそのあとに検討されるケースが一般的です。そのため、すぐに治療につながるとは限りませんが、研究の方向性が明確になることで、将来的な可能性は確実に広がっていきます。

ミトコンドリアDNAをターゲットとした、ミトコンドリア病の遺伝子治療の開発は行われていますか?

ミトコンドリア病に対する遺伝子治療の研究は、世界的に進められてはいますが、現在のところまだ基礎研究の段階にとどまっています。ミトコンドリア病の中でも、特にミトコンドリアDNAの変異が原因となるタイプの治療開発には、いくつか大きな技術的な課題があります。ミトコンドリアDNAは、私たちの細胞の中心にある「核DNA」とは異なる場所(細胞質内のミトコンドリア)に存在し、構造や性質も独特です。そのため、治療に使われるベクターがうまくミトコンドリアに届かなかったり、編集が非常に難しかったり、といった問題があります。こうした理由から、今のところヒトを対象にした臨床試験には至っていません。

一方で、ミトコンドリア病ではエネルギー代謝の異常が生じるため、これを補うための栄養療法(ビタミンや補酵素の投与など)や薬物療法の研究はすでに進められており、現在の治療は主にこうした対症療法が中心となっています。

遺伝子治療を受けて満足な結果ではなかった場合、数年後に別の遺伝子治療が登場したらまたそれを受けることはできますか?

状況によっては再度別の遺伝子治療を受けることが可能です。ただし、前回の治療で使ったベクターに対して体が免疫を獲得している場合、新しい治療の効果や安全性に影響が出ることがあります。

また、治療内容や疾患の進行状況によっては、次の治療の選択肢が限定されることもあるため、主治医との継続的な相談が重要です。

症状を緩和する飲み薬を服用していることが、将来遺伝子治療を受ける際にマイナスに働く可能性はありますか?

一般的には、現在の対症療法(飲み薬など)と遺伝子治療は併用可能であり、将来の治療に大きな影響を与えることは少ないと考えられます。

むしろ、症状の進行を抑えておくことで、治療時によりよい状態で臨める可能性もあるため、継続的な服薬やケアは重要です。個々の薬剤の相互作用については、遺伝子治療の臨床試験段階で検証されることが一般的です。

遺伝子治療は未知すぎて怖いのですが、どこか遺伝子治療についてしっかり教えてもらえるところはありますか?

遺伝子治療は新しい医療分野であり、専門的な内容も多いため、不安や疑問を感じるのは自然なことです。そうしたときには、先ほども触れましたが、信頼できる情報源から学ぶことがとても大切です。

例えば、日本遺伝子細胞治療学会(JSGCT)では、学術集会の際に、市民向けの講演会を行うことがあります。また、大学病院では専門医による相談体制が整っているところもあり、自治医科大学などでは遺伝子治療の中核拠点として情報発信にも力を入れています。

さらに、希少疾患に関わる患者会では、同じ疾患をもつ方の体験談や治療に関する情報を共有する場が設けられており、信頼できる学会や医療機関と連携して学ぶ機会もあります。

インターネット上にはさまざまな情報があふれていますが、内容の信頼性には注意が必要です。特に民間の自由診療を扱うクリニックなどには、科学的根拠が十分でない情報が含まれていることもありますので、公的な機関や専門医の発信する情報を参考にされることをおすすめします。

副作用が出た場合、副作用救済制度はありますか?

遺伝子治療において副作用が生じた場合の救済については、現在、制度の整備が進められている段階にあります。いま、再生医療全体を対象とした保険制度の導入が検討されており、将来的には遺伝子治療にも同様の枠組みが適用される可能性があります。

一方で、すでに日本には「医薬品副作用被害救済制度」という国の公的制度があり、条件を満たす場合には医療費や障害年金などの給付を受けられることがあります。ただし、遺伝子治療は先進医療や治験の段階で行われることも多く、そのようなケースでは制度の対象外となる場合もあるため注意が必要です。

また、場合によっては特定の保険商品が利用できる可能性もありますが、保障内容や対象範囲は医薬品ごとに異なります。実際に治療を受ける際には、医療機関や治験の実施責任者に制度の適用条件や手続きについて確認しておくと安心です。

最後に小澤先生から、遺伝性疾患プラスの読者に向け一言メッセージをお願いします

遺伝子治療の実用化に向けた研究は、世界的には今まさに急速に進展しています。疾患の種類や状況によってその進み方には差がありますが、がんなど患者数が多く、比較的開発を進めやすい分野ではすでに実用化がかなり進んでいます。一方、希少な遺伝性疾患では、患者さんの数が少ないことや長期的な安全性の確認が必要であることなどから、ビジネスの観点から企業による開発が難しく、時間がかかってしまうケースも少なくありません。それでも、以前と比べてさまざまな疾患で着実に前進が見られており、患者さんにとっては希望の持てる時代になってきたとも言えます。日本の事情としては、臨床試験を実施する研究費の確保が困難であること、また世界的に開発が活発となっているゲノム編集治療については、CRISPR-CAS9の特許料が高額であり(数十億円)、実用化の際の大きな障壁になっていることです。但し、日本国内での動きが遅くても、世界で開発が進めば、いずれその成果の恩恵を受けられる可能性もあります。患者会などがあれば、そうした場を通じて情報を得たり、声を届けたりすることも、とても意義のある行動です。焦らず、しかし希望を持って、今後の動向に注目していただけたらと思います。

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槍ヶ岳から望む穂高岳の稜線(小澤先生ご提供)

2025年現在、日本で承認されている遺伝子治療や、国内外で進む研究開発の動き、さらには今後の展望や課題について、今回も最新情報を小澤先生にお話を伺うことができました。脊髄性筋萎縮症や血液がんなどを対象とした治療が実用化される一方で、筋疾患や神経疾患などへの応用はまだ道半ばにあり、技術的な壁や制度的な課題も少なくないことが印象に残りました。とくに、ベクター製造の難しさや費用の問題、そして希少疾患ゆえの開発の難しさは、実用化の影にある現実として見過ごせないものだと感じます。

今回の取材は、小澤先生が校長を務められている、新宿の首都医校で行われました。そして、取材前に50階の展望フロアにご案内いただき、一緒に都内を一望させていただくという貴重な体験もありました。小澤先生ご自身が登山をご趣味とし、日本アルプスの山々に何度も登頂されていることは以前から伺っていましたが、今回改めて「高い場所から広く全体を見渡す視点」の大切さを感じました。技術的にも制度的にも、遺伝子治療はまだ発展の途上にありますが、一歩一歩前進し、先の景色が見えてきていることを、今後も読者の皆さんと共有していかれればと思います。(遺伝性疾患プラス編集部)

関連リンク

自治医科大学 遺伝子治療研究センター(JMU-CGTR)

小澤 敬也 先生

小澤 敬也 先生

自治医科大学名誉教授・客員教授、同大学遺伝子治療研究センター シニアアドバイザー。医学博士。1977年に東京大学医学部を卒業後、東京大学医学部助手、米国国立衛生研究所(NIH)フォガティー・フェロー、東京大学医科学研究所助教授、自治医科大学教授、東京大学医科学研究所附属病院長などを経て、2018年より現職。2021年よりテルモ株式会社 社外取締役、2022年より首都医校 校長。日本医療研究開発機構(AMED) 再生医療等実用化研究事業 プログラムスーパーバイザー、再生医療等実用化基盤整備促進事業 プログラムスーパーバイザー、再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム(非臨床PoC取得研究課題) プログラムオフィサーなど、公職多数。